第2話 私の名前は、"辻川まよい"です。
(テレビからニュースの流れる音)
「続いての話題です。東京23区の人口密度が10000人を超えました。この数値は、史上初であり、専門家の分析によると今後も人口密度は上昇を続ける見通しです。
―2025年 東京 ―
地方の過疎化と都市部の過密化によって、東京という街は、
人という人で溢れ返っていた。
このような状況下で、人々を最も悩ませていたのは
"飲食店で食事ができない"ということであった。
どこの飲食店に行っても、常に満席。
1時間以上の待ち列が開店から閉店までできるのは、東京の人々にとってはもはや、日常茶飯事のことであった。
そこで日本政府が目をつけたのが――
"フードデリバリー業界"である。
政府はフードデリバリー業界に対して、巨額の支援金を投入し、これによって飲食店で食事をするよりもフードデリバリーを注文した方が、圧倒的に早く、そして飲食店と何ら変わらない品質の食事を人々は自宅で楽しめるようになったのだ。
フードデリバリー業界は、今かつてないほどの盛り上がりを見せている。その賃金の高さ、待遇の良さから配達員の希望者は、後をたたない。
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ピンポーンッ(玄関のチャイムがなる音)
「はぁ〜い、どちら様〜?」
「すみません、Yuber Eats で〜す。
ご注文の料理を届けに参りました。」
「えぇ〜、もうこんなに早く到着したの?
すごいわねぇ〜、ありがとう。
暑いからお兄さん、熱中症に気をつけて頑張ってね」
「お気遣いありがとうございます。
今後とも Yuber Eats をよろしくお願いします。」
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―渋谷のスクランブル交差点、大液晶ビジョン前―
ざわざわざわざわ(人々の雑踏)
「皆さま!お待たせしました!!今週もやってきました
ベスト配達員 発表の時間です!
このベスト配達員とは、配達員の能力・売上・口コミなどを
総合的に評価し、ランキング形式にするというものです。
なお、第1〜3位に選ばれた方には、政府より特別手当が支給されますので、後日区役所にて、本人確認とともに、申請をしてくださいね!それでは、早速発表いたします!
第1位 タケル(Yuber Eats 所属)
第2位 ハルカ(出前のYAKATA 所属)
第3位 リョウタ (Food KOARAコアラ 所属)
選ばれた皆様、おめでとうございます!!!
なお、第1位の、タケルさんは、これで7週連続の首位キープとなります!今後も更なる活躍をご期待します!
では、本日の放送はこれで終わります。
では、ご覧の皆様また来週お会いしましょう!」
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―東京都内、あるマンションの玄関先―
「遅い!!!!遅すぎる!!一体いくら待たせるつもりだ!
注文してからもう1時間だぞ!これなら普通に飯屋に行った方がよかったじゃないか!!!ったく、これだから
フードデリバリーなんて注文してみるもんじゃないな」
「も、もも、申し訳ございません!!、ここに来るときに
道に迷ってしまったので大変遅くなってしまいました!」
「迷うも何もあるもんか!ここは大通り沿いだぞ!おまけに
マンションの名前もこんなにドデカく書いてあるのに!
