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第3話 勝つのは常に高地を制した者だ。



ザザァーーッ、ザザァーーッ(波の流れる音)


―セントヘレナ島―


ここはヨーロッパから約3000km離れた絶海の孤島。

ワーテルローの戦いに敗北した、ナポレオン・ボナパルトは

家族及び、召使数人と共に、この島に流刑となった。


「 あっ、あんなところにいらっしゃった。

 ナポレオン様! 夕食の準備が整いましたぞ。」


遠い目で海を見つめるナポレオン―


『……。なぁ、爺よ。』


「は、はい。」


『主にはこの波の音がどう聞こえる。』


「は、はぁ、そうですねぇ……」


『我には、聞こえる。我の愛したフランスの悲痛な叫び…

 そして、悲しみ。我はもう何をすることもできぬ。』


「……………。」


『暫くしたら戻る。今はまだ、このフランスの声に

 耳を傾けてやりたい。』


「承知しました。では、私は先に戻ります。」


年寄りの召使は、その場を立ち去る間際に不思議な光景を

目撃した――


「あれ….今、奇妙な光がナポレオン様の全身を

 照らしたような……… まぁ、気のせいだろう……」



――――――――――――――――





―2025年 東京―


「もしもし!もしもし!大丈夫ですか!

 聞こえてたら返事をしてください!聞こえますか!」


『うぅ……、飯だ…。食べるものを分けてくれ…

このままでは……… 飢え死んで……しま……ぅ……』


「食べ物ですね!私、ちょうどたくさん持ってるんです!」


まよいは、自分の配達バッグの中から顧客に受取拒否された牛丼を1つ取り出し、倒れている男に食べさせた。


(本当は廃棄処理しなきゃいけないものなんだけど……

 今は一刻を争うから…仕方ないよね。)


『うぅ……ううっ……!!(むせる音)』


「だ、大丈夫ですか!? もしかしてお腹壊しちゃった!?

 しまった……!今日暑かったから…

 バッグの中で痛んでたかも……!」


(慌ててスマホを取り出す)

「そうだ、救急車! えっと、119、119……!」


プルルルル……


「119番です。火事ですか、救急ですか?」


「あっ、救急です!

 今、外国人の男性が目の前で倒れて……!」


『うぅ……ううっ……!! ……美味いッ! 

 この豊かなる味わい、まさしく天の恵み……!』


「えっ!? ぎゅ、牛丼だけど、 しかも廃棄寸前の……」


(通話口から)

「もしもし? 牛丼…?? 

 どうかされましたか? 現在地を……」


「あっ……すみません! なんか元気そうです!

 もう大丈夫です!」


(ガチャッ)




『この兵站を我に与えたのは貴様か。』


「へ、へいたん……? はい。多分…私です……。」


『礼を言う。兵站なき軍は飢えて死ぬのみ…

 まさに貴様は我が軍を救った補給線よ。』


「……。えっと…今日はコスプレの帰りか何かですか?」


『コスプレ。それははじめて耳にする名だ。

 スイーツか?どんな甘味なる味か、実に興味深い。

 補給兵よ。次は"コスプレ"を配給せよ。』


「いや、"コスプレ"はスイーツじゃなくて、てか、そもそも 私、兵じゃなくて配達やってるだけで……」


『……配達?』


(スマホのアプリを見せる)

「ほら、このアプリで注文が入ると、料理をお店から運ぶんです。今日も、もうすぐ次の依頼が来るはずで――」



ピコンッ!(アプリ通知音)



『……来たのか! 新たな作戦命令が。』


「いや、作戦命令じゃなくて、ただの注文です!」


(アプリ画面を見せる)

「えっと、この近くのお店から料理を受け取って、

 〇〇町にある白色のマンションに届けてほしいって」


『なるほど。 では、命を救って貰った礼だ。

 我も共にその補給の任務を全うしよう。』


「はいはい。じゃあ一緒に行きましょう。

 ただし走らなくていいですからね? 

 あと勝手に1人でどっか行ったりしないこと。」


『承知。我が軍も規律なくして、勝利はなかった!』


――――――――――――――――




ウィーーンッ (自動ドアが開く音)



「いらっしゃいませ! "室町パスタ" へようこそ。」


「Yuber Eats です。注文の品を受け取りに来ました。」


「ありがとうございます。注文番号を教えてください。」


「えっと、7117 です。」


「はい。お待たせしました。こちらご注文いただきました

 "足利カルボナーラ"と"海老と応仁のクリームパスタ"

 になります。」


「……え? あっ、はい!ありがとうございます!」


『……うむ。……熱がまだ残っている。

 輸送には十分耐えられるだろう』


「……え?」


「やめてよ。あ、すみません!

 この人ちょっと変なんです!」


『糧食は確かに受領した。

 ……補給線を絶やすことは許されぬ。急ぐぞ』


「あ…はい…。」(なに…この謎の迫力…。)




ピコンッ!(アプリ通知音)



―配達完了予想時刻まで残り10分―



――――――――――――――――




店を出てから、2人は歩いて商品を配達に向かっている。


『補給兵よ、目的地までは残りどれくらいだ。』


「えーと、地図アプリによると約300m先くらいかなぁ

 ゆっくり歩いても、5分くらいで着くと思うんだけど…。 あと、補給兵じゃなくて配達員ね。」


『補給兵よ。先程から妙に気にかかることがあるのだが。

 言ってもよいか。』


「??」

(少し困ったような表情でスマホの画面を見続けている)


『この道を通るのは、もう"3回目"ではないか?』


「……え? そ、そんなことあるはず……」

(スマホをじっと見つめて、早足で進む)


―数分後―


『……。先程も、この広場を通ったはずだが。』


「え!? あれ? …あっ!ほんとだ、また戻ってきてる! なんで!?私、ずっと地図見ながら歩いてたのに!」




ピコンッ (アプリの通知音)



―配達完了予想時刻まで残り5分―




まよいは、焦りながらも再び地図アプリをみて確認した。



「だ、大丈夫!今度こそ合ってるはず!

