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第17話 境界の住まい――金策という現実


朝の風が心地よい。アルガン町の広場には露店の声が響き、焼き立てのパンの香りが漂っていた。

ユウマは珍しく浮き立った気分で歩いていた。隣には、ゆったりとした服を纏うリゼリアが並んでいる。


「管理室も便利になったけど、やっぱり“家”って感じはしないな」

「ええ、あそこは……どちらかというと神殿のような場所です」

「神殿? 俺からするとある意味忌々しい場所だが……寝ても休まった気がしない」


ふたりの足音が、石畳に軽く響く。通りすがる商人たちが挨拶を交わし、リゼリアは照れくさそうに会釈した。

五百年前に生きた彼女にとって、この活気ある町はまるで異世界だった。


「ユウマさん、家を探すって、どうやって?」

「まずはギルドに行ってみよう。不動産の紹介があってもいいんじゃないか?」


ギルドの扉を押し開けると、カウンターの奥に見慣れた細身の職員――ラウルがいた。

彼はいつもの柔らかな微笑を浮かべて書類を整理している。


「おや、ユウマさん。本日はどのようなご用件で?」

「実は家を探していまして。不動産屋を紹介していただくことは可能でしょうか?」


ラウルの目がわずかに驚きを宿す。

「家、ですか……なるほど。落ち着く場所をお求めなのですね」

「そうですね。宿暮らしだと心が完全には休まらないので……」


ラウルは帳簿を取り出し、丁寧にページを繰った。

「町の東区に“トマソン不動産”という業者があります。冒険者向けの物件も扱っていますよ。ただ、購入や賃貸には身元保証が必要です。ギルド員であれば、銅貨30枚で発行可能です」