どうせ、どこかでサボってたんだろ!ったく!最近の若い子は!」
「も、も、申し訳ございません………
あの、こちら……. ご注文の商品になります………」
すっかり冷め切ってしまった料理が渡される。
「おい、すっかり冷たくなってるじゃないか。こんなもん食べれるか!クソッ、あとで絶対に口コミに書いてやるからな!覚えとけ!(代金を床に投げつける)」
「も、申し訳ございません。以後、気を付けます。
こ、今後とも….Yuber Eats をよろしくお願い致します…」
「2度と御免だよ!!」
バンッ!(激しくドアを閉める音)
「うぅ…….。また失敗しちゃったよ……
どうして、私ってこんなにダメなんだろう。
このバイト向いてないかなぁ………。
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私の名前は、「辻川 まよい」 です。
今年の4月に地方から、大学進学のため
この東京の街に引っ越して来ました。
東京に来て、1番驚いたことは、何といっても人の多さです。電車やバスはどこも満員、おまけに飲食店もいつも満席といった具合です…。私たち大学生は、どこに行っても、友人と一緒に食事を楽しむことができませんでした。
そんなときに、ふと転機が訪れます―
「ねえねぇ、まよい、私。今日あそこの駅前のオムライス食べたいんだけど、一緒にどう?」
彼女の名前は、有原かすみ。大学生になって初めてできた私の唯一の親友です。かすみは大学でも目立つくらいの圧倒的美人で、噂では大学内に非公式のファンクラブがあるだとか、ないだとか………。
「え、全然いいよ!私も食べたい!
でもあそこの店って、すごくいつも混んでるよねっ。
1時間も待てるか不安だなぁ」
「たしかに….1時間も待ってまで食べたいかと言われたら
そこまでじゃないしなぁ、でも今日もレトルト食べるのは絶対に嫌なの」
「だよね、 何かいい方法ないかなぁ……」
「そうだ、まよい。これ、知ってる?このアプリ!
" Yuber Eats " って言うんだけど、最近政府が
多額の支援をしたおかげで、超流行ってるらしいよ(笑) 」
「聞いたことあるよ!フードデリバリーってやつでしょ
でも、私は使ってみたことないなぁ。注文したら料理は
来るけど、全然知らない人が家まで持って来てくれるって
いうのがちょっと怖くて………」
「そうなのよねぇ、私も使ってみたことないんだ!
あっ、そうだ!よかったら、一緒に注文してみない?、何かあっても2人なら大丈夫だと思うし。」
「うん、分かった!提案してくれてありがとう。
オムライス、ちゃんと来るかなあ、楽しみ(笑)
まあ、失敗しても一つの経験にはなるよね!」
「じゃあ、そーいうことで!大学の講義が終わったら、まよいの家に行くね!!じゃっ」
「はーい!」
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―その日の放課後、まよいの家―
「どう?注文できそう?」
「あと少しかな!ここにクレジットの情報を入力して……
あとは、"注文確定" っと。
よし、これで注文出来たみたい!どんくらいで来るかな」
〜10分後〜
「ピンポーンッ」(玄関のチャイムが鳴る音)
「あ、来たかな!はーい!今開けまーす」
玄関のドアを開けると、そこには美しい顔立ちの青年が立っていた。
「お待たせしました。"Yuber Eats" です。
ご注文の料理をお届けに参りました。
極上ふわとろオムライス、2点でお間違えないですか?」
「はい、あってます。ありがとうございます。
こんなに早く到着するもんなんですね、、、!
初めて注文したので、びっくりしちゃいました……」
「ははっ。いやいや、全然そんなことないですよ(笑)
では、次の配達があるので、失礼いたします。
今後とも、Yuber Eats をよろしくお願い致します。」
ガチャッ(玄関のドアが閉まる音)
「…………ねぇ、かすみ。」
「な、なに……?」
「私が今、考えてること、分かる……?」
「分かる….よ。多分私も同じこと思ってる…(笑)」
「じゃあ、せーのでいおうよ。(笑)
いくよ…. せーのっ!」
「「超イケメン!!!(笑)(笑)」」
「ほらね、(笑) 分かるって言ったでしょ!」
「さすが、私の友達!(笑) さぁ、イケメンが運んだ
オムライスが冷めちゃう前に食べちゃお♪」
「いただきま〜す、えっ!こんなに美味しいの?
