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第8話 嵐を切り裂く稲妻




―2025年 東京―





――ザーッ……ザーッ……。




荒れ狂う雨粒が、家々の窓ガラスを激しく叩きつけていた。

街灯の光は水のカーテンに遮られ、視界は白く霞む。


雨を切り裂くように、ひとりの青年が自転車を疾走させる。



「お待たせしました。ご注文の炒飯と唐揚げです。」



玄関の扉を開けた客に、濡れた髪を払いながらも笑顔を崩さない。


袋の中身は濡れ一つなく、温度も完璧に保たれていた。



「え、台風なのにもう来たの!?信じられない!」

「さすがだなあ、またお願いするよ!」



称賛の声を背に受け、青年は再びサドルを踏み込む。

雨で霞む街を前に、彼は独り呟いた。



「……嵐の日こそが、勝負だ。」



誰もが休むときに走れば、差はさらに開く。

それは、トップランカーとしての信念だった。






――――――――――――――――






―まよいの家―




「過去最大級の台風13号は現在、関東地方に接近中です。

 東京23区では、すでに一部地域で冠水が確認されており、

 外出は極めて危険です。お控えください。」



映像は切り替わり、インタビューを受ける人々の姿。



「食材も買いに行けなくて……。

 デリバリーも止まっちゃったら、何を食べればいいの」

(主婦・40代)



「いつも夜勤前はデリバリーで済ませてるんですけど、

 アプリ見ても、ほぼ誰も受けてないみたいで……。」

 (会社員・20代男性)




アナウンサーの声がかぶさる。


「このように、超大型の台風によって人々の生活は、

 大きな影響を受けています。専門家は、無理な外出を

 避ける一方で、地域への支援体制が必要だと指摘します。」




――ザーッ……ザーッ……。



テレビの音声に混じり、

窓ガラスを叩く雨音が部屋の中まで響いていた。



「……すごい風。」



まよいはソファに膝を抱え、ニュース映像を眺めていた。

先程のインタビューに映る街の人の言葉が胸に刺さる。



(そうだよね……。私も配達員だから分かる。

 こんな嵐の日に外へ出るなんて危険だって、

 でも……それでも、誰かが待ってるんだよね。)



視線を横に移すと、部屋の端でナポレオンが軍服姿のまま、

じっと窓の外を見据えていた。

稲光が空を裂き、彼の横顔を一瞬だけ照らす。



『……この嵐。だが、人々は糧を求めている。』



「……ナポレオン?」



ゆっくりとこちらに向き直った彼は、静かな声で言った。



『軍とは民のためにある。戦場が吹雪であろうと、

 砲弾の雨であろうと、兵を導くのが将の務めだ。

 ならば今こそ――戦場に出るべきであろう。』



まよいは思わず、唇を噛んだ。

怖い。危険だ。

だけど―背中を押されるように心が揺れる。



「……分かった。行こう。」



その瞬間、配達員アプリの通知音が鳴った。



〈豪雨のため緊急依頼・報酬増額中〉



スマホの画面に映る“特別報酬”の赤い文字。



まよいは、カッパを掴み、ヘルメットを被った。

窓の外では、依然として雨が地面を叩き続けている。



『―まよい。覚悟はできているか。』



「うん……!嵐の配達、行こう!」



二人は玄関を開けた。

強烈な風が吹き込み、雨粒が顔を打つ。

だが、その足はもう止まらなかった―




――――――――――――――――





――ゴオオオッ……!!





暴風で電柱がしなる。折れたビニール傘が道路に散乱し、

アスファルトを濁流が流れていく。



まよいは雨に打たれながら、必死にスマホを操作していた。



「えっと……次の交差点を左?いや、右……?