「では保証書を一通お願いします」


彼は慣れた手つきで筆を走らせ、青い封を差し出した。

「これを提示すれば手続きが早くなります」

「ありがとうございます、助かります」


リゼリアが嬉しそうに封筒を受け取り、ふと呟いた。

「不思議……五百年前も家はありましたけど、こうして書面で“保証”されるなんて」

ユウマは笑う。

「文明ってやつだ。便利だけど面倒くさい」


ギルドを出ると、陽光が一層眩しかった。

リゼリアは小さく伸びをして、風に揺れる髪を押さえた。

「どんなお家があるんでしょうね」

「まあ、安いに越したことはない」

「できればお庭があると嬉しいです」


ふたりは東区へと足を運ぶ。石畳が整備され、緑の街路樹が並ぶエリアは、町の中でも比較的裕福な地区だった。


木製の看板に「トマソン不動産」と彫られた建物の扉を開けると、鈴の音が軽く鳴った。

中には、小太りで笑顔の優しい男が立っていた。

「いらっしゃいませ! 本日はどのような物件をお求めですか?!」


トマソンと名乗るその男は、愛想よく手を差し伸べた。

「二人暮らしだから、三部屋くらいでいい。庭は絶対に欲しい」


リゼリアは小さく驚きながら嬉しそうにほほ笑む。


「なるほどなるほど! ちょうどいい物件がございますよ。

西区の高台にある一軒家で広めの台所に3部屋。小さな庭付きで、眺めも抜群です。冒険者の方にも人気ですよ」

「悪くないな。で、いくらだ?」

「購入なら金貨三百枚。賃貸なら月二枚半、保証金三か月分でお願いします」


ユウマは眉をひそめた。

「……結構するな」

「ええ、でも値は張る分だけ確かな造りですよ。地下倉庫もありますし」


リゼリアが小声で尋ねる。

「百五十枚って……どれくらいの価値ですか?」

「金貨一枚で上級ポーション十本分。つまり、かなり高い」


トマソンは笑いながら肩をすくめた。

「賃貸も悪くないですよ。最近は冒険者向けに家具付きの契約も増えてまして」

「いや、買うなら一生ものにしたい。……ただ、今は資金が足りない」


彼は腕を組み、思案するように視線を落とす。

ラウルの言葉が頭をよぎった――*お金が必要なら魔石の売却がよろしいですよ*。


「トマソン、不動産って値引き交渉はできるか?」

「状況次第ですが……購入と言っても一般的に何分割かに分けて支払う方が大半ですので

 例えば一括払いできるなら、勉強しましょう」

「なるほど……」


ユウマは心の中で計算した。魔石の売却額を上げられれば、十分現実的な数字になる。

「検討する。良い情報をありがとう」


店を出ると、夕陽が町を金色に染めていた。

リゼリアが歩調を合わせながら微笑む。

「ユウマさん、あの家……あなたに似合うと思います」

「そうか?」

「ええ。穏やかで、落ち着いてて……管理室より、ずっと温かいです」


ユウマは少し照れくさく笑った。

「そうだな。次は――稼ぐ番だ」


風が頬を撫でた。

その空の下、彼の胸には久しぶりに“地上での未来”という言葉がよぎっていた。



管理室の空気は、いつもよりわずかに熱を帯びていた。

モニタに浮かぶ光の波形が壁面を照らし、ユウマは端末に手をかざした。


「さて……家を買うための金策、って言葉がまさかダンジョンの設計に繋がるとはな」


リゼリアは隣でカップを両手に持ちながら首をかしげた。

「金策……とは、金を作る策、という意味ですか?」

「まあ、そんなところだ。手っ取り早く言えば、価値を生み出す仕組みづくりだな」


彼は苦笑して、ZavixのGUIを呼び出した。

黒いウィンドウが何層にも重なり、光の文字が流れる。


---【Zavixコンソール】


open dungeon_core /access=admin

status query: "drop_module"

response: [valid] / mode=passive


---


「“ドロップモジュール”か……。モンスターが倒されたときに生成する素材や魔石の品質を制御してる部分だな」


リゼリアは不思議そうに見つめていた。

「それを……変えられるんですか?」

「できる。理屈は単純だ。“出力”を調整すれば、“素材”の純度も変わる」


ユウマは指を動かし、無数の光子コードを並べ替える。

スクリーンの奥で霧の洞窟の映像が揺らめき、魔物たちの輪郭が微かに変化していった。


---【Zavixスクリプト】


create_trigger id="drop_refine"

condition = on_monster_defeat

effect = increase(drop_quality, +25%)

apply_to = monster_type: all

status = active


---


「これで……魔石の純度は上がるはずだ」

「まるで……神の奇跡を、命令しているみたい」


「いや、ただのシステム操作だよ。けど、次は少し応用する」


ユウマはもう一つのパネルを開いた。そこには“EquipmentDrop”と書かれた項目があり、数値が灰色で固定されている。


「こっちはモンスターが落とす装備品。これも弄れる」


---【Zavixスクリプト】


create_trigger id="equip_upgrade"

condition = on_drop_generate

transform_material: wood → iron → silver (probability 5%)

durability = random(10~20%)

status = active


---


リゼリアが息を呑んだ。

「木のこん棒が……銀色の剣に変わるかもしれない、ということですか?」

「そういうこと。確率は低いが、当たりを引けばかなりの金額になる」


「それって……博打みたいですね」

「まあ、運も設計のうちだ」


ユウマは次に“MonsterParameter”の項目を選んだ。

「最後に、“品質”そのものを調整する」


---【Zavixスクリプト】


create_trigger id="mob_quality_tuning"

effect = randomize(monster_stats, rarity_bias=+0.15)

note = "レア個体出現率上昇"