しかも、こんなに出来立ての状態だなんて信じられない」
「ほんとに。(笑) フードデリバリーってこんなにすごいんだね〜、もうレストラン並ばなくてもいいじゃん(笑)
また、注文しよ〜!」
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それが、私とフードデリバリーとのデリバリー出会いでした
飲食店と変わらない値段と品質で、
なおかつ迅速に料理を届けてくれるフードデリバリーという仕事―
それは、人々に笑顔を届ける仕事であり、
私もフードデリバリーをしてみたい―
"人々に笑顔を届けたい"
そう思うようになりました。
その後、Yuber Eats の面接を受けて、無事合格し、
晴れて、この夏から配達員になることができました。
しかし、この時の私は、自分には最大の欠点があるということをすっかり忘れていたのです。
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私 「辻川まよい」は、東京から遠く離れた、小さな町に生まれ、2人の心優しい両親に大切に育てられました。
(まよいの幼い頃の記憶)
「まよい、パパとかけっこしようか!
あの砂場の上まで競争だよ!」
「うん、わかったよ!パパ!」
「よし、じゃあ、いくよ。スタート!」
しかし、幼いまよいは、この掛け声と同時に真逆に走り出した。
「まよいーーー!!どこに行くんだーーー!!
そっちは真逆だよー!!!!」
(まよいの小学生の頃の記憶)
公園ではしゃぐ子どもたち
「そーだ!いまからみんなでかくれんぼしない?
じゃあ、最初の鬼はマヨイちゃんね!30秒経ったら
"もう、いーかい!"って私たちにきいてね!」
「うん、分かったよー!」
「じゃあ、私たちは隠れるからもう行くね!」
〜30秒後〜
「もう、いーかい!」
「「「もう、いーよー!」」」
〜10分後〜
「あれ、まよいちゃん、まだ誰も見つけてないみたい」
「みんな、かくれるの上手ねぇ」
〜1時間後〜
「え、まよいちゃんが公園のどこにもいない!?」
「とりあえず、僕のパパとママを呼んでくるよ!」
この1時間後、警察も協力し、街全体で、
私の大捜索が行われたそうです。
私が、発見されたのは、かくれんぼのスタートから
6時間後のすっかり辺りが暗くなった頃でした。
「まよい!どこ行ってたの!!本当になにかあったのかと
ママどれだけ心配したことか!」
「ごめん、ママ…。かくれんぼでみんなを探してたら知らないところに来ちゃって……みんなを探してたらどんどん知らないところに行っちゃったの……怖かったよぅ」
「まよい、よーく聞いてね。
もう1人で出かけるのは、禁止にします。」
(まよいの高校生の記憶)
とある高校の陸上部
「はーい、じゃあ、今日はまず外周から行くぞー、
学校の周りを5周して戻ってこいー」
「「「「はーーい」」」」
〜30分後〜
「よーし、全員もどってきたかー?
じゃあ、次のメニュー伝えるぞー」
「先生、辻川さんがいません。」
「なんだと?まあ、もう少し待ってみるか。」
〜さらに数十分後〜
「すみませーーん!!!おそくなりましたぁ!!、ぜぇぜえ、」(激しく息を切らすまよい)
「おい、辻川!お前どこ行ってた!まさかサボってたんじゃないだろな?俺は学校の周りを5周してこいと言ったはずだが。」
「す、すみません!そ、それが!!気づいたらみんながいなくなっていて、はぐれちゃったんです、ぜぇ、ぜぇ、はあ」
「ほう、それで?お前は一体どこまで行ってたんだ?」
「詳しくは分かりません、でも、気づいたら景色のいいところにいまして、、そこから学校がよく見えたのでその方向急いで戻ってきたんです、ぜぇ、ぜえ、」
その言葉を聞いて、その場にいた全員が言葉を失った―
この高校の半径3キロ圏内には山など一切ないのである。
高いところから、この学校が見えたということは
この女子高生は、このわずか1時間ほどで学校から5km離れた隣町にある、青根山(あおねさん ー標高800mー 到頂所要時間2時間)の頂上まで登ったということを意味していたからである
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そうなのです。
私の名前は、"辻川まよい"です。
"辻川まよい "は、『方向音痴の天才』なのです。
