表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

第10話 勝利の鍵は、機動力だ。





―2025年 東京―




――パシャッ。



照明に照らされるスタジオ。

椅子にちょこんと座るまよいは、

緊張で背筋をピンと伸ばしていた。



「本日は特別ゲスト! 嵐の日に見事ランキング入りを

 果たした新人配達員、辻川まよいさんです!」



観客席から拍手。まよいの喉はカラカラ。



「よ、よろしくお願いしますっ……」



蚊の泣くような声でなんとか挨拶をした、―その瞬間。





『聞け!全国の補給兵たちよ!』





――ガシャッ。


ナポレオンが、司会者の手からマイクを奪い取った。




『我らはここに宣戦布告する!

 ランキング上位勢は震えて眠れ!

 東京を制するのは、この我ら―』




「やめろおおおおお!!!」




まよいが必死でマイクを取り返そうとするが、

軍服姿の男はその場で仁王立ちを続けている。



観客は大爆笑、司会者は固まり、口をポカンと開けている。

カメラマンは笑いを噛み殺して必死に手ブレを抑えていた。



―SNSは即座に反応。


「#配達員&軍人」

「#ナポレオンコスプレ」

「#宣戦布告」




―こうして、まよいの全国デビューは、黒歴史で幕を閉じた。





――――――――――――――――





―テレビ局前―




「うぅぅ……終わった……!

 私の人生、配達も恋愛もキャリアも、

 全部ここで終わったぁぁぁ!」




両手で顔を覆いながら、まよいはしゃがみ込んだ。

先程の黒歴史インタビューが、頭の中で堂々巡りしている。




『まよい。なにを嘆く。

 堂々たる宣戦布告だったではないか。』




横で腕を組むナポレオンは、むしろ誇らしげだった。

まよいは涙目で叫ぶ。




「宣戦布告なんていらないの!

 私はただ、普通にインタビュー受けて、

 普通に笑顔で終わりたかったの!」




その時、ちょうど通りかかったサラリーマンが

「あっ、さっきのテレビの人!」と声をかけてくる。


「うわ、本当にナポレオンのコスプレしてるぞ!」

とスマホを向けられ、まよいは即座に顔を真っ赤にした。




「わあああ!もうやだ!もう家に帰る!」






『―待て、まよい。』




そのとき、ナポレオンが真剣な声で遮った。




『帰るのにはまだ早い。

 この先、頂点に立つには、新兵器が必要だ。』




「……え?」




"頂点"という言葉を聞いて、頭の中に浮かんだのは、

先日の嵐の中を颯爽と駆け抜けるタケルの姿だった。





(私も、あんなふうに速くなれたら……!)




そのとき、ナポレオンが指差した先に現れたのは―




――「配達PRO・デリバリーズ東京」




ここは、配達員のためだけの専門店。

看板には「自転車・バイク・電動カート・その他最新グッズ取り揃えてます!」と書かれている。




『頂点を目指すには、ここで装備を整える必要がある。』




「えっ、こんなお店あったんだ!行きたい!!」




先程までのことは一切なかったかのように

機嫌を取り戻したまよいは、一目散に店内へ飛び込んだ。




――――――――――――――――




―配達PRO・デリバリーズ東京―




ウィーーンッ。



自動ドアを抜けた瞬間、まよいの瞳は星のように輝いた。

そこは、まさに“配達員の夢の国”だった。




壁一面に並ぶ最新ロードバイク。

折りたたみ式スクーターや電動カート。

さらに「水中用デリバリースーツ」「配達用の一輪車」など、誰が使うのか分からない“変な兵器”まで並んでいる。




「な、なにここ……!すごい!宝の山だあぁぁ!!」




まよいはテンションMAXであちこち駆け回り、

目に入った自転車に次々と抱きついた。




「これなんて最高!白くてかっこいい!しかも速そう!」

「いやいや、やっぱり赤!情熱の赤!燃える炎だよ!」

「わぁ、折りたたみ式まで!?軽っ!持ち運べるよ!!」




あまりの興奮で呼吸が荒くなり、

ついには「これ買います!これも!あ、やっぱ全部!!」

と、財布を握りしめてガタガタ震え始めていた。




―だが、その後ろでナポレオンは静かに立ち尽くし、

やがて低い声で告げた。




『……帰るぞ。もう新兵器は調達した。』





「えっ!?うそ!なに買ったの!?ロード?電動?

