表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

第13話 中央よりの使者——干渉領域

石畳の広場を抜け、ガルド・ハンマークは重い扉を押し開けた。

中央ギルド──レガルド市の象徴とも言える白亜の塔。その内部には、地方ギルドでは見られぬ秩序と緊張が満ちていた。


壁にかけられた等級ごとの紋章、並ぶ文官の列。

灰や蒼鐵といった実戦的な気配ではなく、ここには「決定の重さ」が支配している。

ガルドは無意識に背筋を伸ばした。


「久しいですね、ガルド殿。旅の疲れはまだ抜けていないでしょう」

低く響く声が、石造りの会議室に流れた。

中央ギルド司政官――ハルト・ベイルズ。

紅玉等級の元冒険者でありながら、いまは数十のギルドを統べる冷徹な調整役だ。


「疲れよりも、気がかりのほうが大きくてな」

ガルドは粗い声を抑えながら席に着く。

テーブルの上には、すでに霧の洞窟に関する報告書が並んでいた。

数通の書面は、ガルド自身が数日前に送ったものだ。


「報告は拝見しました。腕輪の自動出現、死亡時の復活、そして敵の一時的な弱体化──どれも前例がありません」

ハルトは指先で一枚の羊皮紙を押さえる。

「我々としては、魔人による干渉を疑っています」


「魔人による干渉、か……」

ガルドは低く唸る。

「スタンピードは、過去に発生したと聞いているが……。だが現実に起きてる以上、無視はできん」


「同意します」

ハルトの口調は淡々としている。

「ゆえに調査を行います。派遣するのは中央直属のペア──《アストラ・オルド》。」


「《アストラ・オルド》……あの二人か」

ガルドの眉がわずかに動いた。

聖剣を掲げる男女のホーリーナイト。その名は各地のギルドでも知られている。

「ずいぶんと手の早い選定だな。もう動かしていたのか」


「すでに打診済みです。彼らは一刻も早く現地へ赴く予定です」

ハルトは立ち上がり、机上の別の書簡を差し出した。

封蝋には中央の紋章が押されている。

「そして……今回、もう一つ協力者を用意しました」


ガルドが眉をひそめる。

「協力者? まさか追加の戦力か?」


「戦力ではなく、検証材料です」

ハルトの視線が一瞬だけ鋭くなった。

「奴隷落ちした殺人犯を一名。ペナルティの実験に使用します」


会議室の空気が張り詰めた。

ガルドの表情がわずかに歪む。

「……中央は、相変わらず容赦がねぇな」


「死して戻るという現象を確かめるには、そうするしかありません」

ハルトはためらいを見せない。

「倫理ではなく、再現性が我々の仕事です」


ガルドはしばし沈黙した。

机の上の報告書を睨みつけ、やがて息を吐く。

「好きにはしろ。だが俺のギルドの者たちには触れるな。灰等級の子らにこれ以上、妙な負担はかけたくない」


「理解しています。彼女たちの功績は評価していますよ」

ハルトは微笑を浮かべた。だがその目には温度がなかった。

「霧の洞窟は、我々にとっても未知の領域です」


扉の向こうで、遠く鐘の音が鳴った。

昼の鐘。中央の刻限は、地方よりもわずかに早い。

ハルトは椅子を離れながら言葉を残す。

「明日には彼らを出立させます。ガルド殿、あなたも立会人として同行をお願いします」


「……ああ、分かった。どうせ放ってもおけねぇしな」


ガルドは重い体を起こし、会議室を後にした。

外に出ると、白い塔の影が伸び、空には群青が混じり始めていた。

その影の先に、これから向かう“霧の洞窟”の方角があった。

小さく呟く。


「……さて、どうなることやら」


彼の胸には、未知への警戒と、わずかな期待が同居していた。



翌朝、薄曇りの空の下。

霧の洞窟の前には、中央ギルドの紋章を刻んだ黒馬車が停まっていた。


その傍らに立つのは、銀と金の鎧をまとった男女――《アストラ・オルド》。

男はアストラ、金髪の騎士。清廉な眼差しと規律の気配を纏う。

