38 償い
文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
「エルヴェ、部屋に訪ねて来るだなんてどうしましたの?」
エルヴェはいつになく真剣な眼差しでアリエルを見つめると言った。
「君にまだ話していない真実が一つ残っている」
「真実……ですの? それを今?」
アリエルが不思議そうにそう言うと、エルヴェは頷いた。エルヴェは人払いをしアリエルの手を取ると、並んでソファに腰掛けた。
アリエルが静かに待っていると、しばらくしてエルヴェが口を開いた。
「アリエル、以前この事実を話せば私は君に嫌われるかもしれない、と言ったことがあったね。覚えているか?」
アリエルは黙って頷いた。
「今日はその話をしたい」
そう言うとエルヴェは真剣な眼差しでアリエルを見つめる。
「実は私も君同様、この世界を一度遡っている」
アリエルは驚いてエルヴェを見つめ返す。そして混乱しつつも今までのことを思い出し、エルヴェに対する違和感の正体はこれだったのかと納得した。
だが一つ、その告白の内容に引っかかることがあった。
「君と同様、とはどういうことですの? エルヴェは私も遡ったとなぜ知ってますの?」
「当然だ、そう願ったのは私なのだから」
「え? 願った……?」
「そうだ」
そう言うとエルヴェは自嘲気味に笑い語り始めた。
「昔王宮の庭で私と過ごしたのを覚えているね?」
アリエルは頷く。
「あれは父親同士が決めた婚約者同士の顔合わせをするためのものだった。父から『今日お前の婚約者を庭に連れてきた。会ってきなさい』そう言われて庭に行った」
「そうでしたの。だからあの日は私だけ王宮へ連れて行かれたのですね」
「そうだろう。親の決めたこと、当然私も最初は乗り気ではなかった。だが、君に実際に会って話しているうちにその、私は君をとても気に入った。いや違うな、君に恋をしたんだ。初恋だった」
「はい、えっと、あの、はい……」
アリエルはあの時の気持ちは一方通行ではなかったのだと思うと、嬉しさと恥ずかしさから顔を赤くしたが、エルヴェを盗み見るとエルヴェの耳も赤くなっていた。
しばらく二人とも無言になったのち、エルヴェが気を取り直したように続けた。
「それであの時のことだが、君の父親が君のことをベルと呼んだね? だから私はあの時会ったのは君ではなく、ずっと妹のアラベルだと思い込んでいた」
それを聞いたアリエルは、舞踏会で再会した時のエルヴェの態度に合点がいった。だが不思議に思う。
「国王陛下から姉の私と婚約すると聞いておりませんでしたの?」
「いや、ホラント伯爵令嬢の双子の片割れと婚約すると聞いていた。そして私はあの時、あの場に来たのはアラベルだと勘違いしていた。フィリップが君のことを『ベル』と呼んでいたしね。だから後日、姉である君と婚約が決まりそうだと父上から聞いたときは、君と婚約せずに何としてでも妹のアラベルと婚約しようとした」
「そうなんですのね……」
「あぁ、本当に愚かだった。そして愚かな私は君の意見を一切聞かずにアラベルの言うことをすべて信じた。君は昔庭で私にペンダントをくれた時にこう言ったね『私が持っていてもいずれなくなってしまうから』と。アラベルが君に物を盗られると訴えた時、そういうことだったのかと納得した。そして、やはりアラベルがあの時に来ていた少女だと信じる材料となった」
「それは、私があの頃よく自分のお気に入りのアクセサリーをなくすことが多かったからですわ」
エルヴェは頷く。
「フィリップも言っていたが、アラベルが君の物を盗んでいたからだね」
そう言うとエルヴェはアリエルの手を取った。
「本当にすまない、謝って済む話ではないこともわかっている。私は当時君の話をろくに聞きもしなかった。あの時に少しでも君の訴えに耳を傾けていれば……」
アリエルは頭を振ると話の先を促す。
「それで、なぜ私が庭で会った令嬢だと気づいたのです?」
「気づいたのは、君が処刑される瞬間だった。君の首筋にペンダントをくれた時に見た、あの独特な星の形のほくろを見つけた時だ」
それを聞いてアリエルは、はっとしてエルヴェを見つめた。
「ではあの私の最後の瞬間に中止を叫んだのはやはりエルヴェでしたの?!」
エルヴェは意外そうな顔でアリエルを見つめ返すと言った。
