第9話 Yuber Eats をよろしくお願いします!!
―2025 東京―
「うわっ、やっぱり本物だ……!
あの人、今週もランキング首位の“タケル”だぞ!」
「えっ……!?」
まよいが目を丸くして振り向く。
青年は、少し恥ずかしそうに笑って、頭をかいた。
「……あぁ、バレちゃったか。」
――タケル。
嵐の中で出会った、爽やかな好青年。
彼こそが、現代の配達員の頂点に君臨する人物だった。
――――――――――――――――
"タケル"の名を耳にした瞬間、まよいは固まった。
自分のすぐ横に立っている青年が、
ランキング首位のあの人―と気づいて、声が裏返る。
「ラ、ランキング…1位…!は、はじめまして!
私、辻川まよいです!えっと、配達員です。
さっきまで失礼な態度とってごめんなさい……!」
深々と頭を下げるまよい。雨に濡れた髪が顔に張りついているのも気にせず、必死に言葉を並べた。
そんな彼女の様子を、横で眺めていたナポレオンが、
腕を組んで一歩前へ出る。
『……ほう。貴様が我らの頂点か。』
その堂々たる声色に、まよいは青ざめた。
「ちょっとぉ!失礼な態度とらないでよ!
目つけられたら殺されちゃう………。ごめんなさい!」
慌ててナポレオンの口を両手で塞ぐが、
彼は眉一つ動かさずに視線を逸らした。
そんな二人を見て、タケルは小さく吹き出した。
雨の中でも、その笑みは不思議と爽やかだった。
「いやいや。そんな改まらないでいいから。
それに僕のこと、なんだと思ってるの。」
まよいは困惑しながらも、ぽつりと答える。
「えーっと…… 天下の大将軍様……?」
『うむ。相違ない。』
すかさずナポレオンが頷く。
「いや、そんなわけないでしょ!」
タケルは軽く手を振り、二人を交互に見て、大きく笑った。
「君たち、なんだか面白いコンビだね。」
激しい雨音の中でも、その声だけは温かく響いた。
まよいの胸の鼓動は、嵐のせいか、
それとも、彼の笑顔のせいか――少し早くなっていた。
――ザザーッ……ザザザッ!!
先程よりも激しい嵐の唸り声がビルの谷間にこだまする。
タケルは水滴を拭うようにヘルメットの庇を軽く叩き、
二人に視線を向けた。
「…この天気じゃ、まともに動ける配達員がほとんどいない。
一人で全部さばくのは危険だし……
よかったら、君たち、僕と一緒にやらないか?」
まよいは、一瞬ぽかんとした後、慌てて首を振る。
「…えっ!ラ、ランキング1位の人と共同配達!?
いやいや、私なんて足引っ張るだけですからっ!!」
『馬鹿を申すな。』
ナポレオンが腕を組み、雨の中で堂々と胸を張った。
『将が兵を導くように、強者は弱者を導く。
我ら三人で挑めば、嵐など、子どもの戯れに等しい。』
「いや、戯れではないです!めっちゃ嵐です!」
まよいが全力でツッコむが、タケルは爽やかに笑った。
「助かるよ。実は、この半径5km圏内に、
緊急案件が3件重なっててさ。
ひとりじゃ間に合わないかもしれないんだ。」
彼が、スマホの画面を見せると、
そこには〈豪雨のため緊急依頼〉の文字が映る。
「わっ……これ、全部……!
しかも全部、方向バラバラじゃない!」
『……ふむ。軍を分散させれば各個撃破される。
だが、我が知恵をもってすれば統一戦線を敷けるはず。』
タケルはその言葉に目を細め、にっこりと笑った。
「……面白いね。じゃあ、共同配達開始だ。」
――――――――――――――――
雨はさらに勢いを増し、三人の行く手を容赦なく阻んでいた。
道路のアスファルトは濁流の川へと姿を変え、
コンビニの袋や折れた傘が、次々と流されている。
―タケルがスマホを見ながら短く言う。
「まずは寿司の配達だよ。オフィス街、すぐ近くだ。」
だが、目の前の道路は冠水し、車も人も立ち往生している。
まよいは慌ててスマホを操作する。
「なんとか突っ切れば……いけるんじゃない!?」
『愚策だ。』
ナポレオンがすかさず言い切った。
『敵陣に正面から突撃するは敗北の定石。
側面から迂回せよ。』
「敵陣じゃなくて道路です!」
必死にツッコむまよいをよそに、タケルは苦笑しつつ頷いた。
「でも確かに……そこの裏道なら通れる。行こう。」
三人は冠水した泥水の中ではなく、建物の脇を即座に抜け、
無事に寿司を届けることに成功した。
「助かったよ、ありがとう!」
―笑顔で品物を受け取る会社員を見て、
まよいの胸には、ほんの少し熱が灯る。
…だが休む暇はない。
「さあ、次はカレーだよ。」
―タケルは、もう走り出していた。
だが住宅街への道は、倒れた看板や自転車で塞がれていた。
それを見て、まよいは立ち止まり、震え声を上げた。
「む、無理だよ!この先は、行けない……!」
『伏兵に囲まれたか……』
ナポレオンが、剣を抜くようにカッパの裾を翻す。
「伏兵じゃなくて看板だから!あー!もう、どうしよう!」
まよいは混乱のあまり、逆方向へ駆け出す。
その姿に、ナポレオンが慌てて声を上げた。
『まよい!一人で行くな!
