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第12話 成長する迷宮──監視者の視座

二週間という時間は、冒険者にとって短くも長くもある。

リサたち三人にとっては、間違いなく「長い」部類に数えられる濃密な日々だった。


拠点の町の外れに口を開く「コウモリ洞窟」。灰等級の駆け出し向けとされるその場所を、彼女たちは繰り返し訪れ、訓練を積んでいた。

最初の頃は、無数の羽音に翻弄され、気づけば数十の小さな牙痕で体力を削られていた。

だが今では違う。


「エレナ、右から二体!」

「受け止める!」

「マリア、タイミング合わせるね!」


短いやり取りと同時に、エレナが盾で正面を受け止め、リサの火球が横合いから群れをまとめて薙ぎ払う。マリアが残った一体に聖光を放ち、瞬く間に通路が静まり返った。


汗はにじむ。息も少し乱れる。だが、恐怖で足がすくむことはもうなかった。

確実に、彼女たちは強くなっていた。


「……すごいね、私たち」

リサが肩で息をしながらも、笑みを浮かべる。

マリアは杖を収めて頷いた。

「ええ。最初の頃ならこの群れで撤退してたはず」

「体力はまだ残っている。このまま進めるぞ」

エレナの声も以前よりどこか誇らしげだった。


連携、持久力、そして判断の速さ。

レベルだけではなく、体が覚えた「感覚」としての成長も、三人に確信を与えていた。



町に戻る道すがら、夕暮れの光に照らされた三人の歩調は、以前よりずっと軽かった。

「レベルも上がったし、魔法の効きも安定してきた気がする」リサが呟くと、マリアも嬉しそうに笑った。

「わかります。詠唱の途中で崩れることが減ったきました。多分、集中力も増してるんだと思います」

「私も盾を扱う感覚が変わってきた。以前より重さを受け止めやすい」


それぞれの胸に宿る小さな手応え。

それは冒険者にとって何よりの糧であり、次なる挑戦へと背を押すものだった。


「……行こうか。霧の洞窟へ」

エレナの一言に、二人は迷わず頷く。



かつて恐怖で押しつぶされそうになった場所。

だが今なら、進める。


そう確信できるだけの力を、二週間で手にしたのだ。


三人は揃って深呼吸をし、再挑戦の決意を胸に刻んだ。


霧の洞窟──。

湿り気を帯びた空気が肌を刺し、視界を曇らせる白い霧が漂う。

かつて足をすくませた入口に立つ三人の表情には、今や怯えはなかった。


「リサ、左手の通路に気をつけて。以前より気配が多い」

エレナが盾を構え、霧の向こうを睨む。

「分かった。魔力の流れが少し濃いね……モンスターが増えてるのかも」

リサは杖を握りしめ、掌に魔力を集める。

マリアが周囲を警戒しながら続ける。

「いつも通り、まずは小規模の戦いで確かめましょう」


霧を切る羽音。群れで現れたのは、以前よりも大ぶりなスライムと、牙を光らせたゴブリンの一団だった。

その数も、明らかに増えている。


「やっぱり……強くなってる」リサが低く呟く。


だが、三人の反応は冷静だった。

エレナの盾がゴブリンの突撃を受け止め、反撃の一閃で体勢を崩す。

その隙にリサの火球が霧を赤く染め、爆ぜる熱がスライムの核を砕く。

マリアは詠唱を繋ぎ、後衛を狙ったコウモリの群れを光で弾き返した。


「押せる!」

エレナが声を張り上げ、盾を押し出す。

三人の呼吸は揃い、少し前の彼女たちでは考えられないほどの速さで戦闘が終息した。



さらに奥へと進むと、洞窟の空気が重く変わる。

濃い灰色の体毛、血走った瞳。

再び、ワーウルフが姿を現した。


「来るぞ!」

エレナが叫び、盾を高く掲げる。


突進からの一撃。

鋭い爪が盾を叩き割らんばかりに襲いかかり、エレナのHPは瞬時に半分近く削られた。

「ぐっ……!」

膝をつきかけるも、彼女は踏みとどまる。


マリアの聖光が閃き、リサの火炎が爆ぜる。

だが、ワーウルフは容赦なく攻め立てた。咆哮が霧を震わせ、爪の軌跡が石壁を抉る。


「やっぱり……強い!」

リサが声を上げる。


エレナの体力はじわじわと削られ、残りが半分を切ったその瞬間。


──ワーウルフの動きが、鈍った。


切れ味を失った爪、甘くなる体勢、間合いにわずかな隙。

異様なまでに明確な弱体化だった。


「今だ!」

エレナの声に呼応し、マリアが魔法を直撃させる。

リサも渾身の炎を放ち、ワーウルフの巨躯を押し崩した。

呻き声とともに、洞窟に再び静寂が訪れる。


三人は荒い息を整えながら互いに視線を交わした。

「……感じた? 今、急に……」

「うむ。力が抜けたように見えた」

「私も。偶然じゃないと思う」


不安と疑問を抱えながらも、彼女たちは討伐証明を手に、洞窟を後にした。


昼下がりのギルドは、相変わらず人いきれと喧噪に包まれていた。

ざわめきの中、リサたち三人は疲れを滲ませつつも堂々と受付に進んだ。