 ほ、ほら、次の角を曲がれば……」


そのとき、目の前に現れたのは、見覚えのある看板だった―



 “室町パスタ”



「えっ…。なんで…。」


『出発点に謎の帰還。軍においては敗北を意味する。』


「なんで!?なんで、室町パスタに戻ってきてるの!?

 私、ちゃんと前に進んでたのに!」



ウィーーンッ (自動ドアが開く音)


「あれ?先ほどのYuberさん?追加の注文ですか?」


「ち、違いますーーー!!!」



まよいは、顔を真っ赤にしてその場を一目散に駆け出した。


『……軍が行軍中に幾度も迷えば、敗北は必至だ。

 もはや、兵は飢え、士気は地の底へ落ちる』


「ちょ、ちょっとやめて!縁起でもないこと言わないで!」




ピコンッ(アプリの通知音)


―配達完了予想時刻まで残り3分―




「ど、どうしよう……!もう絶対間に合わない……!」




『……視界が狭すぎるのだ。

 足元ばかり見ていては、勝利はない。 

 "勝つのは常に高地を制した者“ だ。』



そう呟いた途端、付近のマンションの階段を登り始めた―



「えっ!?ちょっと待って、どこいくの!!

 そんなところ勝手に上がっていいの!?」


―屋上。夕陽に照らされる東京の街―


「ぜぇぜぇ…はぁ…はあ…… なんでいきなり……こんな…

マンションの屋上なんかに… はぁ…(息が切れる音)」


『見よ。あの白き建物こそが目的の屋敷だ。

 補給線は、ここからならば、一目瞭然だ。』


「…ほんとだ。アプリ見ても全然分からなかったのに……」


『では、行くぞ。兵を飢えさせてはならぬ。』


「……はい!」




ピコンッ(アプリの通知音)



―配達完了予想時刻まで残り1分―



――――――――――――――――



ピンポーンッ(チャイムの鳴る音)



「はぁ…はぁ…お待たせしましたー!Yuber Eatsです。」



ガチャッ(ドアの開く音)



「…………。ああ、やっと来たか。

 予定より、"5分"遅かったな。

 まあ、受け取るけど、次は、ちゃんとしてくれよ。」


「遅れてしまい、申し訳ございませんでした。

 今後ともYuber Eats をよろしくお願い致します。」


「まあ……いいよ。ご苦労さん。ありがとね。」



ガチャッ!(苦笑いしながら急いでドアを閉める)




ピコンッ(アプリの通知音)


―配達完了―

【遅延時間:5分】


――――――――――――――――




「……また遅れちゃった。

 でも、いつもよりは早く届けられたかな…。

 "ありがとう"って言われたのも、はじめてかも。」


『これは敗北ではない。糧食は届けられた。

 だが次は、必ず勝利する。』


「えっと…。今日は、一緒に配達してくれて

ありがとう……ございました。あなたが居なかったら、

またいつもみたいに遅れて、すごく怒られてしまうところ

だったから。」


『礼には及ばぬ。我は、この命を救ってもらった』


―沈黙が数秒。まよい、少し照れくさそうに笑う。


「……あ、そうだ。まだちゃんと自己紹介してなかったね」


「私の名前は、"辻川まよい"です。

 大学1年生で、バイトは、Yuber Eats。

 でも……見ての通りの、超・方向音痴の配達員です。」


『………。我が名は、"ナポレオン・ボナパルト"

 かつて、フランス最強の皇帝と呼ばれ、幾多の戦場を駆け抜けた男だ。』


「……はいはい、そういう設定ってやつね。…それで?

 本当の名前は?」


『……否。我が名は本物だ。』


「………。ははっ…。(苦笑)」


「じゃあ、"ナポレオン"って呼ぶね。」


『呼び捨てとは。何たる無礼…!

 まあ、貴様には借りがある。……好きにせよ。』


「ふふふ、そういえば、配達に夢中になってて

 まだご飯食べてないんだった。あなたも一緒にどう?」


『兵士は胃袋で行進する。我も共に行こう。』


「何それ。なんだか本物の"ナポレオン"みたい。

 まあ、いいや、食べたいものとかってある?」


『補給兵。我は、あの"天の恵み"をもう一度、所望する。」


「配達員ね。もう自己紹介したんだから名前で呼んでよ。

分かったよ、"牛丼"ね。天の恵みって大袈裟すぎない?」


『あれは、"牛丼" というのか。

 あの味、とても気に入ったぞ。』


「じゃあ、行きましょう。」







こうして出会った、

世界を震わせた戦争の天才と、

左右も分からない方向音痴の天才。

2人の奇妙な補給線は、今、東京を舞台に走り出す―



――――――――――――――――



お客様の声 (NEW!!)


男性(30代)

「みんな、1時間も待たされたとか色々書いてるけど、

 俺はそんなことなかったなぁ。せいぜい待っても、

 5分くらいだったと思うけど…。そんなことより…

後ろにいた外国人のコスプレ男が気になりすぎた。

 なぜ、誰もあの男のことを書いてないんだ………」




――――――――――――――――





 

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― 新着の感想 ―
ナポレオンって馬に乗ってるから足はあんまり速くない、、?
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