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第16話 復活――霧より生まれしもの

霧の洞窟の広間には、まだ薄い光が漂っていた。

ユウマは、目の前の女性をじっと見つめていた。


彼女は、再構成の光が収まったあともまだ半分夢の中にいるようで、

長い銀髪が霧を掬うように揺れていた。

肌は淡く透き通り、まるで光そのものから形を与えられたようだ。


「……大丈夫か?」

ユウマの声に、女性がゆっくりと顔を上げた。


「はい、まだフワフワした感覚は残っていますが……」

「分かっていると思うが、君は……俺が、復活させた。」


彼女の瞳がわずかに揺れる。

やがて、少し戸惑いながらも言葉を紡いだ。


「……リゼリア、です。わたしの、名前。」


「リゼリア……」ユウマはその名を繰り返した。

「覚えてるのか?」


「はい。……けれど、他は……ぼんやりしていて。」

彼女は胸元に手を当て、静かに目を閉じた。

「最後に覚えているのは――紅い空と、崩れる街。

 そして、誰かを……守ろうとしていたこと。」


ユウマは眉を寄せた。

紅い空――スタンピードの兆候によく似た描写。

だが、そんな事件はここ数十年には記録がない。


セラフィーナの声が淡く響いた。

「時系列を確認しました。……彼女の魂の時間座標、誤差――五百年。」


「五百……?」ユウマが息を呑む。

リゼリアは驚いたように視線を彷徨わせた。


「五百年も……経っているのですか……?」

「そうだ。君の時代からすれば、この世界はもう、別の世代になってる。」


霧が静かに流れる。

リゼリアは膝を抱き、しばらく沈黙していた。

それでも、瞳に涙はなかった。


「……不思議です。悲しいのに、涙が出ない。

 きっと……もう泣くための過去が、風に溶けたから。」


ユウマは少しだけ表情を緩めた。

「前向きだな」


「ええ。だって、あなたが“もう一度”生かしてくれたのですから」

その笑顔は、霧の光に溶けるように柔らかだった。



数時間後。

ユウマは管理室に戻り、Zavixの登録処理を進めていた。


---【Zavixログ】

[08:42] Entity: Rizelia[uuid:re-001]