女はオルド、漆黒の髪を束ねた女騎士で、同じ聖印を胸に掲げている。

どちらもホーリーナイトとして知られる蒼鐵等級の精鋭だ。


彼らの背後では、粗末な鎖につながれた一人の男がうずくまっていた。

奴隷落ちした殺人犯――名は誰も呼ばない。

両手に刻印の焼印を押され、瞳には生気がない。


ガルドは馬上から二人を見下ろした。

「中央の調査ってのは、いつもこう無骨かね」

「迅速が最優先です」

アストラが短く返す。声は冷たく、だが感情を排していた。

「司政官から、あなたが立会人だと聞いています。干渉はご遠慮を」


「わかってる。見届けるだけだ」

ガルドは手綱を握りしめたまま、奴隷に目をやる。

「……まさか、本当に人間を実験に使うとはな」


オルドが冷ややかに答える。

「倫理ではなく検証です。あなたもご存じでしょう、ハルト殿の方針を」


ガルドは何も返さなかった。

ただ、男の瞳に宿る虚ろな光を見つめるだけだった。



四人が洞窟に足を踏み入れた瞬間、

薄青い光がパッと弾け、右手首に銀の腕輪が出現した。


「……出たな」

アストラが眉をひそめる。

「装着感、温度、脈動あり。外せるか?」

オルドが短剣を抜き、指先で縁を引くが、びくともしない。

鎖のような光が腕に沿って浮かび、魔力が拒絶反応を示す。

「強制装着型……通常の封印とは異質です」


「奴隷。お前もだ、見せろ」

アストラが命じると、男は怯えながら右腕を差し出した。

同じ腕輪が、そこにも現れていた。

「……試すぞ」

アストラが頷き、オルドが刃を振るう。

肉を裂く音。男の手首が地面に落ちた瞬間、光が再び走る。


新たな腕輪が、左手首に出現した。


「馬鹿な……」

ガルドが思わず呟く。

「左を落とせ」

アストラの声は冷静だった。

再び刃が閃き、左手首が落ちる。

だが次の瞬間、腕輪は右足首に出現した。


「……これは、報告には無かったな。“再装着現象”か」

オルドが小さく息を吐く。

「切断では解除不可。体の存在そのものと紐づいているようだ」


「十分だ。奴隷、進め」

アストラの指示で、男が洞窟の奥へと追い立てられる。

ほどなく、ぬめった音が響いた。

スライムが群れを成して現れる。


「行け」

剣の切っ先で背を刺され、男は悲鳴を上げて前に出た。

青い塊が飛びかかり、彼を飲み込む。

苦鳴、骨の軋み、そして沈黙。


──だが、数秒後。

空気が歪み、男の体が光を纏って再構成された。

血も傷もない。


「……復活を確認。位置は我々から半径二メートル」

オルドが記録石に刻む。

「両手首および腕輪も戻っている」


「では、次だ」

アストラが冷ややかに言う。

「腱を切れ」


オルドが黙って頷き、奴隷の両脚に刃を走らせた。

悲鳴が洞窟にこだまする。

彼が立てない状態で、次に現れたのはゴブリンの一団だった。


戦いは奇妙だった。

奴隷のHPが半分を切った瞬間、ゴブリンたちの動きが明らかに鈍る。

一撃の威力が落ち、反応も遅れる。

やがて男が絶叫とともに倒れる。再び光が走り、彼は蘇生した。


「……間違いない。対象の生命値に連動して敵が弱体化している」

アストラが槍を下ろし、冷ややかに結論づけた。

「最後に確認だ。人為的な殺害ではどうなるか」


刃が閃き、奴隷の喉が裂けた。

静寂。

だが、光は戻らない。


「復活……しない」

オルドが小さく呟く。

「条件は“モンスターによる死”に限定されているようだな」


アストラは頷き、手にした聖剣を鞘に戻した。

「霧の洞窟は、なんらかの管理下にある。自然現象ではない」


ガルドは沈黙を保っていた。



その様子を、管理室のモニタ越しにユウマは黙って見ていた。

半透明のパネルに、淡々と流れるログ。


---【Zavixログ】

[09:13] host.agent.group=Central-Expedition (Astra, Ordo, Slave001, Gard)

