消しゴム作戦
冬休み明けの一月。
僕は彼女ともっと喋りたい、いや正確には彼女に気に入られたい、あわよくば彼女が自分のことを好きになってくれないかとさえ思うようになっていた。
勿論、隣の席であるので全く喋らない訳ではない。しかし、積極的に話をする訳でもなく必要なことだけを交わすだけというような会話だ。いや、なんだか会話をする機会は二学期よりも確実に少なくっていた。
理由は、僕が意識するあまり何をどんな風に話しかけて良いのか分からなくなってしまったのである。勿論そんな調子だから、彼女から話しかけられても嫌われたくないという思いが先行してしまい、言葉に詰まったりしてしまっていた。彼女との距離を縮めたいという持ちながらも、その思いとは裏腹に逆走を重ねていた。
誰かに相談できていたら、もっと早急になにかしらの手を打てていたのかもしれないけれど、なにぶんプライドの高い僕は誰かに彼女のことが好きだとも打ち明けられることができずに三学期を最悪のスタートを切った。気持ち的には開幕泥沼連敗スタートというスポーツ新聞の見出しがよく似合う。そんな感じだった。
僕だって、ただその現状をただ、やすやすと見過ごそうと思っていたわけではない。
毎日のように、家に帰ってからは明日はこんな話題で話しかけてみようかとかそんな作戦を練っていた。しかし、その作戦通りにことが進む日はなかった。
一月も下旬にさしかかろうかとしていた日の授業中だった。
彼女の机から落ちた消しゴムが自分の席の方に転がってきた。僕はすかさず拾いあげ彼女に渡した。
「ありがとう」
「別にいいよ」
実に短い会話だった。
僕は急に閃いた。これだ!!
上手く会話できないのならこういうシチュエーションを増やせば自然と話をすることができる。たとえ、それが短い会話であっても僕にはそれでも一歩前進だ。そう思った。
それから数日、僕は彼女が机から鉛筆や消しゴムが落ちないか集中した。
やはり、そう簡単には彼女だって落とさない。多くても一日二回が限度だった。落ちる物が必ず僕のほうに転がってくるわけではなかったが、以前よりは話す機会は増えている。
僕にも欲が出てくる。もっと喋る機会が欲しい。
そこで今度は僕が消しゴムを落としてみることにした。常に消しゴムを机の右側に置くようにし、頃合を見計らって右ひじを自然に当てるようにして消しゴムを彼女の席の方に落とした。
自分でコントロールしているとはいえ、見事に彼女の座る椅子の下に消しゴムが転がっていった。
彼女が僕の消しゴムを拾い、僕に渡してくれる。
「ありがと」
「ううん、いつも拾ってもらってるから」
「そうだっけ」作戦が気づかれてはまずいと少しとぼけるように答えた。
彼女は笑みを浮かべ、再度顔を黒板に向けた。
作戦成功。
僕はこれに味を占め「消しゴム作戦」と銘打ち、一日一回までと決め作戦を実行し続けた。勿論、彼女の机にも集中していた。
そんなことを始めてから一週間が過ぎた頃、短い会話を重ねるうちに徐々に彼女と自然に話をすることができるようになっていた。
一月ももう終わりを告げようとしている。