ポスター
家に着いたのは22時40分を少し過ぎた頃だった。
自分の部屋へ行きスーツを脱ぎジャージに着替えてから夕飯を食べる。いつもであれば、携帯電話を自分の部屋のテーブルの上にある充電器へセットしてリビングに移動するのだけれど、この日は淡い期待を抱きながら携帯電話をジャージの上着のポケットに忍ばせリビングに向かった。
僕は遅い夕食を食べながら、中学時代のことを振り返っていた。
僕は中学二年の途中まで恋愛というものに全く興味がなかった。そのせいか、あの子が好きだとか誰に告白しただの、されただのの話題で盛り上がっている周りとはどうも同調できていなかった。
たとえ、その話題の当事者になることがあってもそれは変わることはなかった。僕に対して直接なり手紙なりで「告白」してくる女子は何人かはいた。そういった彼女らの思春期時代の一大イベントを僕はことごとく退けてきた。
理由は簡単だ。皆がしているから私もといったような流行で告白してきているように感じたし、何より自分の興味のないことに時間を奪われるのが嫌だった。
だが、それが一変する時がくる。
中学二年生の二学期の秋口、気づくと僕は初めて異性のことを好きになっていた。周りに比べると随分遅かったと思う。
相手は隣の席の彼女、赤平久実。
容姿は背丈は低かったが、肌の色がとても白くショートカットの髪型がよく似合うかわいらしいという表現がぴったりだ。
そんな彼女と席が隣になり少ないながらも会話を交わすうちに赤平久実という人間に徐々に興味が沸いてきた。
しっかりと自分の考えを持っていて、周りや流行といった思春期の中学生が一番弱いものに流されるようなことは無いように見えた。
そんな中で、事件が起きた。二学期も終盤の12月の上旬だ。
僕は部活を終え、帰宅したあと夕食前にランニングすることを日課にしていた。距離にして10キロほどだ。途中に公園があり、公園の前には掲示板があるのだけれどその掲示板には歳末たすけあい運動のポスターが貼ってあった。
ポスターにはなんとも優しい表情を浮かべた女の子の絵が描かれてあり、見るものすべてを穏やかにさせてくれるような、そんな印象さえ受ける。僕はランニング途中にこのポスターを見るのを密かな楽しみにさえしていた。
ある日、その公園の前までくると掲示板の前に人の気配を感じた。どうやら掲示物をはがしている。僕は別に気にもせずその掲示板の前を走り過ぎようとした。
向こうはこちらに一瞥もくれずに歳末たすけあい運動のポスターを留めてあった画鋲の最後の一つを取ろうとしていた。
顔をこちらにこそ向けなかったが、それをしていた人物は赤平久実だった。
それが決定的だった。
いくばかりかの悔しさがある。
実は、僕も密かにあのポスターを貰おうと思っていた。大晦日になればあのポスターの役目も終わるのだろうから大晦日にランニングの際に途中で頂いて帰ろうと企てていた。残念だが、彼女に先を越されてしまったが悔しさよりも嬉しくて仕方がない。
あのポスターを好きなだけでなく、盗もうと考えていた人間がもう一人いたなんておかしくてたまらない。それもそれが彼女だなんて。
僕はこれがきっかけで彼女を好きだという気持ちを自分でも認めざるを得なくなってしまった。