「あの時の声は君の耳に届いていたのだな……。だが結果としてそれは遅すぎたが」
アリエルはあの瞬間を思い出し身震いした。そんなアリエルをエルヴェは優しく抱き締める。
「怖いことを思い出させて済まない。そのあとどうなったかを話しても?」
アリエルはエルヴェから体を離すと頷いた。
「あの瞬間、君が言っていたことは事実だったのだと気づいた私は、アラベルを徹底的に調べた。そして君のこともね」
そう言うとエルヴェは言葉を切り、とてもつらそうな顔をした。
「すまない、つらいのは私ではなく君なのに」
そう言うと、アリエルに作り笑顔を向け続ける。
「私は君の両親にアラベルの話を訊いて彼女の異常性を知り、そしてアンナや君の両親の口から、君が、君がどれだけ私に会うことを楽しみにしてくれていたのか聞いたんだ……」
エルヴェはふーっと大きく息を吐いた。
「そうして調べていくうちに、アラベルがシャティオンと裏で結託し、君を陥れたことを突き止めた」
「そうなんですの。そのあとの二人は?」
「もちろん今回のように私は彼らを裁きその罪をその命を以て償わせ、そして君の名誉を回復することに尽力しそれを叶えることができた」
そう言うとエルヴェはアリエルを真剣な眼差しで見つめた。
「だが、すべてが終った時に気づいた。私のとなりにはもう君は居ないということに。君が処刑されてからそれまでは、真実を知るためにがむしゃらに突き進んでいた。だからそれを実感する間もなかったんだ。だが、そうしてそれを実感した瞬間に本当の絶望が私を襲ったんだ」
そう言うとエルヴェはつらそうに大きく息を吐いた。そして一息おくと話を続ける。
「何も手につかなくなった。私の世界は一変してしまったんだ。そうして生きる意味を失った私は毎日のようにホラント家に通い、来る日も来る日も君が生きていた時のことを君の両親や侍女の口から聞いた。それがどんなに些細なことだとしても、少しでも君が生きていたことを感じていたかった」
「エルヴェ……」
アリエルが慰めるようにエルヴェの頬を撫でると、エルヴェはその手をつかみ手のひらにキスするとそのまま胸に抱いた。
「そんなある日、母上が言った『王家ではこんな言い伝えがある“ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン”は強く願えば一つだけ願いを叶えてくれることがある』と。それが本当かどうかわからなかったが、私は藁にも縋る思いで『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』に願った『過去に戻って君にすべてのことを謝り償いたい』とね」
「では本当に……?」
「そうだ。私は強く、強く、心の底から強くそう願った。その瞬間、まばゆい光に包まれた私は気がつけばあの舞踏会の一週間前に戻っていた」
そう言って微笑む。
「君に会いに行ったが君は私を避けていたね、それで君も一緒に遡ったと確信したんだ。だからこそ、これで君に償いができるとも思った。そして今度こそ君を守り救うと心に誓った」
「そんな、私如きに大切な願いを使ってしまってよろしかったのですか?!」
「いや、君のことだからこそ使ったんだよ。私にとって君は私のすべてなのだから」
そう言うと立ち上がり、アリエルの前に跪く。
「私は愚かだった。君の話も聞かず、アラベルだけを信じ君を破滅へと追いやった。そして苦しむ君に救いの手を差し伸べることもなかった。そのせいで、君は一度は儚く散ってしまった。怖い思いをさせた。私のせいだ」
「でも、私を陥れたのはアラベルですわ」
「それでも、私が勘違いをしなければあんなことにはならなかったろう? それは私の罪だ」
誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。
私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。
個人的にDMで返事をさせていただいていたのですが、あまりにもご指摘をいただくことが多いのでこちらにて失礼致します。
時々誤字脱字にてご指摘いただいているパイプラインの削除に関してですが、ルビを入れるための仕様です。
このパイプライン→|を消してしまうとルビをつけることができなくなってしまうので、ご理解のほどよろしくお願い致します。