Class: Human(Female) / Status: Reconstructed

MemoryIntegrity: 42%

AssignedRole: party_member / Access=limited

---


「登録完了、っと。これで……まあ、形だけは冒険者扱いだ」


リゼリアは画面を覗き込み、興味深そうに瞬きをした。

「不思議……。この“記録の魔法”、まるで神話の道具のようですね」


「魔法じゃない。……ま、似たようなもんか」

ユウマは肩をすくめ、笑った。


彼女は部屋の隅を見回し、やがてそっと尋ねた。

「ユウマさん、もしよければ……わたしも、ここにいていいですか?」


「ここに?」

「はい。行くあても、帰る場所もありません。

 でも、あなたの傍なら……何か、思い出せる気がするんです」


ユウマはしばらく考えた。

管理室は、数回のグレードアップを経て一人で過ごすには少々広い空間となっていた。

仮眠室(という名のオフィスチェア)も、今では立派な一部屋になっている。

また、ユウマ自身も寂しさがないと言えば嘘になる。


「……いいさ。ここにいれば安全だし。

 Zavixの補助範囲内なら、生活インフラも整ってる」


リゼリアはぱっと顔を明るくした。

「ありがとうございます……! あの、ユウマさん。これからは……」


少し迷い、彼女は微笑んだ。

「パーティ、という形でもご一緒していいですか?」


ユウマは苦笑した。

「一応、俺は管理者だぞ。戦闘に出るより、モニタの前が主戦場なんだけどな」


「それでも、あなたの力に……わたし、助けられましたから」


ユウマはふっと笑って、言った。

「……じゃあ、よろしくな。リゼリア」


「はいっ、ユウマさん」


その声は柔らかく、静かな決意に満ちていた。

霧の洞窟に、再び小さな息吹が灯る。



管理室の時間は、いつもよりゆっくりと流れていた。

モニタの明かりが柔らかく揺れ、二人の影を照らす。


リゼリアは椅子の背にもたれ、湯気の立つカップを両手で包みながら、

ぼんやりと天井を見上げていた。


「温かい……。この世界の水は、魔素でこんなにも柔らかく感じるんですね」

「それは、おそらく復活の影響だな。身体がまだ“この時代”の空気に馴染んでないんだろう、特に管理室じゃな」

ユウマは微笑し、カップを口に運んだ。


「……リゼリアの時代には、こういう生活ってあったのか?」

「ええ、でも……もっと、素朴でした。

 焚き火の火を囲んで、仲間と眠って……それが、あたりまえだったから。

 こんな、でんきけとる?なんてありませんでした」


リゼリアの声には、どこか懐かしさが滲んでいた。

ユウマは黙って聞いていた。


「ユウマさんは……もともと、この世界の方ではないのですよね?」

「……まぁな。気づいたら、ここにいた」


彼は笑いながらモニタに視線を戻した。

「前の世界の記憶が作用した結果、こういった部屋なんだろうが

 俺自身、外交的ってわけでもなく家と職場の往復ばかりだったからな。

 それに生まれもかなり遅かったから、成人して少し経った頃に両親は別の世界に旅立ったから

 未練というのも特にないんだ」


リゼリアは静か顔を伏せた。

「それは……」


「だから俺の身の上のことは全く心配する必要はない、いまは楽しくやってるよ」


「……このZavixは前の世界でも使えたんですか?」

「あー、俺自身のスキルというより、似たようなシステムが使える別のシステムがあって……

 まぁ説明しても難しいな。でも、俺にも全部が分かるわけじゃない。

 気づいたら勝手に成長してるし、俺が知らない機能まで増えてる」


ユウマの言葉に、リゼリアが小さく笑った。

「まるで生きている魔導書みたいですね」

「言われてみれば、そうかもな」


二人の間に柔らかな沈黙が落ちる。

霧の洞窟を流れる風が、どこか穏やかな旋律を奏でていた。


リゼリアは膝の上で指を絡め、小さく息をついた。

「……わたし、五百年前に生きていたなんて、まだ実感が湧きません。

 でも――こうして生きていると、“今”という感覚がすごく鮮やかに感じます」


ユウマは頷き、真っ直ぐに彼女を見る。

「それが、生きてるってことだ。過去が途切れても、呼吸は続く」


彼の声は静かで、どこか温かかった。