 ねぇ、絶対すごいやつでしょ!?」





期待で目を輝かせるまよいが振り返ると―


ナポレオンの両手に握られていたのは、ピカピカに光る






"ローラースケート”が二足。







『勝利の鍵は、機動力だ。

 これさえあれば、敵を翻弄できる。』





「いやああああああああああ!!!」




店内にまよいの絶叫が響き渡る。




周囲の配達員たちが振り返り、クスクスと笑い声があがる。

「まじかよ…」「売れ残りセール品だよな、あれ…」

とヒソヒソ声まで飛んでくる。



店員だけが真剣な顔で「初心者用プロテクターセット」を

カウンターに追加し、にこやかに言った。



「ご購入ありがとうございます!」




ウィーーンッ。




自動ドアが閉まり、戦利品を抱えて店を後にする二人。




「どうしていつもこうなるの……!

 カッコいい配達員を夢見てたのに!!」




まよいは半泣きで地面を見つめた。




『何を嘆く。これこそ最強の兵器だ。

 さあ帰るぞ。試運転をしなければ』




堂々と歩くナポレオン。

肩を落とすまよいはポツリと呟く。




「……ナポレオンって、

 女の子に全然モテなかったでしょ……」





『…………』





「……いや、図星かい!」





沈黙の帰路に、まよいのツッコミが虚しく響き渡った。




――――――――――――――――







―とある公園―





「……ほんとに、やるの?」


まよいは膝にプロテクター、肘にプロテクター、ヘルメットまで装備させられ、完全にロボットのような姿になっていた。




『当然だ。兵器は使ってこそ価値がある。』




「……わかった。やってみるね。」




―そう、不安そうに呟いた瞬間。




ガシャーンッ!




「いたぁぁぁ!!」




まよいは、すぐに転倒した。

膝も肘も砂まみれ、ズボンは泥だらけ。



「全然分かんないよ!どうやったら滑れるの!!」



涙目で振り返ると――



そこには、風を切って滑走するナポレオンの姿があった。

両手を後ろで組み、微動だにしない上半身。

まるで宮廷の舞踏会のように、優雅に滑っている。



『ふむ……ローラースケートとは、兵の行軍訓練に通ずる。

 体幹を制する者は、戦場を制すのだ。』




それを見た公園の子どもたちが、

「おじさん、すげーー!!」拍手している。




さらに、ナポレオンはターンを決め、逆走しながら一礼。

「ヒュー!」「かっこいいー!」と黄色い声が飛ぶ。




「いやいやいや!なんでそんなに乗れるの!!」





『我に不可能などない。』




「いやいや、そんなわけ……」




ガシャーンッ!



まよいはナポレオンにツッコミを入れかけてまた転倒した。




「ちょっと待って!差がありすぎて心折れるからぁぁ!」




『ふむ。では、我が直々に教授してやろう。』



ナポレオンは誇らしげに言った。



「う、嬉しいけど、なんか鼻につくな…

 わかったよ、教えてくれる?」





『ふむ……よいか、これは“縦深戦術”の応用だ。

 まずは、戦線(つま先)をしっかりと確立し、

 後方支援かかとを停滞させてはならん。』




「えっ!?つま先が戦線!?

