1話 とりあえず前に進もう、愛用の扇風機と共に
「はぁ、どう考えてもここは、地球じゃないよなぁ。太陽みたいな物が2つ浮かんでるし、地球に存在しない生き物が、さっき空を飛んでいたし」
俺は今、森の中にいる。たぶん森の中だ。そして木々の間から見える空には、太陽みたいな物が2つ浮かんでいて。はぁぁぁ、一体何が起こったんだ?
いろいろとゆっくり考えたいが、ここにいて何かに襲われてもな。それに襲われなかったとしても、お水や食べ物だって絶対の必要のなる。周りを調べながら、最低限の物を今のうちに見つけておかないと。これからどれだけ森の中のいるか分からないし。
俺は、俺の隣に置かれていた仕事用のリュックと、俺が愛用しているシンプルで少々小型の、リビング扇風機を持って立ち上がる。何だよ、コンセントがなくなってるじゃないか、なんて、今はどうでも良いとこを思いながら。
「さて、どっちに進むか。同じような風景が続くと、同じ場所をぐるぐる回る可能性もあるし、目印に何か残して歩くか。……あのツル使えるか?」
俺は仕事帰りの電車の中や家に帰ってから、異世界転生や転移物のライトノベルを読む事が、毎日の楽しみだったんだけど。そのライトノベルのことを思い出しながら、その辺に落ちていた木の棒を拾って、近くの木に絡まっていたツルを突いてみる。
知らない物を触るのは危険だからな。目覚めて早々、知らない生き物に襲われなくてラッキーだったのに。自分の行動で、自分を危険には追いやりたくないし。
何度かツルを突く俺。しかしツルは何の反応も示さない。うん、大丈夫みたいだな。あとは触っても体に害がないかだけど……。さすがに何もない状態じゃ、触るしかないよな。軍手か何かあれば良かったけど。
カバンの中に、少し大きめのタオルとハンカチは入っているけど。あとあと何かに使うかもしれないからな。今持っている物は、なるべく大切に使わないと。タオルかハンカチを使いツルを触って、それで何かありタオルやハンカチをダメにしたくはない。
俺は意を決して、そっと木に巻きついているツルを触ってみる。うん、感触は植物そのものだな。後は数分待って、手に何も炎症が起きなければ。このツルを引っこ抜いて、少し歩くたびに、木か何かにこのツルを結んで歩こう。それが目印になるはずだ。
俺は手に炎症がでるか確認するまでの間、改めてリュックの中を確認してみる事に。軽いなとは思っていたが、あれだけ大量に入っていたはずの、書類や資料は全てないし、それに筆記用具も無くなっている。うん、会社関係の物は完璧に消えている感じか。
残っている物は、全て飲んでしまった空の水筒と、ハンカチと大きめのタオル。それから仕事帰りに買った、シマエナガの可愛いもふもふのポーチ。うん、可愛い……。
それと隣の部屋に住んでいる斉藤さんの飼い猫、ミーちゃんのために買った。棒の先に、長い紐が付いていて、紐の先には鈴と羽が何枚かついているおもちゃか。
「はぁ、せめて筆記用具の中に入ってた、ハサミがあったらな。少しは動きが変わると思ったんだけど」
それに……。俺は自分の腕を見る。それからポケットを確認して。腕時計もスマホもなくなっていた。今俺がいる場所でスマホが使えるとは、流れ的には思えないんだけど。時間の流れが分かる物があると楽だったな。
今みたいに数分待つ、なんて時に使えただろうし。まぁ、どちらにしろ、そのうち時間が経てば、時計もスマホも使えなくなっていただろうけどさ。
「これも良く分かんないよなぁ。リュックは身につけていたから、ここにあるのは不思議じゃないけど。扇風機って。これは俺の部屋に置いてある物で。持ち歩いていたわけじゃないのに。しかもコンセントがなくなってて、ここに電源があったとしても使えないっていうさ」
じっと扇風機を見つめる俺。愛用の扇風機。1人暮らしの俺には丁度よく、使い始めてから来月で10年目だった。ただそんなに古くても、しっかりと動いてくれていたから、これからも大切に使おうと思っていたんだけど。
「まぁ、お前がいてくれただけ良かったよ。知らない場所に、知らない物だらけ。長い付き合いのお前がいてくれて、なんだかんだ落ち着けてるからな」
そろそろ15分くらい経ったかと、俺は自分の手を確かめる。なにせ時計もスマホもないからな。もしかしたら気持ちが昂っているせいで、また不安な気持ちも合わさって。実際にはもっと短かったかもしれないけれど。たぶん15分くらいだと思う。
うん、何も炎症は出てないな。これで手が使えなくなったら、もう詰んだと思ったけど。とりあえず俺はまだ、先に進めるらしい。
俺はツルを引っ張ってみる。ツルは何の抵抗もなく、すぐに木から取る事ができた。しかも少し力を入れれば、すぐに切る事ができたし。良かった良かった。切ることもができて。
切る事ができなくても、何かを縛る事には使えただろうけど。それだと別の目印を見つけなくちゃいけなかったし。ちょうど良いくらいに強いツルだから、他の事にも使えそうだ。
かなり長いツルで、これなら10回分くらいの目印にはなるだろう。同じようなツルが、他の木にも巻き付いてるから、あれも全部取らせてもらおう。短く切っておくものと、切らずにぐるぐると巻いておくもの、まとめればリュックに入れられるし。
それから6本ほどツルを取った俺は。とりあえず1本だけツルを短く切ると、後はぐるぐるとまとめて、全てリュックの中にしまった。
「よし! それじゃあ行きますか。とりあえず川でも見つかれば良いんだけど」
こうして俺は、しっかりと愛用の扇風機を抱え、森の中を歩き出したんだ。