リゼリアは少し頬を染め、視線を落とした。


「……ユウマさんは、不思議な人です」

「俺が?」

「はい。見たことのない服を着て、未知の魔法を扱って……でも、誰よりも優しい」


その言葉にユウマは苦笑した。

「そう見えるだけさ。俺はただ、“選んだだけ”だ。

 この世界で何を守るか、何を壊すか……その選択を間違えたくないだけだよ」


リゼリアはそっと立ち上がり、彼の隣に歩み寄った。

「あなたのような人に、五百年前に出会えていたら……」

言葉が、霧に溶ける。


彼女の指先が、ユウマの手の甲に触れた。

一瞬の沈黙。

その温もりは、確かに“人”のものだった。


「……ありがとう。生き返らせてくれて」

「礼なんていらない。俺は、やれることをやっただけだ」


「それでも……」

リゼリアの声が少し震える。

「“命をもらった”って、こんなにも重たいのですね。

 だから、わたし――もう一度、生きる意味を探したい」


ユウマは小さく頷き、彼女の肩に手を置いた。

「だったら、俺の傍にいればいい。ここは境界だ。生も死も交わる場所。

 きっと、君の“意味”も見つかる」


リゼリアは驚いたように目を瞬かせ、やがて微笑んだ。

「……はい。ここで、生きてみます」


その夜。

遠慮したユウマを半ば強引にベッドルームに引き込むリゼリア。

暖色の蛍光灯が消されると、闇が二人の影をかき消した。。


温もりが重なり、静かに、確かに世界がひとつに溶けていく。

それはただの“営み”ではなく、“再生”の証だった。



レガルド西部――赤い大地に覆われた丘陵地帯。

その先に口を開けるのは、常に熱気を吐き出す《紅蓮の洞窟》。

空気は熱に揺らぎ、岩肌の隙間からは赤橙のマグマがじわりと滲んでいる。


「……これが、依頼の場所か」

エレナが額の汗を拭いながら、視界を確認した。


三人は中央ギルドで受けた初めての中堅任務に臨んでいた。

クエスト内容は、洞窟第一層で暴れているマグマスライム十五体の討伐。

報酬は銀貨八枚。蒼鐵級としては初級任務だが、油断すれば命を落とす。


「炎の魔物相手に、私が火属性っていうのも皮肉ね」

リサが魔道杖を軽く回す。紅い宝石が光を放ち、熱に共鳴するように震えた。

「でも……負ける気はしない!」


マリアが微笑みながら、聖錫杖を握る。

「新しい装備、もう馴染みました?」

「ええ。魔力の通りが前よりずっと滑らか。

 これなら、詠唱の間も敵の動きを読める」


エレナが盾の縁を叩いた。

タワーシールドが低く唸り、表面に刻まれた符文が淡く輝く。

「行くぞ。第一層に入ったら連携重視で。リサ、前衛の左右の火口を監視。

 マリア、初動は守護陣形を」


「了解!」

「いつも通り、ですね」


三人は洞窟へと足を踏み入れた。



紅蓮の洞窟の内部は、まるで生きた心臓のようだった。

壁が脈打つように赤く明滅し、地面の裂け目からマグマが流れている。

熱気のせいで呼吸が重く、空気が粘る。


「……いた」

リサが低く呟く。前方の岩陰に、ぷるぷると震える影が見えた。

半透明のスライム。だが体内に赤い核が灯り、

その周囲には火花のような魔素が飛び散っている。


「三体確認。リサ、牽制を」

「任せて!」


リサの杖先に紅炎が灯り、詠唱が重なる。

炎の槍が放たれ、スライムの一体を貫く。

溶けた体液が爆ぜ、熱風が襲いかかるが――


マリアの詠唱が即座に走り、光の円が三人を包む。

火の波がぶつかり、光の障壁がきらめいた。


「ありがとう!」リサが笑い、再び杖を振る。

「次は私の番だ!」エレナが前に出る。

盾を構え、剣を振り下ろす。鋼製の刃がマグマスライムを真っ二つに裂き、

灼熱の体液が床に散った。


「二体撃破、残り十三!」

「ペースは悪くない。リサ、マリア、息を合わせるぞ!」



戦いは続いた。

リサの魔力が赤く脈打ち、マリアの癒しの光が絶えず重なる。

エレナは盾で攻撃を受け止め、その反動を利用して剣を振るう。


――彼女たちの動きは、蒼鐵級そのものだった。


「っ……これで十五体目!」

リサの魔法が最後のスライムを焼き払う。

爆風とともに洞窟が一瞬明るくなり、やがて静寂が戻った。


マリアが肩で息をしながらも笑みを浮かべた。

「やりました……! これで討伐完了です!」