status = active


---


GUI上の霧の洞窟のホログラムが一瞬、脈打つように光った。

内部では、スライムの体色が淡い金色に変わり、翼を持つ個体まで現れていた。


「……おお」ユウマが小さく感嘆する。

「これなら、ドロップ率と品質が両方上がる。取引所での買取単価も倍にはなるはずだ」


「まるで……命を調律しているようですね」

リゼリアの声には畏れとも憧れともつかぬ響きがあった。


ユウマはしばし黙って画面を見つめ、やがて微笑した。

「俺はただ、“この世界の仕組み”を利用してるだけさ。神様じゃない」


「でも、あなたが指を動かすたびに世界が変わる。それは……」

「……ま、管理者だからな」


淡い沈黙が落ちた。

リゼリアはその言葉の意味を測りかねながらも、どこか嬉しそうに微笑む。


やがて、ユウマは深く息をついた。

「これで、しばらくは安泰だな。魔石を売れば数百枚は稼げる」

「お家……買えそうですか?」

「ああ、もう少し調整すれば十分いける」


彼はパネルを閉じ、椅子にもたれた。

管理室の天井に流れる光が、ゆっくりと落ち着いていく。


リゼリアは立ち上がり、静かに頭を下げた。

「本当に、すごいです。あなたの手の中に、この世界があるみたい」

ユウマは苦笑する。

「いや――欲しいのは“世界”じゃなく、“居場所”だ」


その言葉に、彼女は小さく頷いた。



ユウマは霧の洞窟の奥、低層域の通路で一人膝をついた。

足元には、先ほど討伐したスライムの残骸が溶け、淡い光の粒へと変わっていく。


「……よし、ドロップ確認」


指先をかざすと、Zavixのホログラムが浮かび、落下物が自動識別された。

金属片のような質感の魔石、そして木箱の中には――ひどく錆びついた剣。


「なるほどな。品質は高いが、状態は最悪ってわけか」

ユウマは剣を持ち上げ、刃の反り具合を確かめた。刃文は美しいが、錆で黒ずみ、柄は半ば朽ちている。

リゼリアが少し離れた場所で興味深そうに覗き込む。


「……それでも、見た目だけでは分からない力を感じます」

「中身は上等だ。鍛冶屋に持っていけば素材としては高値がつくかもしれん」


彼はそれを布袋に入れ、同じように魔石も数個拾い集めた。

霧の洞窟の空気が少しずつ静まり、やがて彼らは外へ出た。



アルガンの町に戻ると、ユウマは魔道具屋の隣にある買取所へ足を運んだ。

カウンターの向こうには、眼鏡をかけた中年の鑑定士がいた。


「ようこそ。本日はどのようなご用件で?


ユウマは袋を差し出した。


「査定ですね、お預かりします」


鑑定士は慣れた手つきで魔石を取り出し、光を透かす。


「ふむ……純度は悪くないが、結晶構造が少し不安定ですね。

 このサイズで銀貨三枚、というところでしょう」


「……三枚?」

ユウマは内心でため息をついた。思ったほどの金額ではない。


続いて鑑定士が剣を持ち上げた瞬間、眉をひそめた。

「これは……面白い。数百年前の様式。素材は上級鉄鋼、しかし錆が酷い。

 正直、研磨だけでも金貨一枚はかかりますね」


リゼリアが目を丸くした。

「そ、そんなに!」


「というわけで、買い取りは銅貨五枚が限界です」

「……二束三文ってやつか」

ユウマは軽く笑って、剣を引き取った。


「ええ。最近このように古い剣はなかなか見られませんので状態が良ければ…

 見た目が悪いと、どんなに希少でも価値はありません」

鑑定士の言葉に、ユウマは軽く礼をして店を出た。



霧の洞窟に戻ると、彼は再びテスト狩りを行った。

魔石は確かに高純度。装備品も素材そのものは上等――しかし、どれもボロボロ。

何度試しても結果は同じだった。


「……価値はあるのに、誰も買わないんじゃ意味がないな」

ユウマは苦笑しながら、拾い集めた装備品をひとまとめにして管理室の倉庫部屋へ運び込んだ。


管理室の一角――大型の鉄製の扉を開けると、冷たい光が満ちた。

内部は白い無機質な空間で、床から微細な魔素の粒子が立ち昇っている。


「ここなら、しばらく置いといても腐らないか」

「この感じ、なんだか聖域みたいですね」

「Zavixの環境調整が効いてるだけだよ」


ユウマは軽く手を振り、装備の山を床に置いた。

ひとまず、金策は失敗。次の策を考えるしかない。



翌朝――。


リゼリアの声が響いた。

「ユウマさんっ! 大変です!」


ユウマが声のする方へ向かうと、開かれた倉庫部屋の前にリザリアが立っていた。

中では、昨日まで錆と傷に覆われていた装備品の山が、すべて新品同様の輝きを放っていた。


「……これは、どういうことだ?」


リゼリアは恐る恐る剣を持ち上げる。

「まるで……昨日の傷が、なかったことみたい」


ユウマは床に手をかざし、Zavixの反応を確認した。

---【環境ステータス】

Auto Maintenance: active

Restoration Level: passive (artifact_repair)


