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幻の温泉を追って

作者: 山谷麻也

挿絵(By みてみん)


 その1 姿を消す語り部


 筆者は昭和二〇年代半ば、徳島県西部の寒村に生まれた。

 村の名は千足(せんぞく)といい、ここで一五まで育った。その頃、二一軒あった集落が、現在は三軒を残すのみとなっている。


 我が家も村を出て行った家の一軒だった。事情があって、Uターンし、旧市街地に住居を構えた。

「知り合いが存命のうちに、昔のことをいろいろ訊いておかなければ」

 と念じつつ、気が付くと自身が喜寿に迫っていた。


 何の変哲もない村だと思っていた。

 生活様式にも変化が起こり、年長者が子供たちに昔話をする機会は減っていた。もっとも、これは昭和中期に始まったことではなく、我々の親世代でも昔のことを知る者はあまりいなかったようだ。


 その2 矢の名産地


 郷土史に関心を持つきっかけは、千足村から徳島藩に弓の矢が納められていたという史実を知ったことだった。

 良質の矢だったらしい。

 殿様が「ご褒美に何か遣わそう。希望のものを申してみい」と言ったところ、殿に仕える女中の一人を所望、千足に遠路はるばる連れ帰るも寂しく生涯を終えた、という逸話も残っている。

 真偽のほどはもちろん不明だ。


 確かなことはある。今は亡き長老が

「そうよ、奥の谷のそばで、ええ竹が獲れた」

 と語っていた。矢の材料となった篠芽竹(しのめだけ)だ。


 その3 谷の名は初耳


 村を下りて行くと、商店街があった。そこに長く議員生活を送った名士がいた。『秘境祖谷物語』(小西国太郎著・一九六二年・祖谷山岳会文化部発行)を著していて、最近、その中に興味深い記述を見つけた。

 それは、千足の湯涌谷(ゆわきだに)に温泉が湧いていたということだ。小西氏は、温泉は安政の大地震(一八五五年)で湯が出なくなった、とも書いている。


 今でも祖谷温泉、松尾川温泉と、別にこのあたりで温泉は珍しくない。

 子供の頃、祖谷川へ遊びに行くと、温かい湯が出ている河原があった。あれは現在の祖谷温泉より下流だった。


 筆者がこの話にこだわるのは、その温泉が千足に湧いていたという点だ。それにしても、初耳だった。それに、なぜ千足谷と言わず、湯涌谷と言っていたかだ。そんな谷の名は聞いたことがなかった。


 その4 ミステリ―ゾーン


 矢の材料の産地は境谷(さかいだに)のそばにあった。この谷は古来、池田と祖谷を隔ててきた。国見山麓に端を発し、祖谷川に注ぐ。よくアメゴを獲りに行った。


 途中に、変な場所があった。山道から脇に入り、しばらく登ると、なだらかな斜面が広がっていた。

 少量の水が流れ、谷の石に水晶の結晶ができていた。ほとんどの水晶は小さかったので、持ち帰ることもなく、石を元の場所に戻した。

 さらに、桃の老木か何かがあって、土地も整地された形跡があった。


 子供にとっては秘密の場所。水晶は年月とともに成長するものと思い込んでいて、訪れるたびに胸をときめかせていた。 


 その5 万物は流転する


 ところで、水晶は石英とも呼ばれる。マグマで高温となった熱水が岩盤の割れ目を通る際、いろいろな物質を溶かす。これらが結晶化したものが熱水鉱脈とされ、石英はその代表格である。最近、ふとしたことから気になり、調べて分かった。 


 水晶があったくらいだから、おそらく、かの地には水が豊富に流れ、温泉も湧いていたに違いない。そこで、村人はここを湯涌谷と呼んでいた時期があった。できれば再訪して、実地に検証してみたいが、道は崩れ、もはや人を寄せ付けていない。

 昔の出来事のようで、安政の大地震からわずか一七〇年。自然の変化と同様、人々の記憶も風化は速い。


注:小西氏は著書で、湯通谷と表記しているが、ここでは湯涌谷を採用した。

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