ドアマットな私は、この裁判に賭ける
今更、何の用ですの? 旦那様、いえ辺境伯様。
ご覧の通り、今の私は牢獄に閉じ込められ、近いうちに断頭台に上がる身です。
国の英雄であるあなたが私と話す事を望んだので、こうして話し合いの場が実現したのです。手短にお願いいたしますわ。残りわずかな人生なので、もう一分一秒でも他人のために時間を使いたくないのです。
すまなかった、ですか?
それは、何に対しての謝罪ですの?
私の派手な男性関係の噂を信じ、初夜で「お前のようなふしだらな女を愛する気はない」と言い放った事ですか?
美しい妹ならばともかく不器量なお前の分まで貴族学園に通わせる金を払うのは勿体ないと、両親に病弱だと偽られ貴族学園にも通わせてもらえず、あなたと結婚するまで家に閉じ込められ、ただ領地経営をさせられていた私が家人以外の男性と親しくなる事などできないと少し調べれば分かるのに。
実際、大旦那様、あなたのお父様である先代の辺境伯様は、少し調べただけで、あの噂の真相を突き止めたのに。妹が私の振りをして男漁りをしていたのだとね。
あなたは私の美しい妹に恋していた。だから、大旦那様は、最初は妹が次期辺境伯の嫁に相応しい人間かどうか調べる過程で、あの噂の真相を知った。
それで、妹ではなく姉のほうが次期辺境伯夫人に相応しい人間だと判断し、あなたと結婚させたのです。
大旦那様が、あの噂の真相は、妹が姉のふりして男漁りしていたのだと、いくら言っても、あなたは信じなかった。あまり仲のいい親子でなかったからなのと、何より、美しい妹に恋していたから信じたくなかったのですね。
その唯一私を認めてくださった大旦那様も、あなたと結婚した後すぐに亡くなってしまわれた。
それでも、私を唯一認めてくださった方のために、夫に疎まれていても、婚家に尽くそうと思ったのですよ。
けれど、主であるあなたが私を疎んじているのは明白でしたからね。姑も婚家の使用人達も、それはそれは私をいびってくれましたわ。
他の貴族令嬢であれば耐えられませんでしたわね。
私は実家で慣れていましたから。残飯ばかり与えられるのも、真冬に水風呂だったのも、憂さ晴らしの暴力も。
そんな事をしろなどと命じてない?
あなたが命じてなくても、家の主であるあなたが私を疎んじているのだと言動で示せば、どう扱っても構わないのだと使用人達が思ってしまうのも当然でしょう? それだけ主の言動は使用人達に影響力があるのですよ。
すまなかったと何度謝られても、私のつらい過去が消える訳ではないので、言葉だけの謝罪はいりませんわ。
だから、代わりに、裁判で、実家や婚家で、どう扱われてきたのか暴露したのか、ですか?
まあ、そのくらい分かる頭はあるのですね。戦場で暴れるしか能がない脳筋だと思っていたのに。
あら、お顔が引きつりましたわね。腹が立ちましたか?
この程度で?
私が受けてきた言葉や肉体の暴力は、こんなものではなかったのに。
法治国家で、法の下で行われる裁判は、国王といえど手出しできませんからね。国の英雄が関わる醜聞であっても、もみ消す事はできません。
だから、私も逃げ出さずに、裁判を受けたのです。断頭台に送られると分かっていても。
私が生まれてから受けてきた仕打ちを、あなたが戦場で暴れ英雄と持てはやされる裏で、一人の女が、その妻が、どんな目に遭ってきたのか、世間に知らしめるために。
我が王国が隣国に勝利し、それに貢献したあなたが英雄と持てはやされる、その最高の瞬間を狙って、私は実家である子爵家と婚家である辺境伯家を爆破しました。そこにいた住人ごと。
一瞬で吹き飛んで死ねるなど、ある意味幸せですわね。私が味わった苦しみを彼らにも味わわせたかったのですが、爆破以外で世間の注目を集める方法を他に思いつかなかったので。
こんな事になって、大旦那様にだけは申し訳なく思っていますわ。
でも、私も感情のある一人の人間なので、大旦那様への感謝や恩義だけでは、とても耐えられなかったのです。
やった事に後悔はしていないし、罪悪感もない。
けれど、罪だという自覚はあるので、ちゃんと法の裁きは受けますわ。
なぜ、俺や周囲に訴えなかった、ですか?
はあ、本当に、なぜ今更、そんな事を訊いてくるんですか?
あなたも周囲も、誰一人として私の話を聞いてくれなかったのに。訴えたところで無意味でしょう。
だから、私は、この裁判に賭けたのです。
世間の耳目を集め、法の下で行われる裁判です。
誰にも邪魔できない。
国の英雄と持てはやされるあなた。
でも、その上で、一人の女を、妻を犠牲にした。
その上で成り立っていた幸福と栄誉。
でも、それも、もう地にまみれておしまいですわね。
ざまあみろ。
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