第10話 コウモリ洞窟再訪──そして牙をむくワーウルフ
朝の光が宿の窓から差し込み、俺は布団から身を起こした。
昨日までの疲労はまだ残っていたが、不思議と体は軽い。
少なくとも、もう「空腹でふらつく」なんて状態じゃない。
前日の銅貨十枚という報酬が、精神的な安心を与えてくれたのだろう。
宿の下の食堂で粗末な朝食を済ませると、俺はギルドへ向かった。
通りはすでに賑わっており、行商人や住人が忙しそうに歩いている。
その中をすり抜け、昨日と同じ石造りの冒険者ギルドの建物へ。
扉を開けると、ざわめきと酒の匂いが迎えてくれる。
相変わらずの混沌だが、ここが冒険者の拠点であり、街の心臓部でもある。
掲示板に近づくと、昨日と同じ依頼が目に入った。
「灰等級向け──コウモリの駆除、報酬は銅貨一枚」
「……一枚?」
思わず声が漏れた。
昨日は確か、五匹で十枚だったはずだ。つまり一匹あたり二枚換算。
首をかしげつつ、受付の職員に声をかける。
「すみません。この依頼、昨日は一匹二枚で計算されてたと思うんですが……」
「はい。掲示板にあるのは“最低保証”です。最近の状況に応じて、実際には一匹につき銅貨二枚で算定します。昨日の実績もありますので、今日は上限も外して構いません」
「なるほど。助かります」
胸の内で安堵する。
だが、無制限に狩るつもりはない。十匹前後で切り上げよう。
体力を温存し、夜にまた宿へ戻れるくらいの余裕は残しておきたい。
俺は銅貨色の証票を受け取り、洞窟へ向かうことにした。
◆
山裾にある小さな洞窟。
昨日と同じ場所だが、入口に立つだけで背筋がざわつく。
湿った空気、草木の陰に潜む視線。
俺にとっては戦場であり、同時に「職場」でもある。
「さて、今日も仕事だ」
腰に下げたレンタルの剣と盾を握りしめ、洞窟に入る。
闇に慣れるまでに数秒かかるが、耳は敏感に反応する。
高い声で鳴き交わす、コウモリの気配。
「……いたな」
一匹目を見つけると、すぐに剣を構える。
羽ばたきが近づいた瞬間、剣を横に払う。
コウモリは小さな悲鳴を上げて床に落ちた。
二匹目、三匹目と連続で仕留める。
昨日の経験が活きている。
体が動きを覚えており、反射的に対処できるようになっていた。
五匹を片づけたあたりで、汗が額に滲む。
だが、まだ余裕はある。
「あと五匹……行けるな」
俺は息を整え、さらに奥へと進んだ。
◆
その頃、別の場所──“あのダンジョン”。
三人組が命を落としかけた、あの異常なダンジョンに、再び彼女たちは挑もうとしていた。
エレナ・グランフォード、リサ・アルベリーニ、マリア・カンデラ。
結局は再調査という形で再び依頼が下りたのだ。
「……今日こそ、もっと奥まで進もう」
エレナが盾を構え、仲間に視線を送る。
リサは魔力の気配を漂わせ、マリアは祈るように胸の前で手を組む。
彼女たちは知らない。
ダンジョンの奥に、“中ボス”としてワーウルフが待ち構えていることを。
◆
俺はコウモリを十匹倒し、洞窟の外へ出ていた。
剣を鞘に収め、証票に刻まれた傷を確認する。
これで銅貨二十枚の稼ぎだ。
「よし、これでしばらくは食いっぱぐれないな」
そうつぶやき、俺はギルドへ戻ろうとした。
だが、その瞬間、視界に気になるシステムログが走った。
---【Zavixログ】
[13:42] host.dungeon001 event: midbossfight
[13:42] host.agent.group=3 detected
[13:43] host.monster.generated: wolfman[uuid:9d31af2a]
Priority: MidBoss
---
「……ワーウルフ、か」
ログを見て直感する。
あの三人が、今まさに戦っている。
俺は管理者モードを切り替え、遠隔から観測を開始した。
◆
ダンジョンの奥で、鋭い咆哮が響く。
灰色の毛並みを逆立てたワーウルフが、二足歩行で立ちふさがっていた。
巨大な爪が岩壁を裂き、火花を散らす。
「くっ……!」
盾を構えるエレナが踏みとどまる。
だが衝撃は重く、膝が揺らぐ。
リサが火球を放つが、ワーウルフは素早く跳躍して避ける。
「なんで当たらないよ!?」
マリアが回復の祈りを唱えるが、追いつかない。
エレナの体力はじわじわと削られていく。
「このままじゃ……!」
◆
俺はログを凝視し、状況を判断する。
エレナ:HP残量 32%
リサ:MP残量 21%
マリア:バフ数 2
モンスター側──ワーウルフ:HP 84%、攻撃速度上昇中。
「このままじゃエレナが潰される……」
俺は即座にトリガーを追加した。
---【Zavix設定トリガー】
if(monster.type==wolfman and agent.role==tank and agent.hp<0.4) then debuff.monster.atk=-20% and debuff.monster.def=-20% for 30s
---
実行した瞬間、ワーウルフの動きがわずかに鈍った。
振り下ろす爪の重みが軽くなり、エレナの盾が耐えられるようになる。
「……あれ? 今の、少し弱くなった?」
マリアが小声で呟く。
リサは気づかない。必死に魔法を放ち続けているからだ。
だが、マリアの直感は鋭い。
「気のせいかもしれないけど……」
それでも彼女はそれ以上口にしなかった。
エレナは息を荒げながら叫ぶ。
「今だ、畳みかけろ!」
リサが渾身の火球を放ち、マリアが攻撃力強化の祈りを重ねる。
弱体化したワーウルフは防御を崩され、ついに膝をついた。
「やった……!」
エレナが剣を振り下ろし、首筋に深い傷を刻む。
ワーウルフは断末魔を上げて倒れた。
---【Zavixログ】
[14:19] host.agent.mage[uuid:4b3de921] level.status=restored
---
「……レベルが、戻った?」
リサが驚きの声を上げた。
彼女のステータス表示が、以前の数値へと回復していたのだ。
マリアが安堵の息を吐き、エレナも力強くうなずく。
三人は互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
◆
俺はログを閉じ、深く息を吐いた。
「危なかったな……でも、これで少しは信用を取り戻せただろ」
セラフィーナの声が耳に届く。
「ええ。あなたの介入は目立たず、けれど確かに彼女たちを助けました。彼女たち自身の力と錯覚させる、それが一番自然です」
「まあな。直接助けたってバレたら、疑われるだけだし」
ギルドで証票を提出し、外に出て空を仰ぐと、夕陽が西の空を赤く染めていた。
今日の稼ぎは銅貨二十枚。
そのうち一枚で夕食を取り、八枚で宿に泊まる。
残りは明日への余裕となる。
「……少しずつだな。冒険者としても、管理者としても」
俺はポケットの中で銅貨を弄びながら、静かに歩き出した。
物語の歯車は、また少し進んでいた。




