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第15話 残滓の灯――境界に揺らぐ魂

レガルド市。

白壁の街並みが陽光を反射し、石畳を金色に染めていた。

冒険者ギルドの中央本部を擁するこの都市は、アルガン町とはまるで別世界のようだ。

通りを行き交う人々の装備はどれも洗練され、露店には魔石や希少金属が並んでいる。


「うわぁ……すごいね!」

リサが思わず声を上げた。

「アルガンの商店街とは桁が違う……あ、見てエレナ! あれ、魔道具屋だよ!」


「落ち着け、リサ。財布の中身は有限だぞ」

エレナが苦笑する。腰に下げた剣の柄が朝日を反射した。

隣を歩くマリアは、その後ろ姿にそっと微笑む。

「でも、こうして三人で中央に来られるなんて、夢みたいです」


三人は昇格祝いの報酬を受け取り、その足でこの都市へやってきた。

目的は装備の新調――蒼鐵等級として、次の戦いに備えるためだ。



武具店「ハイム・アームズ」。

店の扉を開けると、磨かれた金属の匂いと油の香りが鼻をついた。

壁一面に並ぶ剣、槍、盾。

そのどれもが、アルガンではまずお目にかかれない上級品ばかりだった。


「見てください、これ……!」

マリアが目を輝かせ、聖錫杖の柄をそっと撫でる。

銀糸の装飾が光を受け、淡い虹を描いた。


「へぇ……魔力伝導率、Aランクか。すごいね」

リサは隣の棚で、宝石の嵌められた杖を手に取る。

「これ、炎属性に特化してる。……でも値段が……え?」

目をこすり、もう一度札を見た。

「……四桁違わない? 銅貨じゃなくて金貨表示……?」


エレナが苦笑しながら別の棚を見た。

「仕方ない。武具の値段は強さの証だからな。

 防具まで買うのは無理だ。今回は武器だけにしよう」


「攻撃は最大の防御ってやつね!」

リサが胸を張る。

「リサが言うと説得力あるな」

エレナが笑い、三人は店主に声をかける。


結局、エレナは鋼製の片手剣とタワーシールドを、

リサは紅炎の魔道杖を、マリアは光属性の聖錫杖を手に入れた。

金貨の入った革袋はすっかり軽くなったが、心の中は満たされていた。


「これでまた少し、前に進める気がします」

マリアの言葉に、エレナも頷いた。

「そうだな。あとは実戦で確かめるだけだ」



中央ギルド本部。

その掲示板の前で、三人はしばらく言葉を失った。


「……これ、報酬、桁間違ってない?」

リサが呆然とつぶやく。

「黒鋼級の討伐依頼だけで、金貨三十枚……!」

マリアが目を丸くした。

「人の命が懸かってる任務だからこその報酬でしょうね」

エレナの声が、どこか引き締まっていた。

「私たちも、いつかこの掲示板に名が載るようになろう」


リサが笑みを取り戻す。

「その前に、命を落とさないようにね」


三人は顔を見合わせて笑い合い、受付の横を通り抜けた。


日が暮れるころ、彼女たちは街外れの少し上等なレストランに腰を下ろしていた。

暖炉の炎がゆらめき、グラスの中の葡萄酒が琥珀色に光る。


「このスープ……美味しい。味が深いですね」

「出汁に魔獣の骨を使ってるんだよ」

「リサ、なんでそんなに詳しいの?」

「さっきウエイターのお兄さんに聞いたの!」


笑いながら、彼女たちは久しぶりの安らぎを味わった。


食後、宿に戻ると、マリアが驚きの声を上げた。

「お風呂が……ついてます!」

湯気の立ちこめる大浴場。アルガンには無かった贅沢な設備だ。


三人は湯船に身を沈め、ため息をついた。

「はぁ……生き返る……」

「蒼鐵になると、こんな世界があるんだね」

「でも、こうして一緒に笑っていられるのが一番のご褒美だと思う」

マリアの言葉に、湯気の向こうで二人が微笑んだ。