「依頼の報告に来ました。霧の洞窟にて、ワーウルフを討伐しました」

リーダーのエレナが一歩前に出て告げる。


カウンターの奥で帳簿を整理していた細身の職員が顔を上げた。

「……証明を拝見してもよろしいですか」


「はい」

エレナが袋から取り出したのは、毛皮と牙。

マリアは大爪を差し出す。


職員は慣れた手つきで秤に載せ、魔導検査の光を走らせた。

やがて頷き、淡々と記録を帳簿へ書き込む。

「確かに、ワーウルフのものと確認しました。討伐達成です」


三人の顔に安堵の色が浮かぶ。

だが、職員は一瞬迷うように視線を落とし、言葉を継いだ。

「……戦闘中に、特に変わった点などはありませんでしたか?」


リサとマリアが顔を見合わせる。

やがてエレナが慎重に口を開いた。

「はい……実は。敵が強大で、私の体力はかなり削られました。ですが、途中から明らかに動きが鈍ったのです」


「私も同じです。魔法の効きが急によくなったような感覚がありました」マリアが続ける。

「……偶然ではないと思います」リサも小さく頷いた。


職員の眉がわずかに動く。

だが驚きは抑え、記録用の別の用紙を取り出すと、さらさらと詳細を書き留めた。

「なるほど……大変貴重な報告です。この件は町のギルドだけで扱えるものではありません。中央ギルドに照会を出します」


三人は姿勢を正した。

中央ギルド──権威ある存在の名に、周囲の冒険者たちもざわめきを止め、耳を傾ける。

「近く、調査のための人員が派遣されるはずです。あなた方の体験は、重要な手掛かりとなるでしょう」


革袋が差し出される。中には銅貨三十枚。

金属の冷たい重みが、手のひらに現実を刻んだ。


エレナが深く頭を下げる。

「ありがとうございます」

リサとマリアも倣い、三人は一礼した。



管理室の机に腰を下ろしたユウマの視界に、半透明のパネルが次々と開いていく。

霧の洞窟での戦闘ログが淡く光を帯びて流れ続けていた。


---【Zavixログ】

[13:42] Encounter: wolfman / InitialStrength=Lv24

[13:44] Tank(Elena) HP=58/120 → 体力閾値50%以下

[13:45] TargetStrength Shift → -15%

[13:46] Result: PartyVictory / Loot=毛皮,牙,大爪

---


「……やっぱり、トリガーが発動していたか」

ユウマは小さく呟き、背もたれに身を預ける。

自分が仕込んだ弱体化条件──だが、三人が感覚で気づくほど露骨に働いたことは想定外だった。


さらにスクロールを進めると、別の記録が目に入る。


---【Zavixログ】

[13:20] Encounter: Slime群 / 平均Strength=Lv6

[13:31] Encounter: Goblin小隊 / 平均Strength=Lv8

---


ユウマは眉を寄せ、再度フィルタをかけて確認する。

数日前までは見られなかった基礎値の上昇が、確かに霧の洞窟内でだけ発生していた。


「……スライムも、ゴブリンも強くなっている? いや、これは霧の洞窟だけか」


耳元でセラフィーナの声が響く。

「ええ。自然発生するコウモリ洞窟などは固定された難易度のままですが、あなたが最初に監視者として結びついた“霧の洞窟”は違います。

冒険者が成長すれば、それに呼応して内部のモンスターも強さを変えるのです。

それは外部からの干渉ではなく、監視者に紐づいた世界の摂理です」


ユウマは顎に手を当て、しばし考え込む。

「つまり……俺が直接操作しなくても、このダンジョンは冒険者に合わせて進化していく」


「そう。あなたの権限は方向性を与えるだけ。

けれど基盤は、この世界そのものが備えている仕組みです」


数値が静かに更新されるのを見ながら、ユウマは吐息を漏らした。

三人が強くなれば、霧の洞窟もまた牙を研ぐ。

成長と危うさが、同じ秤に乗せられている。


「……諸刃の剣、ってやつだな」

呟きとともに、パネルの隅にメモを残す。


---【Zavixメモ】

霧の洞窟:成長傾向を観測。

弱体化トリガー:発動条件は観測者依存。

次回以降も継続監視。

---


セラフィーナが柔らかな声で囁く。

「その気づきは、あなたが監視者として一歩進んだ証です」


ユウマは立ち上がり、虚空に残る光のパネルを閉じていった。

「……今日のところはこれでいい。」


視界が薄れ、現実へと引き戻される。

窓の外では、夕陽が街を赤く染め上げていた。


胸の奥には、三人の成長への安堵と──ダンジョンそのものが成長することへの危うさが同居していた。



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