悪役令嬢を演じているのに婚約破棄してくれないので、こちらから仕掛けます
異世界恋愛もの短編1本投稿してみました。よろしくお願いします。
「君との婚約は破棄させてもらう……ってなかなか言われないわねぇ~」
「何か言ったか? リエッタ」
「いいえ、なんでもありませんわ」
私の独白は相手に聞こえる事もなく、空気に紛れ消えていく。悪役令嬢を演じ続けてもうすぐ一年。もうすっかり悪役令嬢リエッタの名前は学園に浸透しているものの、なかなか目の前の男はわたしとの婚約を破棄してくれない。
「おぃ、リエッタ。ちゃんと俺の話を聞いているのか?」
「ええ、聞いていますわよ。来週の創立記念祭でしたわね」
「当日くらい、侯爵家の婚約相手に相応の姿を見せてくれよ?」
「なんですって?」
「だから、少しはアルバート侯爵家の長男である俺を立てて……」
「そういうところよフォード」
今後は相手に聞こえるように息を吐く私。婚約相手は物心ついた時から決まっていた。当時、幼い私は何の疑問も湧かなかったが、周囲の環境と世界を知る事で、何かがおかしいと思い始めていた。
女が男を立てる。貴族間の慣習。そんなものはもううんざり。私の父は有名な商家の生まれで、クリスタ侯爵家は国家の有力貴族のひとつ。同じく有力貴族のひとつであるアルバート侯爵家の嫡男であるフォードとの婚姻は、クリスタ家のために必要な事。かつての私はそう思っていた。
「フォード。女が男がという考えに驕っていては、いつか自ら破滅を迎える事になるわよ?」
「なんだと……!?」
「まぁいいわ。心配しなくても創立記念祭の社交界には出席します。当日楽しみにしているわ」
私は早々に席を立つ。私とフォードの様子を見守っていた取り巻きである令嬢達が心配そうな様子でやって来る。結局、悪役令嬢を演じて以降ついて来たこの子達も、学園での自身の立ち位置を確保したい子達なのかもしれないけど。
「そうだ、ローリエ。この間話していた異国で流行っている婚約破棄の話、また聞かせてくれる?」
「え? はい。勿論です、リエッタ様」
★
王立オランディア学園創立記念祭。最後に行われる学園主催の謝恩会には国の有力貴族達が出席する。王立である学園が主催という事は、王家が主催の謝恩会という事となる。
もともと目立つ事は嫌いな私だったが、去年の創立記念祭、父が取り扱っていた染料で黒髪を金色へ染めた。紅葡萄色のドレスに金色の髪は王家の人達も有力貴族の大人達も釘付けにする。専属侍女のメイには本当の事を話していた。
「お嬢様が目立つ事を望まない性格だと、メイは知っています。フォード様に一矢報いたいんですね」
「流石メイ。分かってるわね」
そして、私は少し遅咲きの所謂社交界デビューをした。父には恐らくようやく娘がクリスタ家のために奮起してくれたんだと見えただろう。でも違う。これは自分のため。見た目でしか判断しない令嬢達、そして、フォードへ一矢報いるための布石。
案の定、見た目が変わっただけで『リエッタ様、見違えましたわ』と言い寄って来る令嬢達。有力貴族の男達が近づいて来た。だからこそ、この一年間、好き放題やらせてもらった。その裏で、かつての私と同じく学園で不遇な扱いをされていた男爵家や伯爵家の令嬢達が少しでも平穏な学園生活を送っていけるよう、手を回す。
今まで家畜を見るような目でしか私の事を見ていなかったフォードは、明らかに女を見る目でアプローチして来るようになった。なぜか私が突っぱねれば突っぱねる程、フォードは私に迫って来る。理由はよく分からなかったけど、異国で流行っている婚約破棄という展開にはなかなかなる事はなく、気づけば一年が経過していた。
★
「お嬢様、本当にいいのですね?」
「ええ、好き勝手やらせてもらうわ」
「わたくしは最後までお嬢様の味方です」
「ありがとうメイ。じゃあ、行ってくるわね」
校門の前までつけてもらった馬車の中で、侍女のメイと会話をする。オランディア学園創立記念祭の社交界当日。馬車を降りた私は、待機していた迎えの人の案内で、会場へと向かう。
そして、謝恩会会場の扉が開く……。
ざわつく会場。どよめき、いつもなら駆け足で駆け寄って来る取り巻きの子達の足取りが重い。でも、私の鋭い視線を感じたのか、駆け足で駆け寄って来た。ふふふ、調教はしっかり出来ているようね。
「あ、あああ、あの!? リエッタ様……その御姿はどうされたんですか?」
「え、えっと……黄色のドレスも素敵ですね」
「嗚呼、よく見るとすっごく艶やかな髪ですね! 黒色が宝石のようです!」
黄色のドレスはこの国の貴族間では身分の低い者が着るとされている色。蒼金石色や目立つ紅葡萄色ではなく、黄色の宝飾も何もついていないシンプルなドレス。肩までかかる黒髪はメイが毎日優しく梳いてくれていたお陰で艶やかで、うまくまとめてくれている。