夜が更けても、三人の笑い声は途切れなかった。

レガルドの灯が窓越しに揺れ、明日への希望を照らしていた。



月光が、黒曜石のような塔の屋根を照らしていた。

レガルドの遥か南、深い霧と岩山に包まれた地――そこに、魔人ヴェルミナの邸宅は静かに佇んでいる。


窓辺のカーテンが揺れ、淡い紅紫の光が部屋を満たした。

重厚なカーペットと鏡面の床、その中央に立つのは、漆黒のドレスをまとった女。

艶やかな銀髪が流れ、金色の瞳が遠くの一点を見つめていた。


指先を軽く振ると、宙に光の糸が浮かび、波紋のように広がった。

映し出されたのは、コウモリ洞窟――そして、その奥で見た“異界の青年”の残像だった。


「……あの時の人族。あの目、覚えているわ」

ヴェルミナが薄く笑う。

「恐怖も畏れもなく、まるで観察するように私を見ていた。

ふふ、まるで……私と同じ側の存在のようにね」


「それが例の男でございますか」

背後で、静かに声がした。

黒衣の執事――ノワールが一歩進み出る。

整った顔立ちに感情は乏しく、ただ忠実に主の言葉を待っている。


「ええ、彼。……ユウマ、だったかしら?」

ヴェルミナは口元に笑みを浮かべた。

「面白いわ。あの若者、神の側にも魔の側にも属していない。

 けれど、この世界の“枠”を越えた操作をしている。……禁域の気配がするわ」


ノワールが静かに頷く。

「観測者というより……介入者、でしょうか」


「ふふ。良い表現ね」

ヴェルミナはワイングラスを手に取り、深紅の液体を揺らす。

「なら、少し“試して”みたくなるのが性分ってものよ」


彼女は視線を落とし、窓の外の闇を見つめた。

霧の底で、魔素が流れを変え、青白い火の粉のように漂っている。


「ノワール。コウモリの巣――あの灰等級向けの洞窟、覚えているわね?」

「はい。レガルド南方の浅層ダンジョン。貴女様の魔素により生成されたものです」


「そう。その場所に、少しだけ“圧”をかけましょう」

指先が宙をなぞる。魔素がうねり、空気が低く唸るように震えた。


「圧、でございますか?」

「魔素の流れを強制的に上昇させる。……そうね、少し注ぎ足す程度でいい。

 人族の世界で“スタンピード”と呼ばれている現象、あれを起こしてみましょう」


ノワールが一瞬だけ目を伏せる。

「犠牲が出ます」


「分かっているわ。でも、彼がどこまで干渉できるか――知っておきたいの。

 それに、私は直接人を殺すつもりはないわ。

 ただ、流れを“少し傾ける”だけ。あとは、この世界の理が決めることよ」


ヴェルミナはワインを飲み干し、微笑を深めた。

その瞳に映るのは、遠いレガルドの灯と、観測者ユウマの姿。


「さぁ、見せてちょうだい。

 あなたが、この世界の歪みにどんな選択を下すのかを――」


霧が立ちこめ、部屋の中に紅の花弁のような魔素が舞った。

それはやがて消え、ただ静かな余韻だけを残した。



管理室の空気がざわめいた。

淡い光を放つマップの片隅――そこに、ひとつの光点が点滅していた。


「……また出たか。残滓の反応」

ユウマは椅子を回し、モニタの拡大操作を行った。

光点の座標は、霧の洞窟ではなく、その外――コウモリ洞窟の南側斜面だった。


「外……だよな。どうやって検出してんだ?」


システムの仕様では、ダンジョン外の観測範囲は制限されているはずだった。

それがいま、地表の向こう側まで感知できている。


「……俺のレベルが上がったからって、範囲まで広がるか?」

眉をひそめると、パネルの端に小さく文字が浮かんだ。


---【Zavixログ】

[System Notice] Host Authority Expanded

New Range: Outer Layer (Surface Proximity)

