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第4話 ピザ遠征



―北イタリア某所―  


煙の立ち込める戦場。剣を打ち合う音と銃声が飛び交う中、

フランス将軍"ナポレオン・ボナパルト"は険しい表情で陣頭に立っていた。


『進軍せよ!怯むな!!勝利は我らのものだ!』


兵士たちの声と足音が響き渡る。

昼間の戦場は、まさに地獄そのものであった。


しかし、


――夕刻。


プオーーーーンッ!! (大きいラッパの音)



「補給が届いたぞーー!!!」



次の瞬間、それまで死地を彷徨っていた兵士たちの顔に、

一瞬にして笑みが戻った。


誰もが硬いパンを両手で抱きしめるようにして受け取る。

干し肉を分け合い、噛みちぎりながら仲間の背中を叩き、

「やっぱ生きて帰ったらワインだな!」と大声で笑い合う。


中には涙を浮かべながら、

震える手でスープを口に運ぶ者さえいた。


泥にまみれ、血のにおいに慣れ切った顔が、

わずかな食事だけで瞬時に人間らしさを取り戻していく。



見晴らし台の上から

その光景を、ただ黙々と見つめる1人の男がいた。


『……兵站が届いたというだけで、

 なぜ、皆あんなにも変化するのか。

 兵站は、ただの補給にすぎぬはずなのに――』


彼の瞳には、兵たちの笑顔と炎の揺らめきが、

ひとつに溶け合って映っていた―


――――――――――――――――


―2025年 東京―


チュンッ、チュンッ(鳥のさえずり)


おはようございます。

私の名前は、"辻川まよい"です。

大学に通いながら、Yuber Eatsの配達員をやっています。


今は……多分朝の7時すぎくらいかな。

カーテンのすき間から差し込む光で目を覚ましました。

そんな、私の視界に、まず最初に飛び込んできたのは――


ぐぅぐぅ、とソファで豪快にいびきをかいて眠る、

あまりに妙な格好をした、この男。



そう!あの、超!有名人“ナポレオン・ボナパルト”!!




………………を名乗る人です。


いやいや、信じられないですよね?

私だって信じられません。

この部屋も、昨日までは可愛い女子大生の部屋だったのに、今はすっかり「皇帝専用ベッドルーム」に成り果てました。

てか、私のパンダのクッション枕の代わりにしないでよ。

どうか、お願い、夢なら早く覚めて………。



なぜこんなことになったのか?

それは、昨日のことに遡ります――



―――――――――――――――



― 牛丼チェーン店 『吉田屋』 ―


「ナポレオンって、どこから来たの?」


『愛するフランスだ。』


「まあ、そりゃそうか。じゃあ今は?」


『大西洋の中心――セントヘレナ島。

 我は、流刑の身ゆえ、そこに留め置かれていた。』


「えっと……そういう“設定”? っていうのかな…

もう私の前ではしなくて大丈夫だよ。(笑)

なんか、ちょっとよく分かんないときもあるし…。」


『………設定などではない。』


「えっ……」


『………………。』


「えっと、じゃあ、帰る場所がないってこと…?」

 もしかして、記憶喪失……とか…?」



箸を止めたまま、ナポレオンは重々しくうなずいた。


「………そ、そうなんだ…。」


『ふと、目が覚めたらこの見知らぬ土地にいた。

 昨日まで我は、確かにあの島にいたはずなのだ。』




まよいは視線を泳がせ、意を決して言った。


「じゃ、じゃあ……とりあえず今晩は、うちに来る…?」


その直後に慌てて手を振る。


「いやいやいや!やっぱ冗談だから!やっぱなし!」


『ふむ…これは冗談で済ませられる話ではないのだが…」

 その気遣いに、我は感謝するぞ、補給兵Bよ。』


「だから配達員だってば!

 てか、今"B"って言った?Aもいるの?」


少しムッとした顔で返すまよいをよそに、

ナポレオンは、丼に自分の顔を近づける―


熱気と甘辛い香りを吸い込み、まるで神聖な食事を前にした神官のように口を開いた。


『……牛丼。やはり、天の恵みである。

 これは兵の士気を一瞬で蘇らせる“黄金の兵站”だ。

 柔らかな肉と米の調和、玉ねぎの甘み……!