 かかとが後方支援!?意味わかんない!!」




――ガシャーンッ! また転倒。




『よし、次だ。これは“縦列楔形陣”。

 まずは両膝を内に寄せ、重心を前傾させよ。

 これはスウェーデン王国騎兵が用いた突撃陣形だ。』




「いやいや!もう全く分かんないんですけど!?」




ナポレオンは気にせずくるりとターン。

拍手する子どもたちに軽く敬礼までしている。




『さらに“火力集中の原則”だ。

 左足を砲兵、もう右足を歩兵と見立てよ。

 両者が拡散すれば弾幕が薄まる。密集せよ、密集!』




「わたしの足は兵士じゃないのでぇぇ!!」




――ガシャーンッ! 4度目の転倒。




『……うむ、良い損耗率だ。

 兵力を失った今こそ、士気向上の好機。』




「損耗率っ!?人生で初めて聞いたんだけど!?」




涙目で抗議するまよいを放置して、

ナポレオンはさらなる難解ワードを畳み掛ける。




『“作戦縦深の確保”こそ要だ。すなわち――

 次は“斜行前進”だ!45度の角度で敵を突け!』




「だから敵って誰!?公園の鳩!?あ、わっ!きゃあああ!」



――ガシャーンッ! 鳩の群れの中へ豪快にダイブ。



見守っていた子どもたちが爆笑している。


「ねぇあのお姉ちゃん、転んでばっかりだよ!」




ナポレオンは仁王立ちし、胸を張って言い放った。



『…ふむ。まよい、安心せよ。

 歴史上、どの軍隊も初戦は敗北から始まるものだ。」




「安心できるかぁぁ!」




――――――――――――――――






公園のベンチに座り込むまよい。




「……もう無理。これじゃあ私、

 配達員じゃなくて“転倒員”だよ……」




まよいは、泥まみれのズボンを見つめながら涙ぐんでいた。



周りにいた子どもたちはすでに「ナポレオンすげー!」と

群がっていて、誰も彼女を見ていない。




そこへ――




「え?……まよい?」


聞き覚えのある声に顔を上げると、

大学の友人・有原かすみが、買い物袋を下げて立っていた。




「え?かすみ!? な、なんでここに!?」




「いや、近所だから…。っていうか、何その格好!?

 ロボット?なんかの新しい罰ゲーム?」




「ち、違うよ!これは配達の、えっと、その……」




その隣では、ナポレオンがドヤ顔でターンを決めている。




それを見たかすみは一瞬固まってから、笑って言った。




「……ちょっと待って!この人、誰!?

 この間、学食にいた人よね!なんで軍服でスケート!?」




『ふむ。我こそがナポレオン。これは新兵器の実験だ。』




「いや、情報量多すぎるからっ!!」




と、まよいが慌てて遮った。



かすみは買い物袋を置き、肩を震わせながら言った。



「はぁ……まよい、あんたって相変わらずおもしろいね。

 ローラースケートで配達って…さすがに笑っちゃう。」



「笑わないでよぉぉ!私だって真剣なんだからぁぁ!」



まよいは半泣きで抗議したが、

かすみは微笑んで手を差し伸べた。



「仕方ないなぁ。ローラースケートなら

 乗ったことあるから、教えてあげる。」




「えっ……ほんとに!?助かるーー!!」




その瞬間、まよいの顔に希望の光が戻った。



ナポレオンは腕を組んで仁王立ちしている。




『……よかろう。基礎訓練は、貴様に任せる。』




「いや、まじでキャラ濃いな…」



かすみは、少し苦笑いをしながら呟いた。




――こうして、まよいに新たな“教官”が加わったのだった。





――――――――――――――――





「じゃあ、まず立つところからやってみようか。」



かすみはにっこり笑い、まよいの両手をしっかり握った。

その声は落ち着いていて、ナポレオンのやたら難解な“軍事講義”とは雲泥の差だった。




「膝をちょっと曲げて、重心は前。

 そうそう、椅子に座るみたいに。

 でね、視線は下じゃなくて前。

 ほら、…料理を届けるお客さんの顔を見る感じ!」



「え、ええと…こうかな……?」



まよいはおそるおそる前を向いた。足元がグラつくが、

かすみが両手で支えてくれているので安心できる。



「いい感じ!じゃあ次は、一歩だけ滑ってみようか。

 右足をすーって出して。」



「すーって……こう?あっ!わわわ!!」




ガシャッ!



まよいは半分しゃがみこむように転倒しかける。


それを見てすかさず、かすみが抱きとめた。



「大丈夫? でも今の良かったよ!