[09:14] auto_equip: AgentBand (RightWrist) → Success

[09:15] detach attempt → Denied / Rebind=LeftWrist

[09:16] detach attempt → Denied / Rebind=RightAnkle

[09:22] Slave001 death_cause=Slime / respawn=True / LocationOffset=+3.2m

[09:30] Slave001 HP<50% / Goblin.strength_shift=-20%

[09:34] Slave001 death_cause=Human / respawn=False

---


「……なかなかえげつないことするな、中央の連中」

ユウマは額に手を当て、苦笑を漏らす。

「条件を伝えるわけにもいかねぇし……この世界はほんと容赦がないな」


セラフィーナが静かに答える。

「ええ。ですが、あなたが見守ることにも意味があります。

 この現象を“記録”できるのは、あなたしかいませんから」


ユウマは頷き、視線をモニタに戻す。

ログの末尾には、新たな行が浮かび上がっていた。


---【Zavixログ】

[09:36] ExpeditionExit: Astra & Ordo → Success

[09:36] ReportFlag=AutoSend → CentralGuild

---


「……さて、中央がどう判断するか、見ものだな」

椅子にもたれ、彼は深く息を吐いた。

洞窟の奥では、ただ霧だけが静かに揺れていた。



昼下がりの中央ギルド。

白亜の塔の会議室には、淡い光が差し込んでいた。

重厚な机を囲む数名の役員、その中央に立つのは司政官ハルト・ベイルズ。

彼の前には《アストラ・オルド》の二人が並んでいた。


「報告を」

ハルトの一言で、空気が凍る。

アストラが一歩前に出て、簡潔に述べた。


「霧の洞窟において、異常な三点を確認しました。

 一つ、入場時に右手首へ自動的に装着される腕輪。

 二つ、手首を欠損した場合、別部位へ再装着装着される腕輪。

 三つ、死亡後の復活現象。

 四つ、生命値に応じて敵性存在が弱体化する現象。」


「……復活現象は、確認済みだな?」

「はい。スライムおよびゴブリンによる殺害で復活を確認。

 しかし人為的な殺害では復活せず。条件が限定されているようです」


ハルトは指先で机を叩き、視線を細めた。

「やはり、そのような現象については前例がない」


オルドが補足する。

「内部の構造も安定しています。壁の魔力線が一定周期で再生しており、管理の痕跡がありました」


会議室の奥でざわめきが広がる。

ハルトは小さく頷き、重い声を落とした。

「……魔人による干渉の可能性が高い、ということか」


「否定できません。」

アストラが静かに答える。

「ただ、通常の魔人はこのような制御は行えません。

 腕輪はもとより、死亡者の復活など……」


「確かにその通りだ」

ハルトが眉を動かす。

「……まるで、誰かが冒険者たちを実験体のように見ている、か」


「はい、そのように感じます。ですが、魔力の波形は中域で干渉源は特定不能です。

 意図的にカモフラージュされているかのようです」


ハルトはしばし黙り、やがて一枚の報告書を閉じた。

「分かった。報告は感謝する。《アストラ・オルド》、休息を取れ。

 後続の対応は我々が引き継ぐ」


二人が敬礼して退室すると、会議室は静寂に包まれた。

ハルトは椅子に深く腰を下ろし、側近の文官に命じる。


「霧の洞窟の封鎖を指示せよ。

 当面、灰等級以下の冒険者の出入りを禁止とする」


「了解しました。発令は今夜には完了します」

文官が頭を下げ、駆け足で部屋を出ていく。


窓の外では、遠く塔の鐘が鳴った。

ハルトはその音を聞きながら、独り言のように呟く。

「……異常なダンジョンだ。魔人としても従来とは異なる。

 何かが起きる前触れなのか……?」



その頃、木製の扉が軋む音とともに、ガルドが執務室に戻ってきた。

出迎えたのは、細身の職員だった。


「お帰りなさい、マスター。中央からの報告が届いています」

「もう来たのか」

封蝋を割る。中には、簡潔な一文が記されていた。


『霧の洞窟:灰等級以下立入禁止。

 魔人干渉の疑いあり。調査継続のため、地元協力者を選定せよ。』


「……やっぱり魔人か」

ガルドは低く唸る。

「調査継続って言われても、誰を送りゃいいんだ。灰等級は締め出し、蒼鐵はここにいねぇ」


細身の職員がためらいながら言った。

「ひとつ、提案がございます。

 先日のワーウルフ討伐で功績を上げた三人組――エレナ、リサ、マリアの昇格を申請しては?」