 口にする度に疲弊した心が満たされていく感覚。

 これを戦場に運べば、何百万の兵が癒されることだろう。

 ああ、これは、もはや料理にあらず――勝利の糧だ!』



「……いや、ただの牛丼だから!」


カウンターの上に響くのは、彼の真剣すぎる呟きと、

すっかり呆れ果ててしまった、まよいのタメ息だった。


「それで、どうするの? やっぱり、うちに来るの?」


『今日だけ、お願いしてもよいか。』


「はいはい。いいですよ。ナポレオンには、

 今日の配達、とっても助けられたもんね。」


『……感謝する。……マ……マヨ……イ。』

(しぶしぶ搾り出すように)


「え、なんでそんな嫌そうに名前言うの!?

 絶対、補給兵って言いたいの我慢してるよね!?」


――――――――――――――――


ってなわけで、今、私の家には"ナポレオン"がいます。

一体、この先どうなっちゃうんだろう。



ガタッ


『朝か。それにしてもまさか本当にこれが現実だとは。』


ソファから目を覚ましたナポレオンは

寝ぼけ眼のまま部屋の中を歩き回り始めた。


彼が最初に立ち止まったのは、スタンドミラーの前。


『……む? そこに立つのは誰だ?』


鏡を覗き込むナポレオン。


『……なんと。敵将が我を真似て立っている……!

 完璧な模倣だ。だが、その眼差し、

 決して退かぬ気迫……侮れん相手だ。かかってこい。』


「いや!ただの鏡だから!

 ほら、映ってるのはナポレオン自身!」


眉をひそめ、しばらく沈黙したのちに小さくうなずく。


『……なるほど。これで我が二人いるように見せられるか。

 兵数を偽装できる……ふむ、戦場で役立つかもしれん。』


次に、彼は冷蔵庫の前で立ち止まった。

扉を開けると冷気がふわっと広がる。


『……!なんという寒気……ロシアの冬を思い出す……。』


両腕を抱きながらその場に震えだす。


『あの遠征で、我が大軍を壊滅させた最大の敵……

それを従わせるとは、恐るべし……!』


「ただの冷蔵庫だから!食べ物を冷やす道具ね!」


『……食糧を常に凍らせて保存する……。

 なるほど、これがあれば兵は飢え知らずだ。面白い。』


「……はぁ。なんで朝からこんな色々濃いの……」


最後に、机の上で充電中のスマホを手に取ったナポレオン。画面が点灯すると、息をのむように凝視した。


『……昨日から気になっていたのだが……この黒き石板、

何者だ? 光を放ち、文字が浮かび上がるとは。』


「それはスマホ!遠くの人と電話で話せたり

 地図を見たりとか、色々できるの。」


まよいが地図アプリを開いて見せる。画面に現在地とルートが表示されると、ナポレオンの目が大きく見開かれた。


『……地形図……!しかも即座に位置まで示すだと!?

 これを持てば、いかなる戦場でも迷うことはない……。

 迷う者など、存在するはずが――』


「…………」


『……もしこれで道を誤る者がいるならば、そやつは方向感覚を完全に失った愚か者。そんな人間、存在せんだろう。』


「………マヨイは9999のダメージを受けた。

 戦闘不能……よって勝者、ナポレオン……。」


『ん?どうした、まよい。さっきから様子が……。』


「うぅ……ナポレオンのバカ……。」(涙目)



ピコンッ(アプリの通知音)


「あっ!今日の注文来たよ!」


注文の内容を読むまよい。


「今日は……ピザの配達だって。〇〇町の一軒家にお届け

都会の一軒屋って全部同じに見えるから難しいんだよね。」



ガタッ!


『ピザ……だと…!?』


ナポレオンが勢いよく立ち上がり、拳を握りしめる。


『イタリア遠征において、幾度となく兵を奮い立たせた、

 あの円盤料理"ピザ"か。焼き立ての香ばしさは兵の心を

 突き動かし、彼らの士気を天まで高めた――。

 まさかここでも"士気の兵站"が受け継がれているのか。』


「……だからただのピザだってば!」


「まあ……でも確かに、なぜかみんなピザ食べると

 テンション上がっちゃうのは分かる気がする…」


まよいは苦笑しつつバッグを肩に掛けた。


「よし、じゃあ行こう。お店にピックアップしにね」


『承知した。この“ピザ遠征”