 勢いはそのままで、体はもっとリラックスして。」




「は、はいぃ……!でも怖いよぉ!」



横で見ていたナポレオンが腕を組み、ぼそっと呟いた。



『ふむ……戦場に恐怖は付き物だ。

 だが…それでも兵は常に前進を――』




「コスプレおじさん!静かに!」と、かすみがピシャリ。



『ぐぬぬ… なんと無礼な……』



「まよい、今は難しいこと考えなくていい。

 ほら、スーッて、風にのるイメージだけ。」



もう一度。

まよいは息を吸い込み、足をすーっと前へ。



――カランッ。



なんとか、一歩分だけ前に進んだ。



「……で、できた!? 私、進んだよね!?」

 


「うん、ちゃんと進んでた!」かすみは手を叩いて笑う。



「その調子!ほら、もう一回!」



まよいの頬が少し赤くなる。さっきまでの泥だらけの涙顔が、少しずつ笑顔に変わっていくのだった。





「そのままリラックスして……風に乗るイメージだよ。」



かすみの声に合わせて、まよいは深呼吸をした。

両足がガクガク震えていたが、もう目をつぶって飛び込むしかない。



「い、いくよ……!」


すーっ。


右足を前に滑らせる。

次に左足。


ガタッ、と小さく揺れたが――倒れない。



「……あれ?立ってる!? 進んでる!!」



まよいは目を丸くした。

そのまま、ぎこちなくも連続で足を動かす。


すーっ、すーっ……。



身体に風が当たる。頬に当たる風の感触は、

自転車とも違う、初めて体験する不思議な軽さだった。




「すごいよ、まよい! ちゃんと滑れてる!」



かすみが後ろで笑って声をかける。



「ほ、ほんと!? わ、わたし、できてるんだ!?」



まよいは勢いのまま、くるっと半回転――のつもりが

大きく円を描いてしまう。だが転ばなかった。




「きゃはは! すごい!なんか、楽しいーー!!」



さっきまで泥だらけで泣きべそをかいていた彼女の顔が、

今はキラキラ輝いている。




横で見ていたナポレオンは、満足げにうなずいた。




『…ようやく戦略が確保されたか。

 これで我が軍は“機動部隊”を手に入れた。』




「いや、軍じゃないからーーー!!」



ツッコミを入れながらも、まよいは止まらなかった。

滑るたびにスピードが上がり、公園を大きく一周して、

最後は両手を広げて叫ぶ。



「わたし……できたあぁぁぁーーーっ!!」



かすみは拍手し、周りにいた子どもたちも

「すげぇ!」「お姉ちゃん、急に上手くなった!」と大歓声。



まよいの胸は、誇らしさと喜びでいっぱいになっていた。



かすみは両手を叩きながら、にっこりと笑った。



「よし!じゃあ、まよいが滑れた記念に

 ――みんなで夜ご飯、行っちゃいますか!」



「え、いいの?買い物してたんじゃ。」



まよいが汗を拭いながらおそるおそる聞くと、

かすみは軽く手を振って笑った。



「そんなの、全然いーよ!

 みんなでご飯食べた方が美味しいじゃん!」




温かい声に、まよいは一瞬きょとんとしたが、

すぐに顔を綻ばせる。



「うれしい、ありがとう。」




かすみは横に立つ軍服姿の男へ視線を移す。




「えーと、ナポレオン?でいいのかな。

 あなたも一緒に来てね、なんか面白い話とか聞けそう。」




ナポレオンは胸を張り、堂々と一歩前に出た。



『よかろう。このナポレオンが、

 ヨーロッパを支配するまでの経緯を全て伝えてやろう。』





「いや、全然面白くなさそう。」




かすみの即答に、ナポレオンは固まり、空を仰いだ。




『…………撤退だ。』




「かすみって結構ドライだよね……」



まよいが苦笑しつつ囁く。


ちらりと見ると、ナポレオンの目尻がわずかに濡れていた。




「……ナポレオン?おーい、あれ、泣いてる……?」




空気が一瞬だけ気まずくなったが、

かすみが「えーっと」と間を取り直す。




「じゃあ、そろそろ行こっか。」




三人は笑いながら歩き出した。


―夕暮れの公園には、まだ子どもたちの歓声が響いていた。






――――――――――――――――




お客様の声(NEW!!)




女性(30代)


「ついに…ついに売れました!

 “ローラースケートで配達”という謎すぎる

 コンセプトにより、10年間、ずっと誰にも見向きも

 されなかった幻の商品…。

 今月の売上目標、あの軍服のお客様のおかげで達成です!

 おかげで上司から『奇跡を呼ぶ店員』と褒められました!」






――――――――――――――――








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