「昇格? あの子らをか?」

ガルドは腕を組み、しばし考える。

「確かに腕は上がっている。だが、蒼鐵に上げるには試験がいるぞ」


「でしたら……ギルマス自らが試すのが最も確実では?」

ラウルの進言に、ガルドは思わず笑みをこぼした。

「ははっ、俺がか。白金等級の老骨が試験官ってのも、洒落にならねぇな」


だが、その目には既に決意が宿っていた。

「……いいだろう。中央が魔人を疑ってる以上、戦える奴を前に出すしかねぇ。

 明日来るよう、あの子らを呼んでくれ」


「了解しました。準備いたします」

ラウルが頭を下げる。


窓の外では、街灯がともり始めていた。

ガルドは火酒をあおりながら呟いた。

「魔人の干渉、なのか? ……もし本当なら、こいつは面倒なことになるぞ」


空になったグラスを机に置く。注がれた火酒が明りに揺らめいた。



夜が更け、静寂が街を包むころ。

その頃、はるか南方の地脈――人の手の届かぬ山間の洞窟で、微かな震動が走った。


「……何かが、乱れている」


女の声が響く。

霧を纏うような銀紫の光が、暗闇の中で揺らめいた。

姿を現したのは、長い黒髪と金の瞳を持つ一人の女。

その肌には、微かに魔素が流れ、周囲の空気ごと振動している。


彼女――魔人ヴェルミナ。

だがこの時点では、まだその名を知る者はいない。


洞窟の奥へ進むたび、魔力の流れが歪んでいた。

壁の紋様は本来の周期を乱し、自然発生した魔素の循環が妙な滞りを見せている。


「自然のダンジョンに、干渉……?」

ヴェルミナは指先で空をなぞる。

淡く光の線が走り、空間が割れた。


一歩。

彼女はその裂け目を越えて、コウモリ洞窟の内部へ“転移”した。

それはワープではなく、“魔素の座標に直接干渉する移動”。

管理室のような中継を介さない、純粋な魔族の権能だった。


霧を抜けた瞬間、空間に波紋が走る。


---


【Zavixログ】

[22:51] host.dungeon.bat_cave event: anomaly_detected

[22:52] host.entity.unknown detected / tag="魔人" / name="Vermina" / uuid:bb2c5e1a

---


管理室。

ユウマの視界に、赤いアラートが瞬時に走った。


「……なんだ? 魔人、だと?」


半透明のパネルには、いつもの“Zavixログ”が高速で流れている。

それは監視者モードでもほとんど見たことのない異常通知だった。


セラフィーナの声が震える。

「この反応……ただの魔物ではありません。

 “意思”を持つ存在が、直接ダンジョンに介入しています」


ユウマは息を詰める。

「管理下じゃないコウモリ洞窟に……? どういう理屈だ」


「わかりません。けれど、この魔素の波形……異常に整っています」


ユウマは躊躇いながらも、手を伸ばした。

「……確認するしかねぇか。管理者モードで行く」


一瞬、光が走る。

視界が反転し、彼は管理室からコウモリ洞窟に降り立った。


洞窟内。

無数のコウモリが天井を覆い、魔素の霧が漂う中、

黄金の瞳が彼を見据えていた。


「……誰?」

低く響く声。滑らかで、どこか艶めいている。


ユウマは応じた。

「俺は、このダンジョンを監視している者だ。敵意はない」


「監視……? ふふ、面白い。

 なら、少し確かめさせて」


その瞬間、空気が震えた。

魔素の槍が1本形成され、ユウマへと飛ぶ。


「……っ、やばい!」

反射的に攻撃を無効化するトリガーを展開する。

だが――防御は拒絶された。


セラフィーナが焦った声で告げる。

「その存在は……“同等階層”です。

 あなたの権限では、制御できません!」


槍が爆ぜ、衝撃がユウマの体を貫いた。

光の粒が散る。


だがヴェルミナは、すぐに攻撃を止めた。

金の瞳を細め、唇に微笑を浮かべる。


「……なるほど。干渉してきたのは、あなたね。

 監視者――ふふ、なんて奇妙な仕組み」


ユウマは息を荒げ、手をかざした。

「お前……何者だ」


「答える義理はないわ。

 でも……また会いましょう」


その声が途切れた瞬間、彼女の姿は霧に溶けるように消えた。


ユウマは膝をつき、息を整えた。

セラフィーナの声が静かに落ちる。

「……あなた、初めて“対等”な存在に出会いましたね」


「対等、ね……あいつ、本気じゃなかった。

 でも、もう一度来る。絶対に」


視界が薄れていく中、ユウマは小さく呟いた。


「……あの女、ヴェルミナ。次は――ただ見てるだけじゃ済まねぇな」


光が消え、静寂が戻る。

そして“監視者と魔人”の、初めての邂逅が記録された夜だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