この嵐の中を、独断専行するなど無謀だ!』
しかし、タケルは眉を上げ、ふと笑みを浮かべる、
「いや、待って。…彼女、なかなかの幸運の持ち主かも。」
『そちらこそ、待つのだ。
まよいが幸運だったことなど、一度もないぞ。』
ナポレオンが、真顔で断言する。
「じゃあ、今日は奇跡の日かもしれないね…。ほら。」
そう言って、タケルが指差す先には、
地図にも載っていないような細い道が続いていた――。
『…なるほど。我は少々、まよいを見くびっていたようだ。』
まよいが偶然のように見つけたその道は、
二件目の配達場所への最短ルートともいえる道だった。
「え、こっちが……当たりだったの?」
自分の偶然の“成果”に、
まよいはキョトンとした顔を浮かべている。
「……幸運の女神様が、導いたのかもしれないね。」
『方向音痴の女神も、たまには役に立つのか。』
「ちょっと!言い過ぎだから!」
―こうして、三人は住宅街を突破し、
無事にカレーを届けることに成功した。
玄関口に現れた子どもが飛び跳ね、母親が涙ぐむ。
「お姉ちゃんありがとう! わーい、カレーだ!!」
「こんなに酷い天気の中… 本当にありがとうございます。」
その光景を見て、タケルが自然と子どもの頭を撫でた。
その優しい仕草に、まよいの胸は、少しだけ熱くなる。
…だが、まだ最後の難関が待っていた。
都心に佇む高層マンション。
どうやら停電でエレベーターが動かないらしい。
「に、27階!?、む、無理――!」
タケルは迷わず荷物を背負い直し、きっぱり言った。
「大丈夫だ。ここは、僕が行ってくるよ。」
―だが、ナポレオンがタケルの腕を制した。
『待て。ここは、まよいが行け。』
「ええっ!?わ、私!?私なんかより、
絶対にタケルさんが行った方が――」
ナポレオンの急な言葉に、まよいは驚きの表情を見せる。
「その通りだ。こればかりは僕も反対させてもらう。
女の子に、こんな過酷な配達は、させられない。」
だが、ナポレオンは一歩も譲らない声で言い切った。
『今、最優先すべきは兵の命だ。
兵站をいかに早く届けるか。
………我は、まよいを信じる。』
―沈黙。タケルとまよいの視線が交わる。
「……もう!わかったよ!私が行くよ!
でも間に合わなくても、その時は許してね!」
まよいはバッグを置き、注文の品を抱えて一目散に駆け出した。
ダンダンダンッ!、ダンダンダンダンッ!!
―激しい雨音の中、階段を駆け上がる轟音が辺りに響く。
その様子を下から見ていた、タケルは驚愕した。
「な、なんだ……あの速さ…!! 彼女、一体……!」
『――すべて計算通りだ。
あれを初めて見たとき、我も衝撃を受けた。』
ナポレオンが誇らしげに笑う。
――やがて27階。
息切れしながら到達した27階の玄関先で、
家族が涙ぐみながら料理を受け取った。
「こんな嵐の日に……本当に、ありがとう。」
まよいはすでに満身創痍だったが、できる限りの笑顔で答えた。
「はぁはぁ… 今後とも…
今後とも、Yuber Eats をよろしくお願いします!!」
ピコンッ(アプリの通知音)
《配達完了(3件) ・ 緊急依頼達成》
――――――――――――――――
びしょ濡れの三人が、
高層マンションのエントランスに立っていた。
全員の息は荒く、靴の中まで水が染み込んでいる。
だが、達成感だけは胸に熱く残っていた。
タケルはヘルメットを外し、額の水滴をぬぐいながら口を開く。
「……やっぱりすごいね、君たち。
一人じゃ到底、間に合わなかった。
今日の成功は、君たちのおかげだよ。」
その言葉に、まよいは思わず頬を赤く染めた。
胸がドクンと跳ねる。嵐のせいだろうか、それとも……。
ナポレオンは腕を組み、短くうなずく。
『だが、戦いは、まだ始まったばかりだ。
今日の勝利を慢心するなよ、まよい。』
「……わ、分かってるってば!」
慌てて言い返すまよいだったが、その心は小さく弾んでいた。
――ピコンッ。
まよいのスマホが震え、画面に新しい通知が浮かぶ。
《今週のベスト配達員・結果更新》
辻川まよい:第8位
【告知】初回トップ10入りの配達員には、
後日インタビューの依頼が届きます。
――まよいは思わず、目を疑った。
「えっ……う、うそ……!?
私が、8位……? インタビューまで……?」
タケルが隣で驚き、そして優しく笑う。
「やっぱり君たちは、ただ者じゃなかったんだね。」
その隣では、ナポレオンが満足そうな表情を浮かべている。
『……ふむ。当然の結果だ。』
―過去最大級の嵐の日。
初めてランキングに名を刻んだ“方向音痴の配達員”まよい。
その姿を、ナポレオンとタケルは確かに目に焼きつけていた。
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お客様の声(NEW!!)
男性(30代・会社員)
「道路は川、靴下はびしょ濡れ。そんな中で、寿司が
“ほぼ時間どおり”に届いたの、今でも信じられません。
どうやら冠水を避けて裏道から来たって?さすがプロ。」
女性(30代)
「子どもが『カレーまだ?』と半泣きのときにピンポン。
びしょ濡れの3人が笑顔で現れて、配達員さんが息子の
頭をポン。涙腺ダム決壊。あの温かさは一生忘れません。」
女性(40代)
「エレベーター停止で絶望の27階。なのに“階段ダッシュ”
で、あっという間に到着。息を切らしながらドアの前で
『今後ともYuber Eatsをよろしくお願いします!』
と、最高の笑顔を届けてくれました。8位にランクイン?
むしろ、もっと上の順位じゃないの??って感じです。」
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