桜の咲く頃に
「ねぇ、桜の花言葉って知ってる?」
「花言葉?なんじゃそりゃ」
「ふふっ、じゃあいいや」
「なんだよ、教えろよ」
「やだ!内緒にする!」
「そんな勿体ぶるなよ……」
「絶対にお手紙を書くから、私のこと忘れないでね」
「忘れるわけないじゃん。で、桜の花言葉って何なの?」
「ふふふ、もう教えたのに雷葉ったら〜」
「は?意味わかんね。桜翔の意地悪!」
「私のこと忘れないでね?ふふっ」
「だから忘れないってば。手紙くれるんだろ?」
「うん!」
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「安直な奴だな」
桜翔から届いたのは、桜柄の便箋にびっしり文字が書かれた手紙。あの日の会話が鮮明に蘇る。
「返事どうすっかな。葉っぱの便箋とかあるかな」
桜翔は小2まで家が隣で、よく一緒に遊んでいた。急に引っ越すと知らされた時は心底驚いたが、年に一度の文通によって俺たちの交流は続いていた。
近所においしいクレープ屋さんができたとか、新しい学校でも友だちができたとか、たわいもない話を繰り広げた。
しかし、中3になると桜翔からの手紙が途絶えた。今年はお互い受験生だからきっと忙しいんだろう。そう思ったまま、気づけば3年経っていた。
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「なぁなぁ、今日から来た転入生見たか?めっちゃ可愛いらしいぞ」
「こんな時期に!?マジで!?雷葉は知ってた?」
「いや、全然そういうの興味無いから……」
「お前ってやつは……さてはムッツリだな?」
「違う違う、こいつは幼馴染ちゃんにゾッコンなんだよ」
「ばかっ!そんなんじゃないから!」
「ムキになってやんの〜ぷぷぷ」
「おい見ろ!あの子だよ!噂の転入生!」
「桜翔!?」
「え、なに、雷葉の知り合いなの?」
俺は無意識に立ち上がり、気づいたらその転入生を追いかけていた。
「桜翔……だよな?桜に翔ぶで桜翔」
「えっと……どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「あっ、いや、知り合いに似てただけかも。ごめん」
「謝ることじゃないですよ。我ながら珍しい名前だと思ってるんで、びっくりしちゃいましたけど」
「そうだよな、なかなか聞かないかも」
俺が見間違えるわけない。目の前にいるのは紛れもなく桜翔だと直感が告げているのに、彼女は俺のことを覚えていなかった。
「桜翔〜!次、移動教室なんだから早く〜」
「分かってる!すぐ行く!……ごめん、友だち待たせちゃってて」
「おう、呼び止めちゃってごめんな。とにかく気にしないで」
「うん。ところで君の名前は?」
「雷葉だよ。雷に葉っぱで雷葉」
「そっか!雷葉くん、これからよろしくね!」
そう言うなり桜翔は小走りで廊下に向かった。
「何が私のこと忘れないでね……だよ。忘れたのはそっちじゃん」
あまりにも小さく呟かれたその言葉を聞く者はいなかった。
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放課後になり、家に帰ろうとしたら懐かしい人物が玄関先で母さんと立ち話していた。
「楓さん!?」
「よっ!雷葉も大きくなったね!久しぶり!」
楓さんは桜翔のお母さんだ。幼い頃にオバさんと呼んでひどく怒られたものだ。桜翔のお母さんって呼ぶようにしてたんだけど、長いから名前で良いってことになって、楓さん呼びで定着した。
「なんで楓さんがこんなところにいるの?」
「だって我が家は隣だし?ご近所さんに挨拶周り的な?」
「えぇ!?引っ越してきたの!?」
「色々あってねぇ、戻ってきたのよ」
もしかしたら桜翔のことかもしれないと思って詳しく聞こうとしたけれど、母さんによって阻まれた。
「積もる話もあるだろうけど、雷葉も帰ってきたし、そろそろ晩ごはん作らなきゃ。ごめんね楓ちゃん」
「良いのよ、うちもそうだから気にしないで〜」
呆気なくお開きとなり、それぞれの家に帰った。
「ねぇ、母さんは桜翔に会った?」
「会ってないよ。桜翔ちゃん大変みたいね……」
「え?どういうこと?」
「楓ちゃんから聞いた話によると、中3の頃に交通事故で記憶喪失になったんだって」
「交通事故……?記憶喪失……?」
「しばらく様子を見ても思い出せそうになくて、昔いた場所に行けば思い出せるんじゃないかってことで引っ越してきたみたいよ」
「じゃあ、俺のことも……」
「覚えてないんじゃないかしら……事故より前の記憶がダメみたい……」
桜翔の初対面のような反応にも納得だ。
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「桜翔!あっ、馴れ馴れしすぎるか……桜翔ちゃんおはよ!」
「雷葉くん、おはよ!なんでか分かんないけど、ちゃん付けされるのちょっと気恥ずかしい……かも?」
「そっか、じゃあ桜翔って呼んでいい?」
「うん!」
「桜翔は桜の花言葉って知ってる?」
「花言葉?急にどうしたの」
「良いから良いから」
「桜は好きだけど、花言葉は知らない」
「そっかぁ、知らないかぁ」
「あー!不敵な笑みだ!なによぅ」
「べーつに?何にもないよ?」
「絶対に何かある!雷葉の意地悪!……わっ、今呼び捨てしちゃった……ごめん」
「雷葉で良いよ。俺もくん付けは気恥ずかしい」
「そ、そっか。ありがとう」
「あのさ、桜が好きなんだったら今度一緒に見に行かない?ずーっとこの景色を忘れたくないなって思えるとっておきの場所を知ってるんだ」
「なにそれ!見たい!桜を見るとね、なんだか懐かしい気持ちになるの」
「俺もだよ」