私は、右と左も分かりません。「右がお箸を持つほうだよ」と何度も言われては来ましたが、いまだに分からないのです。
私は地図が読めません。地図アプリを開いて、自分がどこにいて、そしてどこに行きたいのか、さっぱりです。
AIにルート検索してもらっても、AIの提示する時間通りに目的地についたことがありません。
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(人通りのない路地裏で涙を流すまよい)
「はあ…。今日もたくさん余らせちゃったなぁ…。
ごめんなさい………」
"Yuber Eats "の規約
配達員は、自分の失態(著しい遅延、商品の破損等)により、顧客が商品の受け取りを拒否した場合、拒否された商品分の代金を顧客に自分で支払わなければならない。
なお、受取拒否された商品は、ピックした飲食店に返さず、
自分で処分すること。
まよいの配達バッグの中には拒否された商品が大量に詰め込まれていた。
「もう….、どうしたらいいか分かんないよ…
でも、せっかく採用されたのにこんなに早く諦めたくない…」
涙ぐむまよい、視線の先にはスマホの画面が写っている。
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◎ プロフィール
「まよい」
18歳 女子大生
メッセージ
「人々に料理と笑顔を届けたいと思い配達員になりました。
足の速さには自信があります!!迅速で丁寧な配達を
心掛けたいと思います!よろしくお願いします!」
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お客様の声
男性(20代)
「来るのが遅すぎて、何度キレそうになったことか。
フードデリバリーは、速いのが売りなのに、
こんなことならレストランに並べばよかったと
心の底から後悔しました。料理も美味しくなかったです」
女性(20代)
「熱々のラーメンを注文しましたが、届く頃にはすっかり
冷めて、麺が全ての汁を吸ってしまっていました。あんなラーメン見たことないわ。」
女性(30代)
「10分くらいで来るかなと思っていたのに
1時間も待たされる気持ちを想像してみてください。
問い詰めたら、ごめんなさいの一点張り、
ごめんで済んだら警察はいらないでしょ」
男性(70代)
「最近は歳をとって、飲食店に行くこともできなくなってきたので、初めて利用しました。
多分、私が配達したほうが早いでしょうなぁ」
男性(30代)
「届くまでの、時間で、"ホリーポッター"の映画を
1本見ることができました。
僕もホリーみたいな魔法使いになりたいなぁ」
男性(10代)
「お姉さんが来るまでの間に、家の近所の駄菓子屋が
潰れちゃったよ。」
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「はあ、私。たくさんの人々を悲しませてるだけだ…。
そうだよね。こんな地図も分かんない方向音痴が配達員になれるわけなかったんだよ………
……よし、決めた。もう、辞めるって言おう。
今から、Yuber の支社にいって、退職届だして、配達バッグも返しにいこう。
その前に、今日の廃棄分をどこかで処分しなくちゃね。
さあ、明日から何しようかな。まずは、新しいバイト探しからだな………。」
―そんな時、付近から男性の呻き声が聞こえる―
『うぅ…….うぅ、あぁ…うぅう………』
「え、何の声!?、こ、こわい……」
『助け…よ…うぁ……うぅ…… しを… そ…だ………』
声のする方へ恐る恐る近づくまよい、
そこには、この東京の街には似つかわしくないほどの帽子と衣装を羽織った西洋人の男が倒れていた。
(コ、コスプレ!?こ、こんなに暑いのにこんな格好してるなんて、きっと熱中症で暑くて、倒れてしまったのね)
西洋人の男に近づくまよい
「もしもし!もしもし!大丈夫ですか!聞こえてたら返事をしてください!聞こえますか!」
『うぅ……ぁぁ、飯だ…。食べるものを分けてくれ…
このままでは……… 飢え死んで……しま……ぅ……』
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このときの私は、知りませんでした。
彼との出会いが私の運命を大きく変える転機となることを。
そして、彼は一体、誰なのか。ということさえも―