 ――必ずや勝利してみせる!』


「ピ、ピザ遠征…?」


――――――――――――――――


ウィーーンッ (自動ドアが開く音)


「いらっしゃいませ! "ピザキャップ" へようこそ。」


「Yuber Eats です。注文の品を受け取りに来ました。」


「ありがとうございます。注文番号を教えてください。」


「えっと、1111 です。」


「はい、お待ちしてました!こちらご注文の――

《ハッピークリスピークラフト・ダブルチーズと燻製ベーコンとやわらかチキンとほんのり甘いグリルオニオンの贅沢ミックスピザ〜シェフ特製トマトソースとバジルの香り仕立て〜》になります!」


「ながっ!一息で言えたのすごいですね。」


『ふむ……。名前が長い兵士は往々にして強者だった。

 きっと、この《ハッピークリスピークラフト・ダブルチーズと燻製ベーコンとやわらかチキンとほんのり甘いグリルオニオンの贅沢ミックスピザ〜シェフ特製トマトソースとバジルの香り仕立て〜》も、ただのピザというわけではないのだろう……。


「うそ!一回で覚えたの!?」


「そうなんです!さすがお客様!この《ハッピークリスピー クラフト・ダブルチーズと燻製ベーコンとやわらかチキンとほんのり甘いグリルオニオンの贅沢ミックスピザ〜シェフ特製トマトソースとバジルの香り仕立て〜》は、当店の看板メニューでございます!!」


『やはりな。この《ハッピークリスピークラフト・ダブル

チーズと燻製ベーコンとやわらかチキンとほんのり甘い

グリルオニオンの贅沢ミックスピザ〜シェフ特製トマトソースとバジルの香り仕立て〜》は、ただ者ではなかったか。』


「いや、もう頭おかしくなるから…」


ナポレオンは両腕でピザの箱を抱え、神妙な顔でうなずく。


『熱き円盤よ―。

 貴様は、士気を高める新しき兵站となるのだな。』


「だからただのピザだってば!」


――――――――――――――――


―〇〇町・住宅街に向かう途中―


「えっと、この道をまっすぐ……のはずなんだけど―」


「あぁ、ダメだ。またこの道に着いちゃったよ。

 今日は、絶対に時間通り配達したいのに……!!」


まよいは唇を噛み、スマホを握る手をぎゅっと強める。


『貸せ。』


突然、ナポレオンが手を差し出した。


「えっ? ナポレオンにスマホが分かるわけ――」


彼は画面を睨みつけ、指先でぎこちなく操作し始める。


『……うむ、この矢印が我らを示しているのだな? 

ならば、この青い線に沿って進軍すれば目的地に至る……!』


「すごい!もう分かったの!ナポレオンって頭いいのね。」


『兵站図と同じ理屈だ。補給の道筋を示す線にすぎん。かつて欧州全土の補給路を掌握した我だぞ。これを読み解くことなど造作もない。』


実際、ナポレオンの導き通りに進むと、地図アプリの矢印はきれいにルート上を進んでいく。


「すご……!いつも迷うこの住宅街で、今日は全然迷ってない……これなら、配達時間に間に合いそう…」


『勝利の鍵は、兵を迷わせぬことだ。兵站は血脈、道は命。迷えば即、敗北だ。』


ナポレオンはスマホを高々と掲げる。


『この“兵站石板”を制した我に、もはや死角などない!』


「私のスマホに変な名前つけないで!」




次の瞬間――



ガヤガヤガヤッ!(工事現場の音)


