腫れ物
初めて彼女からのメールが届いたのは、再会した二日後のことだった。
仕事を終え仙台駅へ向かう途中、スーツのズボンのポケットに入れていた携帯電話が鼓動した。
お疲れ様。
今日は何時の電車で帰るの?こないだと同じ電車なら一緒に帰らない?
それとも、もう帰っちゃったかな。
久実
初めはもう帰ったとメールしようと思った。
けれど、降りる駅も一緒ということを考慮すれば嘘がばれる可能性もあった。次の電車は40分後だし、明日も仕事だからできるだけ早く帰りたいところだ。仕方なしに、彼女に受諾のメールを送信した。
待ち合わせは仙台駅二階の伊達政宗像の前だ。彼女はまだ居ない。
一体、彼女はどういうつもりなのだろか。考えても答えは出ないが、そんなことを考えて彼女を待った。
5分ほど待った頃だった。
「ごめん、待たせちゃったかな」
そう言いながら、彼女が来たのは電車の発車時刻の10分前だった。
「いや、俺も今着いたばかりだから」
「そっか。じゃ行こうっか」
「うん」
改札を通って電車に乗車し、ちょうど二人分席が空いていたところがあったので座った。
「今日も残業だったんだ?」トートバッグからペットボトルのウーロン茶を取り出しながら彼女が聞いてきた。
「そうだね。毎日大体この電車になっちゃうんだ。君も残業だったの?」
「うちはシフト制だから、今日は遅番」一口ウーロン茶を口に含み、喉を通したところでそう答えた。
「そっか」
「懐かしい。『そっか』中学の頃もよく、そっかって言ってたよね」彼女は笑みをこぼしながらそう言った。
「癖ってのは、なかなか直らないね。よく君に注意されたの覚えているよ」
「そうだよね。よく言ったかも知れない」
当時、僕は彼女とよく話すようになってから緊張のあまりどうにかひねりだす「そっか」という相槌を打つことがあまりに多かった。その為、人の話をあまり聞いてないように聞こえるからと、よく注意されていた。
「そうだ、あれもあの頃のまま?」
「あれって?」僕は訝るように聞いた。
「梅干まだ食べれないの?」
「勿論」
「よかった」
「よかったって?」
「変わってなくてだよ。義徳さん私のこと、この前会った時から『君』って呼ぶから随分と変わっちゃったなと思ってたんだよ。でも、変わってないとこもあるんだと思ったら、なんだか嬉しくって」
「君って呼ぶのは新しい癖だね」
「うーん、それは別に悪い癖じゃないけど、昔からの知り合いには方がやめた方がいいよ」と少し顔を困らせながら言った。
「そっか」
「また言った。『そっか』」ちょっといたずらっぽく彼女は笑った。
「それにしても、よく昔のこと覚えてるね」これは僕の素直な疑問だ。僕が彼女のことをよく覚えているのは当たり前だが本当に彼女もよく覚えている。
「あの頃が一番楽しかったからね」
「あの頃が一番なんだ」それは僕もだ。中学二年生から三年生になって彼女にふられるまでの間が一番楽しかった時間だった。
そんな話をしているうちに駅に着き、僕らは今日も改札口を出たところで別れた。
それからも彼女が遅番の時は一緒に帰ろうと誘われることが度々あった。僕自身、彼女と交わす中学時代の思い出話が楽しかったので断る理由はなかった。二人ともよく当時のことを覚えていて話は盛り上がっていた。けれど、お互いに付き合っていたことを口にすることはなかった。
そこに触れることが一種のタブーのような、それを口にすることで今の関係性が崩れてしまうようなそんな感覚が少なからず僕にはあった。