一年前のままだったなら、この姿を見た取り巻きの子達は私に近寄る事すらしなかった。むしろ、かつて私を蔑んでいたウィル伯爵令嬢と遠目で嘲笑していたに違いない。そんな事を考えている内に、私の婚約者がやって来た。嗚呼、手の震えが抑えきれていないわよ。
「ごきげんよう、フォード」
「……どういう事だ。リエッタ」
「どうもこうも、いつもの私ですわよ?」
「……もういい」
王家自慢のシェフが振る舞う宮廷料理は、流石上品で一流の味だった。ウミガメの冷製スープにサーモンのカルバッチョ。メロンとチーズのカプレーゼ。子羊のカツレツ。鴨肉のピュレに、オランディア肉のローストビーフ。謝恩会での当初の目的を忘れてしまいそうになる程の料理の数々。口の中で柔らかく溶けるオランディアのお肉に思わず笑みが零れてしまう。
謝恩会も半ばに差し掛かった頃、私より先にフォードが動いた。ええ、そろそろ来るかなと思っていたわ。
「みんな聞いてくれ。知っての通り、フォード・ロイズ・アルバートは、クリスタ侯爵家の長女、リエッタ・ラピス・クリスタと婚約をしている。だが、本日、この場を以って、リエッタとの婚約は破棄させてもらう」
来たわ。来た来た来た。ようやくこの時が。心の中で叫んでいる私だったが、此処は顔に出ないよう、心を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がる。
「どういう事か、聞かせてもらいますか?」
「勿論だ。まずはその恰好。地味な黒髪に黄色のドレス。侯爵家の淑女たる品がなく、侯爵家の嫡男である俺の婚約者たる自覚が一切感じられない。どういう事なんだ?」
「そうですわね。この国の貴族間で、黄色は爵位の低い淑女が着るドレスとされています。しかし、そもそも異国の地にて黄色は喜び、希望、幸福の象徴とされている。意味のない仕来りや慣習に囚われていては、他国との交易に影響が出るだけでなく、自国の発展にすら影響を及ぼします。そして、この黒髪も創った色ではなく、私自身の色。髪の色や肌の色。人はそれぞれ多種多様で国が違えば民族も違う。東方の国の王女様の腰まで掛かるあの有名な黒髪を前にしてあなたは否定するのでしょうか?」
と私が続けると、フォードは怒りを露わにする。周囲で私の演説を見ていた女性陣は既に小さな拍手を送ってくれているようだった。
「ならば言わせて貰おう。これまでずっと耐えて来たが、もう我慢ならん。これまでの俺に対するその傲慢な態度、俺との約束を断って、事ある毎にレイス侯爵家やゴードン侯爵家などに入り浸っていただろう? 知っているんだぞ? そこで何をやっていたのか、聞かせてもらおうか?」
「あら、一応脳味噌まで筋肉で出来ている訳ではなかったのね?」
「なんだと!?」
「ああ、僕との関係を疑っているのか?」
「出たな、泥棒野郎」
純白のタキシードを纏って刹那現れたレイス侯爵家長男アゲイル。まぁ、このアゲイルもね、学園では次期生徒会長だと言われていて凄く人気な人だからフォードが疑っても当然だ。私の場合、その立場を利用させてもらって、今日までの根回しをしておいただけの事。つまり今回この場でアゲイルファンクラブの子達は全員私の味方という訳。
「リエッタの父上と尊父とは親交があってね、リエッタとは学園の将来について話をしていただけさ。僕には可愛い子猫がいっぱい居てね。僕のハートを誰かに独占させる訳にはいかないのさ♡」
アゲイル様~~♡ の黄色い声援が会場へ響いたところで、フォードが大きな息を吐いた。そこへフォードの怒りを鎮めるがごとく、東方の国の扇子を持ち颯爽とその場へ顕現するご夫人。赤い薔薇に黒い薔薇の刺繍を交えた豪華絢爛のドレスは会場随一の目立ち様。彼女こそ、アルバート家、クリスタ家と並んで力を持っているゴードン侯爵家のゴードン夫人だ。
「フォード坊。ワタクシのお家では〝貴族女子の会〟に出席していただいてましてよ? 王国の将来について、そして女性の立場を対等にしたいという彼女の考えにワタクシが共感し、招いただけの事よ?」
私が直接説明する前に、ゴードン夫人が助け船を出してくれた。貴族に爵位がある以上、仕来りやマナー、王族の方々への敬意など、必要なものが存在する。だからこそ、婦人会で一番力を持っているゴードン夫人を味方につけ、男尊女卑や色での差別など、貴族社会、国において不必要なものを少しでも排除出来るよう、そして、学園で不遇な扱いをされていた子達が少しでも平穏な生活を送れるよう、この一年間、入念に準備をして来たのだ。