「……自動修復か。俺、そんな設定した覚えはないけどな」


「管理室自体が……ユウマさんの魔力で拡張されているのかも」

リゼリアが呟いた。


ユウマはしばし黙り込み、やがて一振りの剣を手に取った。

陽光のような輝きを放つ刃――まるで王侯用の装備のようだ。


「……これなら、売れるか?」


リゼリアが微笑む。

「お家、買えますね」

「いや、その前に……どれくらいの価値があるのか、確かめないとな

 とうか昨日古い剣はなかなか見ないってことだったが、買ってもらえるのか?」


ユウマは剣を布で包み、買取所に向かう準備を進める。


管理室の奥で、残された装備品が倉庫の中で輝いていた。



ユウマは革の鞘に包んだ一本の剣を抱え、再び買取所の扉を押し開けた。


「おや、昨日の……」

カウンターの奥で帳簿をまとめていた鑑定士が顔を上げる。

ユウマは静かに剣を取り出し、机の上に置いた。


「これを、見てくれ」


男の目が一瞬にして鋭く光った。

布をめくった瞬間、鏡のように光を返す刃が姿を現す。

昨日、錆と欠けに覆われていたそれとは、まるで別物だった。


「な、なんですかこれは……!? どう見ても同じ様式、同じ鋼材……

 しかし、加工精度が時代を超えている!」


鑑定士は手袋をはめ、慎重に刃を撫でた。

「刃こぼれがひとつもない。まるで、鍛え直されたばかりのようだ。

 これを作れる鍛冶師が今の時代にいたら、王宮から召し上げられるレベルですよ

 こんなものどこで入手されたんですか!」

 

「悪い、出所は言えない。それで買い取れるか?」

ユウマが問うと、鑑定士は申し訳なさそうに首を横に振った。

「……無理です。価格がつけられません。

 ここは町の買取所。上限は金貨五十枚ですが、この剣はその十倍でも足りない」


「じゃあ、どこなら?」

「レガルドです。中央ギルドか、商業区の取引商会。

 上級遺物の鑑定や競売なら、正しい値がつくでしょう」


ユウマは小さく息をついた。

「……分かった。助かった」

剣を包み直し、軽く会釈して店を出た。



通りに出ると、リゼリアが待っていた。

「どうでした?」

「町の買取所じゃ扱えない。……この剣、価値が高すぎるらしい」


「高すぎる……いいことじゃないですか?」

「いや、裏を返せば“異常”ってことだ」

ユウマは剣の柄を見つめた。

「市場に存在しない品質。数百年前の様式ということもあるしな」


リゼリアは頷いた。

「どうして古い剣がドロップするんでしょうか

 ユウマさんの元の時代?の剣とか……?」


「いや、俺がいた世界にはそういったものはもう無かった。

 でも、このまま売りに行けば、いずれ誰かに“疑われてもおかしくない”

 買取所でもだいぶ怪しまれたしな」


「それでも、行くんですよね?」

「……ああ。いずれにせよ家は欲しい」


彼の声には静かな決意があった。



昼下がり、二人はアルガンの街門近くの商人通りに立ち寄った。

荷馬車の列の中で、旅装束の商人が商品の整理をしている。


「すみません。マジックバッグって、扱ってますか?」

ユウマが尋ねると、男は肩をすくめた。

「そんな高級品、ここじゃ見ませんな。

 収納魔法具は全部、王立魔術技術院の管理下ですよ。

 レガルドに行けば、上級職向けの市で稀に出回りますが……」


「やっぱり、そうか」

ユウマは苦笑した。

「お兄さん、魔術師でしょうか?収納魔法そのものも存在はしますが……」

「まぁ、似たようなもんだ。それはどうやったら取得できる?」


商人は荷台を叩きながら言った。

「魔術技術院で魔術特性測定をして、特性があれば学ぶことはできますぞ

 ただ、講習や試験があって、半年はかかるとか」


「半年か……」

ユウマは腕を組み、考え込んだ。

リゼリアがそっと彼の袖を引く。

「行きましょう、レガルドへ。きっと、道はそこで開けます」


「……そうだな」

彼は小さく笑い、剣の鞘を握り直した。

「どうせこのまま町にいても、限界がある。

 なら、次のステージに上がるだけだ」



夕暮れの空を背景に、二人は街門を越えた。

遠くには、蒼い山脈と雲海に包まれたレガルドの街並みが霞んで見える。


「ユウマさん」

「ん?」

「お家、買うより先に……また旅ですね」


ユウマは苦笑して頷いた。

「まあ、俺の人生はいつも“後回し”だ」


リゼリアがいたずらっぽく笑う。

「でも、それがユウマさんらしい、ですかね?」


二人の影が並び、夕陽に伸びていく。

その先にあるのは、まだ知らぬ都市、まだ知らぬ知識――

そして、新たな出会いの予感。

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