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7話 用心棒

作戦室に戻ると、先程までの緊張が嘘のように解けていった。


「よし、方針は決まったな。僕らはウォルデン共和国から来た、歴史好きの三人組旅行者だ。帝国の古い街並みや文化を研究するために観光に来た、という設定でグレンツェンに入る。明日の朝、出発しよう」


「今回は平時より危険を伴う。単独での行動は避け、常に三人で行動だ。カイルの地図暗記はいつもより役立つかもしれないな」


「りょーかいです! 腕が鳴りますね!」


 エマが楽しそうに言う。彼女の明るさが、この重い任務の唯一の救いだ。


「へいへい」


 カイルのやる気のない返事とは裏腹に、その目は既に、帝国の地図に描かれた細かな等高線や街道の繋がりを、驚異的な速さで記憶し始めていた。


 僕らが変装用の服や偽造身分証の準備に取り掛かっていた、その時だった。


 作戦室のドアが、ノックもなしに勢いよく開かれた。


「――話は聞かせてもらったわ」


 そこに立っていたのは亜麻色のポニーテールを揺らし、腰に愛剣を提げた、凛とした姿。アルビオン王国軍剣術部隊、攻撃部隊ナンバーツー、リリィ・アークライト。


 そして、彼女の背後には、しなやかな体躯に鍛え上げられた鋼のような筋肉を宿した、見覚えのある女性が腕を組んで立っていた。


「リリィ!? どうしてここが……軍の機密事項のはずだ!」


「ゼノア先輩!?」


 僕とエマが驚きの声を上げる。


 ゼノア・グレイラート。リリィの師であり、王国最強の剣士と謳われる真紅の髪がトレードマークの剣術部隊のナンバーワン。その実力は一人で一個小隊に匹敵すると言われている。彼女の鋭い視線が、僕たちを射抜く。


「機密、ね。五つもの精鋭部隊が何の痕跡もなく消えたんだ。隠し通せると思ってる方がおめでたいよ」


 ゼノア先輩は、僕の動揺を一蹴するように冷たく言った。


「朝から基地全体の空気が死んでる。予定されてた合同演習は軒並み中止。諜報委員会の周りだけ警備が三倍。これだけ揃ってて、何も気づかないほど、この子も私も馬鹿じゃないんでね」


 リリィが、僕の目をまっすぐに見つめてくる。その瞳は真剣そのものだ。


「基地の様子がおかしくて、ずっと不安だった。そんな時に、アレンが会議室に呼ばれたって聞いて。胸騒ぎがして、ゼノア先輩に相談したの。そしたら……」


 ゼノア先輩が、リリィの言葉を引き継いだ。


「そしたら、私のところに諜報委員会の上層部から、ちょうど公式な打診が来ていたってわけさ」


「『諜報部隊の戦闘能力不足が露呈した可能性がある。剣術部隊員は単騎でも即戦力となる。今後の潜入任務に、剣術部隊から護衛を試験的に同行させたい』、とね」


「先行部隊が全滅した後の、極めて危険な任務。そして、同行するのが君たち若い部隊三〇九だということも知った。そこで、私が推薦しておいた。この子を」


 ゼノア先輩は、リリィの肩にポンと手を置いた。


「ナンバーツーの実力は伊達じゃない。そして何より、この子も君たちと同じ十七歳だ。適任じゃないか。いかにもな手練れを連れて行くより、『旅行仲間の一人』として、その若さと見た目が敵の警戒網を欺くのに役立つ、とな。議長も、私のこの提案を合理的だと判断したようだ」


 彼女は、懐から一枚の辞令を取り出して、机の上に置いた。


「リリィ・アークライトを、部隊三〇九の臨時護衛官として、今回の任務に同行させる。これは、軍の正式な決定だ」


 その辞令には軍事委員会議長ヴァンス・ダパーロ、そして諜報委員会議長グランス・ディライト、二名のサインがあった。もはや、覆しようのない決定事項だった。


「リリィ、本当にいいのか?」


 僕はリリィに尋ねた。確かにリリィの同行は心強い。昨日の剣術は以前に見た時よりも、明らかに上達していた。しかし、今回の任務は多少の命のリスクがある程度では済まされないだろう。幼馴染をそんな危険に晒すわけにはいかない。


「当然よ」


 リリィは意気揚々と言う。その瞳に迷いはなく、むしろ強い意志の光が宿っていた。


「何のために、ここまで剣術を磨いたと思ってるの?」


 ここまで、自信満々に言われたら拒むことはできない。


「……そうか。歓迎するよ」


 僕は、小さく息を吐いて、そう答えるしかなかった。


「よろしくお願いします、リリィちゃん! これで旅がもっと楽しくなりそうですね!」


「護衛官殿。よろしく頼む」


 エマとカイルも、彼女を仲間として受け入れた。


 ゼノア先輩が、僕の肩を軽く叩いた。その手は、華奢に見えて力強く、鋼のように重かった。


「この子の剣の腕は、私が保証する。足手まといにはならん。むしろ、君たちの命を、何度も救うことになるだろうさ。信じてやってくれ」


 リリィの剣術の凄さは知っている。そして、リリィもまた王国軍の一人だ。それでも、幼馴染を民間人としてではなく軍人として敵地に同行させるのはやはり気が引ける。歓迎すると言った手前、まだ顔に曇りがあったのを見透かされたのだろう。しかし、ゼノア先輩の屈託のないリリィへの信頼に、僕の心の曇りが少しだけ晴れた。


「頼んだよ、リリィ」


 僕は、彼女の目をまっすぐ見て言った。


「うん!」


 リリィは、力強く頷いた。その笑顔は、太陽のように眩しかった。


 僕らのチームに、予期せぬ、そして何よりも頼もしい用心棒が加わった。

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