「うん、上出来だ」エレナが頷く。

「装備もよく馴染んでる。これなら、黒鋼級の依頼も夢じゃないな」


「ふふっ、次はもうちょっと報酬の良い依頼にしようよ」

リサが汗を拭いながら笑った。


三人は互いに拳を突き合わせた。

その瞬間、洞窟の奥――地の底から、かすかな振動が伝わった。


「……今の、何?」

「地震……にしては、方向が違う」

エレナが眉を寄せる。


洞窟の奥の壁が、かすかに赤く光った。

そこに、まるで“何かが生まれようとしている”ような脈動があった。


三人はその光を見つめながら、無言で顔を見合わせた。

紅蓮の洞窟の奥で、何かが目覚めつつあった。



夜の霧が、塔の外壁を這っていた。

その頂にある円形の部屋で、ヴェルミナは薄いワインを指先で転がしていた。


宙に浮かぶ魔素の球が淡く揺れ、内部に映し出された光景は――コウモリ洞窟。

群れを成す魔獣たちがざわめき、壁一面が脈動している。


「ふふ……ずいぶん賑やかになってきたわね」

ヴェルミナの声は楽しげだった。


「主の望まれた“圧”の効果です。

 しかし、魔物の動きが異様に早い。制御不能になりかねません」

ノワールが報告する声には、わずかに警戒が滲んでいた。


「いいのよ、ノワール。私はただ、風を送っただけ」

彼女はグラスを傾け、笑う。

「どんな炎が燃えるかは、世界のほうが決めること」


ノワールは一歩進み出て、視線を上げた。

「……ですが、その“世界”に手を出す存在が、ひとり」


ヴェルミナは静かに微笑んだ。

「彼のことね。ユウマ……だったかしら」


光球が一瞬きらめき、青年の姿がぼやけて映る。

彼の立ち姿を見つめながら、ヴェルミナの指先がグラスの縁をなぞった。


「妙なのよ。魔力の匂いがしないのに、空気の流れだけが変わる。

 あれは魔術師でも神官でもない。……ただ、世界に“触れている”感じ」


「触れている?」


「ええ。まるで、見えない糸で誰かが空を撫でているみたい。

 その指先に、私の霊脈まで震えたの」


ノワールの瞳がかすかに動く。

「主が“揺らいだ”のは珍しい」


「……そうかもしれないわね」

ヴェルミナは口元を緩め、紅い液体を飲み干した。


「でも、怖くはなかった。

 むしろ、少し……懐かしかったの」


「懐かしい?」


「理由は分からない。

 けれど、あの青年の中に――昔、私たちがまだ“人”だった頃の匂いがした」


ノワールは沈黙した。

炎のような瞳が一瞬、憂いを帯びる。


「主よ。あまり深入りなさいませんように」


「ふふ、忠告ありがとう。でもね――」

彼女は立ち上がり、窓の向こうに広がる霧を見つめた。


「興味というのは、止められないの。

 何かが変わる予感がする。

 この世界がもう一度、目を覚ますような」



同じ頃、

コウモリ洞窟の奥では、ひとりの冒険者が壁際に身を潜めていた。


「……なんだ、これ……? 空気が……重い」

男は片手に短剣を握りしめ、息を潜めた。


足元の水たまりが震えた。

次の瞬間、洞窟の奥から低い唸り声。

数十匹のコウモリが一斉に飛び立ち、熱風のような音が通路を吹き抜ける。


「やべぇ……!」


男は背を向けて走り出した。

通路の岩壁が赤く脈打ち、奥から巨大な翼の影が迫ってくる。

魔物の悲鳴ではない、もっと深く――“地鳴り”のような咆哮。


出口が見えた瞬間、彼は振り返る。

暗闇の奥で、ひときわ大きなコウモリが翼を広げた。

その翼膜の内側には、血のように赤い文様が浮かんでいる。


「な、なんだ……あれは……っ!」


男は叫びながら外へ飛び出した。

次の瞬間、洞窟の入口から爆風のような魔素の奔流が吹き荒れた。

炎と霧が混ざり、空気がうねる。


背後で、無数の羽音が重なった。

それは“群れ”の音――だが、どこかに“統率”があった。


ヴェルミナはその瞬間、笑った。

「ほら、聞こえるでしょう? 世界が鳴いてる」


ノワールがわずかに顔を上げる。

「……また、夜が長くなりますね」


「ええ。とても、良い夜になるわ」


ヴェルミナの声が静かに夜に溶けていった。

その瞳の奥に、確かに“誰かへの好奇”が灯っていた。


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