 いや、ぐるぐる回ってるぅ!」



画面の矢印は暴走するコンパスのように

狂った回転を繰り返し、方向はまるで分からない。




『待て、まよい。』



「え、なに?今それどころじゃないから!」




必死に画面を連打するまよい。その指は止まらない。




『―だから貴様はいつも迷うのだ。』



「な、なんでそんなに人を哀れむような目で!?」



ナポレオンは片手を差し伸べ、まよいのスマホを押さえた。



『よいか。兵を過度に縛れば、反逆を生む。

 兵に自由を与えれば、自ずと勝機を見出すものだ。』



「はぁ!?兵?いや、スマホの矢印だから!」



『試しに指を離してみよ。』



まよいがしぶしぶ指を画面から離すと―



狂った矢印がぴたりと止まり、

一つの方向を真っすぐ指し示した。




「………嘘でしょ。

 今までの”スマホ虐待”が、私の迷子の正体だったの…?」




『そうだ。我が兵も、かつては、その矢印のごとく

 右往左往しておった。だが放っておけば、

 彼らは、勝手に敵の背後へ回り込み勝利を掴んだのだ。』




「いや、どんな優秀部隊だよ!」




ツッコミを入れたその瞬間、突風が吹き荒れ、

スマホが手から舞い上がる。




「あああ!私のスマホーー!」




ナポレオンが咄嗟にキャッチ。




『兵站ならともかく、石板を飛ばすとは何事だ!』



「いや、料理の方が大事だから!」




さらに強風が二人を襲い、二人は必死に地面に踏ん張った。




「……全く、進めないじゃん!」



『兵も矢印も正しい方向を示している。

 目の前に立ちはだかる巨大な障壁…こんなときは…」




ナポレオンの言葉を聞いて、先程まで

曇っていたまよいの表情がパッと明るくなった。



「お、何かいいアイデアがあるの?さすがナポレオン!

 いつも困った時に頼りになるんだから。」



『こんなときは……』



「うんうん!」





『―強行突破だ。行くぞ。』




その瞬間、ナポレオンは身を投げて、駆け出した。

大粒の雨の銃弾が容赦なく、彼を撃ち抜く。




「結局、強行突破!?得意の軍略はどこいったの!

 ねぇ、まって!!、私を置いてかないでよ〜!」




暴風雨の中、まよいとナポレオンはびしょ濡れになりながら、

矢印が示す方向へと突き進んでいった――





――――――――――――――――





――ザーッ……ザザッ!!



街路樹がきしみ、ビルの谷間を暴風が唸りを上げて駆け抜ける。

そんな中、ひときわ目立つ人影があった。


ヘルメットの下から覗く瞳は真っすぐで、

自転車のタイヤは濁流のような水たまりを

ものともせず、あっという間に切り裂いていく。



「次の配達、3分遅れか……まだ取り返せる。」



彼は冷静にアプリを確認し、

濡れた髪を振り払うとさらにペダルを踏み込んだ。


暴風雨さえも「勝負の舞台」と言わんばかりの姿は、

嵐の中で光を放つ一筋の稲妻のようだった。




―その時、




「わあああああっ!!!」




突風に煽られたまよいが、倒れそうになりながら飛び出してきた。横からすっと伸びた両腕がそれを器用にキャッチした。



「大丈夫?怪我してない?」



振り向いたまよいの前に立っていたのは、

ずぶ濡れになりながら、爽やかに笑う青年だった。


ヘルメット越しに覗く目は優しく、

声には、不思議と安心感がある。



「え、あ、ありがとうございます!あの…どこかで……」



言葉を詰まらせるまよいの横で、

ナポレオンが、まじまじと青年を見つめた。



『……この立ち姿。嵐を恐れず、冷静沈着。

 まるで、歴戦の将軍のようだな。』




「いや、“将軍"とかじゃなくて。ただの配達員だよ。」




青年はナポレオンの服装に少し驚きながらも、

照れくさそうに笑って、肩のリュックを持ち直した。




「でも……すごいですね。こんな嵐の中で、

 まだ、一生懸命に配達してる人がいるなんて。

 もう私たちだけかと思ってました。」



まよいがポツリと呟くと、彼は軽く頷いた。




「待ってる人がいるからね。誰かが届けなきゃ、

 その人は、今もご飯が食べられない。

 ……僕は、そんな人達を助けたくてやってるんだ。」




その真っ直ぐな言葉に、まよいの胸が少しだけ熱くなる。

まるで彼の周りだけ、嵐の音が遠ざかったように感じた。




――と、そのとき。




横を通りかかった別の配達員が、驚いた声を上げた。




「うわっ、やっぱり本物だ……!

 あの人、今週もランキング首位の“タケル”だぞ!」





「えっ……!?」




まよいが目を丸くして振り向く。




青年は、少し恥ずかしそうに笑って、頭をかいた。



「……あぁ、バレちゃったか。」




――タケル。

嵐の中で出会った、爽やかな好青年。

彼こそが、現代の配達員の頂点に君臨する人物だった。








――次に続く。



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