道は大きな工事で封鎖されていた。カラーコーンと重機が

ずらりと並び、正面の道は完全に通れなくなっている。


「えぇ!?地図アプリには“直進”って出てるのに!」


まよいが顔を青ざめさせる。


『……ふむ。兵站図は万能ではない。戦場も常に変化する。地図にない障害を目の当たりにしたときこそ、軍師の腕が最も試される場面だ。』


ナポレオンは周囲を深く観察した。

家々の並び、道路の傾き、風に運ばれてくる人々の話し声。

その全てを瞬時に結びつけ、指先をある細い路地へ向ける。


『まよい。あの路地だ。正面の道より遠回りだが、

 敵の虚を突くことのできる小道に見える。』


だが、それは地図アプリには表示されていない道だった。


「え、これってほんとに通れるのかな……?」


『敵が正面を固めれば、迂回して背後を突く。

 それが、戦の鉄則だ。我を信じよ、まよい。』


半信半疑のまよいだったが、ナポレオンに導かれるまま進んでいく。すると――


『……見よ。一本道で正面に抜け道が現れた。これなら時間を失わずに済む。』


「すごい……私だったら絶対にここで迷ってた……」


ナポレオンは、わずかに口元をほころばせ、胸を張った。


『これは戦場と同じこと。補給路を守るためには、常に予期せぬ障害に備えねばならん。今日の“ピザ遠征”――もはや勝利は目前だ。』




やがて、白い壁とありふれたポストを備えた一軒家が見えてきた。どの家とも見分けがつかないその玄関先から

――小さな子どもの笑い声が聞こえてきた。



――――――――――――――――



― 〇〇町・一軒家 ―



「ここだ……!ナポレオンのおかげで、配達予定時間より

 少し早く着けたよ!」


まよいは息を弾ませながら、インターホンを押した。


ピンポーンッ(チャイムの音)


ガチャッ!


勢いよく玄関の扉が開き、幼稚園くらいの小さな子どもが飛び出してきた。


「わーい!ピザだーーっ!!」


無邪気に跳ねるその姿に、思わずまよいが笑みをこぼす。


母親も後ろから顔を出し、驚いたように時計を見て声を上げる。


「あら……予定よりちょっと早いじゃない!こんなに

 早く届けてもらえるなんて助かるわ。ありがとう。」


「えっ、ほ、ほんとですか!?」


母親が深々と頭を下げ、子どもはピザの箱を抱きしめるようにして大はしゃぎしている。その光景を前に、まよいの胸には、これまでの配達では感じられなかった温かさが舞い込んで来た。




『……戦場で兵が笑うときは、

 いつも補給を受けて腹を満たした時だった――』


ナポレオンは、家族の笑顔をじっと見つめながら低く呟いた。

その視線の先に重なって見えていたのは、遠い戦場の記憶。


硬いパンを抱えて歓声を上げた兵士。

干し肉を噛みながら肩を組み、涙を浮かべてスープをすすった兵士。あの時と同じように――


届けられた食事が誰かを笑顔にする瞬間。


「では失礼します!ありがとうございました!

 今後ともYuber Eats をよろしくお願いします。」


まよいがバッグを背に、子どもに手を振っている横で、

ナポレオンは、わずかに口元をほころばせた。


戦場で幾度も見てきた兵士の笑みと、目の前の小さな家庭の笑顔が重なり合い、彼の胸の内を穏やかな火が灯していた。



――――――――――――――――



―配達の帰り道―



「ねえ、ナポレオン。」


『なんだ。』


「今日も、助けられちゃったね。ありがとう」


『……礼には及ばぬ。我も実に良い機会を得た。』


「私ね、今日、初めてちゃんと時間通りに配達できたの。」


少し照れくさそうに笑うまよいに、

ナポレオンは静かに言葉を返す。


『補給はただ腹を満たすだけではない。心も満たすものだ。

 ――今日、お前が届けたのは、まさにそれだ。』



「……うん、そうだといいな。」


まよいは小さく息を吐き、ほんのり赤くなった頬を夕日に染めた。




食事が届くことで生まれる笑顔。

それは戦場も、平和な家庭も、何も変わらない――





「そうだ。このあと、私たちも"ピザ" 食べに行かない?」


『我は、牛丼しか食わぬ。』


「えっ、また牛丼………」





―――――――――――――――



お客様の声(NEW!!)



女性(30代)

「息子が“どうしても今日はピザ!"と駄々をこねるので

仕方なく注文したところ、あっという間に到着。

おかげさまでピザも熱々でとっても美味しかったです!

息子の機嫌もすっかり戻って、大はしゃぎでした。

それにしても、あの外国人さんがピザを持ってきてくださったのは、本場イタリアの雰囲気を演出するための工夫なんでしょうか?最近の配達って、サービスも凝ってるんですねぇ。」




――――――――――――――――









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― 新着の感想 ―
Xからきました。 ナポレオン無敵すぎる!!! ブックマークして、読ませていただきます!
僕も外国人だけどピザ配達したら同じようによろこんでくれるのかな?
笑顔のところ伏線よかった!です!
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