---


「……マジか。勝手にアップデートしてる……」

呆れと興味が入り混じる中、ユウマは椅子を立った。


「まぁいい。とりあえず、現地確認だな」


指先でコマンドを入力すると、転送光が彼の体を包んだ。

一瞬の浮遊感のあと、視界が切り替わる。

そこは、薄い霧が漂う丘の中腹――かつての戦場跡のように荒れ果てた土地だった。



「……ここが反応地点か」


岩の間に、淡く揺らめく光の球体が浮かんでいた。

大きさは人の頭ほど。表面がゆっくりと脈動し、まるで心臓の鼓動のように光が明滅している。


「……これが、残滓?」

ユウマが呟く。パネルを呼び出し、識別信号を確認する。


---【Zavixログ】

[22:31] Unknown Entity Detected

Type: Residual / Status: Unbound

---


「登録外のエンティティ……なら、“エージェント”をインストールしてみるか」

ユウマはコマンドを入力した。


球体の内部で光が激しく渦巻き、淡い輪郭が伸びていく。

手足、胴体、頭部――輪郭が徐々に整い、やがて半透明な人型が立ち上がった。


「……成功、か?」


微かな反応。

その人影がゆっくりと顔を上げた。

輪郭の奥に、かすかに瞳のような光が灯る。


「……だれ、ですか……?」

か細い声が、風に溶けるように響いた。



「俺はユウマ。ここの――いや、ダンジョンの管理者みたいなもんだ」


「かんり……しゃ……?」

言葉が途切れ途切れに返ってくる。

人影は、困惑したように両手を見つめた。

透けており、風が吹くたびに輪郭が揺らぐ。


「あなたは……私を……見えるのですか?」


ユウマは頷いた。

「おそらく、“残滓”ってやつだ。……魂の断片、って言えばいいか」


沈黙。

その存在はしばらく何かを思い出すように目を閉じ、やがて震える声で呟いた。


「わたし……たしか、コウモリ洞窟で……魔物に……」


「やっぱり、死んだ冒険者か……」

ユウマは腕を組み、低く唸った。

「けど、なんでダンジョンの外に出てる?」


管理室のモニタを呼び出す。

すると、セラフィーナの声が響いた。


「おそらく、死後に魂がダンジョンの外へと弾かれたのでしょう。

 残滓とは、未練や魔素の濃度が一定以上だった場合に発生する現象です」


「つまり……成仏できてない、ってことか」


「そう解釈して差し支えありません。

 ですが、この現象は私の観測範囲外です。――“理の外”に属するもの」


ユウマは思わず口を尖らせた。

「またそれかよ。あんた、女神なんだろ? 知らないこと多すぎじゃないか?」


セラフィーナは苦笑混じりに答える。

「全てを知る神はいません。

 理を越える現象は、観測者――あなたのような存在が記録することで初めて“意味”を得るのです」


「……哲学っぽく言われても困るな」

ユウマは息をつき、人影へと視線を戻した。

「大丈夫か? 何か覚えてること、あるか?」


「……最期の瞬間、だけ。

 仲間が叫んで……光が見えて……それから……」

声が震え、姿が少し揺らぐ。


ユウマはそっと手を伸ばすが、指先は空を掴むだけだった。


彼は眉を寄せ、ひとつの可能性を思いついた。

「このままじゃどうにもならんな。けど――もしかしたら、“霧の洞窟”なら……」


セラフィーナがわずかに息をのむ。

「……復元、を試みるつもりですか?」


「いや、やれるかどうかも分からん。けど、試してみる価値はある」


霧が流れる中、ユウマは決意を固めた。

残滓の微かな光が、かすかに彼の姿を映していた。



霧の洞窟。

湿った空気の中に、青白い光の粒が漂っていた。

ユウマはゆっくりと歩を進め、中央の広間に立つ。


後ろには、半透明の残滓――あの女性の輪郭が、かろうじて形を保っている。


「ここが、霧の洞窟……?」

彼女の声は風のようにかすれていた。


「そうだ。ここなら“戻せる”かもしれない」

ユウマは静かに答える。

「このダンジョンには、俺が仕込んだ“死者復活トリガー”がある。

 本来は事故死した冒険者の安全装置だが……理屈は同じはずだ」


セラフィーナの光が横に浮かぶ。

「対象は肉体を持たぬ魂片です。

 成功の保証はありません。最悪の場合、完全に消滅します」


「分かってる。それでも、やる」

ユウマはパネルを呼び出した。

複数のウィンドウが重なり、データの流れが視界を覆う。


---【Zavixログ】

[12:02] host.system.trigger: revival_protocol_01

Condition: SoulEntityDetected / Type=PurifiedResidual

Action: MaterialReconstruction(Entity)

Status: Ready

---


「セラフィーナ、浄化の準備を」

「……了解しました」


彼女が両手をかざす。

金の光が残滓を包み、空気が低く唸りを上げる。

ユウマはタイミングを見計らい、コマンドを入力した。


---【Zavixコマンド】

execute revival_protocol_01 target=residual_001 force=True

---


瞬間、洞窟全体が白く輝いた。

壁面の魔法陣が同調し、魔素の流れが中央へ集中していく。


「……これは……!」

セラフィーナが驚きに息を呑む。

「魔素が逆流しています。理の流れが……“再生”を選択している!」


光が脈動し、残滓の姿が変化を始めた。

透明な輪郭が凝縮し、髪が、肌が、呼吸が戻る。

そのたびに、ユウマのZavixに新しいデータが流れ込む。


---【Zavixログ】

[12:03] MaterialReconstruction: Progress=87%

[12:04] NeuralPatternSync=OK / CoreBind=Stable

[12:05] EntityStatus: Reconstructed (Body+Soul Integration)

---


ユウマは目を見開いた。

「……本当に、戻ったのか……」


光が収まると、そこにひとりの女性が一糸まとわぬ姿で倒れていた。

長い髪が霧に濡れ、肩がかすかに上下している。

温かい息が、確かにあった。


セラフィーナの声が静かに響く。

「成功です。……あなたの意志に、“霧の理”が従いました」


ユウマは膝をつき、そっと女性に大判のストールを掛けた。

その瞬間、彼女の瞼が震え、ゆっくりと開かれた。


「……ユウマ、さん……?」


その声はかすかで、けれど確かに“生”の響きを持っていた。

ユウマはわずかに息を吐き、苦笑した。


「よかった。ちゃんと戻ってきたな」


彼女はぼんやりと天井を見上げ、そして微笑んだ。

「……暖かい……これが、生きてるってこと、なんですね……」


セラフィーナの光が穏やかに揺れる。

「あなたの選択が、この世界の理を一つ塗り替えました。

 “浄化”は終わりではなく、“再生”になったのです」


ユウマは立ち上がり、霧の中で小さく笑った。

「なら――これでいい。これが俺の選んだやり方だ」


霧の洞窟の奥で、淡い光が灯った。

それはまるで、新しい命の鼓動を祝福するかのように揺れていた。


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