私の黒髪を事前にゴードン夫人へ見せた時、「毎日毎日欠かさずメンテナンスして来た事が分かる素敵な髪ね」と彼女は褒めてくれた。彼女が爵位で権威を振るうような女性ではなく、ちゃんと相手の眼を見て話してくれる女性で本当に良かったと思う。
ゴードン夫人がこちらへ軽くウインクしてくれたところで、私は再びフォードへ向き直る。そろそろ反撃の狼煙を上げる頃合いだ。
「ゴードン夫人、ありがとうございました。そうそう、フォード。〝貴族女子の会〟に出て気づいたのだけれど、学園に通っている生徒さん……つまりこの会場にいらっしゃる同級生や先輩、後輩のお母様方も沢山出席していらっしゃるの。その中で、あちらにいらっしゃるミモザさん、あそこにいらっしゃるリリカルさんと……メロリンさん、他にも何名か、フォードが仲良くしてたというお話があるのだけれど?」
「な、なんの話だ?」
私が名を呼んだ子達の顔色が変わる。〝貴族女子の会〟だけでなく、取り巻きの子達から既にフォードが誰と関係を持っているという話は聞いており、把握しているのだ。フォードが弁明を始める前に私は本命の名前を呼ぶ。
「ウィル伯爵令嬢!」
「な、突然なんですの?」
「先週のラジカル庭園でのデート、楽しかったですか?」
「なっ⁉ 何のことですの!?」
「フォードが積極的すぎて大変でしょう? 女神様の像の下で何をされていたんでしょうね?」
「わっ、ワタクシは何も知りませんわ!」
次の瞬間、ウィル伯爵令嬢は伯爵へ会場の外へと連行されていった。もう周囲のフォードを見る目が変わっている。尚、女神像の下での出来事は専属侍女であるメイがその日フォードを尾行し、全て報告してもらった話だ。
「フォ、フォード様! 今日リエッタ様と婚約破棄したら、わたしと正式にお付き合いしてくださるんですよね?」
「なっ、ミモ……無礼だぞ! 侯爵家嫡男の俺に向かって言葉遣いがなってない!」
「待ってください! フォード様、うちが本命っていつも言ってたじゃないですか?」
「なによ泥棒猫、あたいよあたい、あたいがフォードと結婚するのよ!」
蔑むような目線がフォードへ集中する中、フォードと関係を持っていたらしい女性陣が次々に言い争いを始めたところで、両手を叩いてこの場を収める人物が居た。
「そこまでだ!」
「ち……父上」
アルバート侯爵はフォードを叱責した後、私の前で深く頭を下げてくれた。
「儂の莫迦息子が酷い事をした。クリスタ侯爵にもリエッタご令嬢にも、大変無礼な事をした。後日クリスタ侯爵の下へは改めて直接出向くとして、アルバート家当主としてまずは謝罪させて欲しい。大変申し訳なかった」
「いえ、アルバート侯爵が謝る事ではありませんから」
「いや、此処に居る莫迦息子は、王立オランディア学園創立記念祭という素晴らしい宴の場まで穢してしまった。アルバート家はフォードではなく、あそこに居る次男のグレイに継がせようと思う」
「ま、待ってください父上」
「黙れこの恥知らずが! お前は二度とアルバート家の敷居を跨げないと思え! 王立オランディア学園は退学だ!」
「そ、そんな……」
膝から頽れ地面へ座り込んでしまうフォード。アルバート侯爵は私へこう続けた。
「リエッタ嬢、すまない。彼奴はもうアルバート家の人間ではないため、リエッタ嬢との婚約も無効となってしまうが、良いか?」
「ええ、構いません。アルバート侯爵、ひとつお願いが……」
アルバート侯爵へ耳打ちすると、それで気が済むならと侯爵からは快諾の返事を貰った。私は両の瞳に全ての怒りを凝縮させ、口元は満面の笑みを浮かべた状態で、頽れたままのフォードを見下ろす形で見つめる。焦点が合ってないまま、こちらを見上げる元婚約者。
「フォード」
「はい、リエッタ」
「あなたは謝らないの?」
「……すまない」
「声が小さい」
「すまなかった!」
「さようなら」
――パシン!
乾いた平手打ちの声が静まり返った会場に響き渡り、次の瞬間、会場の各所から起きた拍手の点が段々と連なって面となり、大拍手が沸き起こる。フォードと関係を持っていた者とフォードが退場した後、ゴードン夫人から耳打ちされた。
「最高の平手打ちだったわ」
「ありがとうございます」
「あなたより三つ年下のうちの子、今度紹介しましょうか?」
「考えておきます」
こうして、私の婚約破棄大作戦は無事に成功を収め、晴れて私は自由の身となる。
尚、王立オランディア学園創立記念祭から一週間後、私の元へ何十もの求婚の手紙が届いたのは言うまでもない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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