剣聖バルロイ
タルタロスに入ってから2500年が経った。
バルロイに挑んだのが700年前、戦績は48990戦48990敗。
多き時で一日に十回以上挑んだこともあった。
戦闘継続時間は平均三分ちょっとといったところだ。
戦えば戦うほどバルロイの不敗神話を実感できる。
バルロイはただの剣術使いじゃない。
例えるなら剣によって魔法を繰り出してくるという感覚に近かった。
極限まで無駄がなく、研ぎ澄まされた斬撃は魔法すら斬り裂く。
空気が割れて真空状態を作られると、勝率は更に大幅に下がる。
さすがに空気がない状態での活動は無理だ。
呪禍による攻撃失敗なんて圧倒的手数の前じゃほぼ無意味だ。
一つ失敗したところでもう一つの斬撃が成功すれば、その時点で負けが確定してしまう。
衰禍による運動能力や攻撃の威力低下も気休め程度にしかなっていない。
今の戦闘継続時間は約三分、今の僕じゃあの無数の斬撃をすべてさばききるなんて無理だ。
その後は冥体変異で元の体を作りなおしてから冷えた頭で考え直す。
これは闇の瘴気が僕の体を蝕んた時のことをヒントにして、ようやくできるようになった。
あの瘴気が僕の体を作り替えようとするなら、元に戻すことだってできる。
あのバルロイはそんな僕を黙って見送った。
格下の逃亡なんて興味もないって感じだ。
あいつが求めているのは自分と互角に戦える相手だからね。
その点をありがたがると同時に、もし相手がバルロイじゃなかったら永遠に逃がしてくれない危険性がある。
HP:40439
MP:38840
攻撃:7355
防御:6300
速さ:5980
魔力:23720
スキル:【忍耐】【時間把握】【ステータス可視化】【冥体】【全状態異常吸収】【全属性吸収】
【ダメージ時ステータスアップ】【冥体変異】
このステータスになっても勝てないなんて、なかなか熱くさせてくれる。
冥界の瘴気の影響があるとはいえ、現世でもあのバルロイこそが全生物をひっくるめて最強に違いない。
ここまで負けたところで今一度、僕のアドバンテージを考え直した。
それはもちろん闇魔法だ。
あいつに剣術で勝つにはあと数百年じゃまったく足りない。
だったら久しぶりに闇魔法の開発をやってみよう。
* * *
タルタロスに入ってから4000年が経過した。
あれからずっとバルロイのことばかり考えて、試行錯誤を繰り返した。
もうこの辺りの亡者じゃ僕のステータスを上げるほどの刺激がない。
HP:74030
MP:64091
攻撃:14224
防御:13944
速さ:12798
魔力:54760
スキル:【忍耐】【時間把握】【ステータス可視化】【冥体】【全状態異常吸収】【全属性吸収】
【ダメージ時ステータスアップ】【ダメージ時与ダメージアップ】【冥体変異】【物理耐性】
「今回はこんなところでやってみるか」
いつも通り、バルロイが待つフロアへ行く。
バルロイは変わることなく複数体に分かれて自分と戦っていた。
そして僕がくるとピタリと止める。
「「「「私と相まみえるか。いいだろう、私はバルロイ、剣の神髄を追い求める剣士だ」」」」
もう数万回は聞いたセリフだ。
この2200年間、バルロイは同じことを言って同じ構えを取る。
あいつにとっては同じことの繰り返しなんだろう。
自分に勝てない相手が挑んでくるなんて、現世で飽きるほど繰り返してきただろうからね。
だから死んだ後も繰り返す。
これまで剣を交えてきた僕だけど、戦っているうちにバルロイの罪がなんとなくわかってきた。
その剣でたくさんの相手を斬り殺したからじゃない。
他を顧みず戦い続けたからじゃない。
単に強すぎたんだ。
意図せずして神に反逆した魔術師ギルバインすら上回る男を、神が見過ごすはずがない。
数万回も戦った僕だからわかるけど、このバルロイの強さは神に届くと確信している。
僕の予想が当たっていれば、要するに神はバルロイを恐れたんだ。
だからその強さを罪として、永遠に報われない無間地獄へ落とした。
冥王が神だとすれば、ずいぶんとみみっちい。
結局、やってることは人間と大差ない。
自分の狭い了見一つで魂の行先を決めているんだから。
「バルロイ、やろう」
僕は剣を構えて、バルロイに向けて走った。
剣適正がEの僕がバルロイと戦った回数は10万回を超える。
適正が最低でも、回数を重ねればいつかは強者に届く。
「腐禍」
開幕、足場を闇が覆って揺らめく。
新たに開発した腐禍は長期戦を許さない。
闇が広がった足場に存在するものは大地に還るべく、等しく形を崩壊させていく。
バルロイの足先が黒ずんで、わずかに腐り始めた。
「くっ……!」
片足の先が腐り落ちて、バルロイは姿勢を崩した。
そこへ終の剣を浴びせにかかる。
だけどこの状態をもってしても、バルロイは回避した。
更に衰禍と呪禍で徹底的にバルロイを弱体化。
ステータスが上がったこともあって、バルロイ相手に互角以上の戦いができた。
この僕があの伝説の剣聖と呼ばれた男と戦っているんだ。
「どう? お望み通り、いい戦いが出来ていると思うよ」
「フ、フハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「アハハハハハハハッ!」
「ハァーーーハッハッハッハッハァーーー!」
お互いが笑い合って刃を交える。
弱体化させているとはいえ、僕も無傷とはいかない。
耳が斬り飛ばされて、指が落ちる。
斬撃の余波だけでこれだ。
バルロイの剣を受け止めるたびに全身に痺れる感覚が広がる。
気持ちいい。体が痛めつけられる苦痛すら、今の僕にとってはいい刺激だ。
誰よりも弱かった僕がこんなにも生を実感している。
今の僕が生きている人間かどうかはどうでもいい。
生きていると思えることが重要なんだ。
たとえ生きていたって死んだような毎日を送っていたら、死んでいるのと同じだ。
僕は今、生きている。誰がなんと言おうと生きている。
これが生きるということだ。
痛みを感じて、強者と血を飛ばし合う。
死の世界でこれなんだから、現世だとどれだけ生を実感できるんだろう?
生きている人達に聞いてみたい。
だけどそんな戦いも終わりがくる。
腐禍によって体を腐らせたバルロイがついに立てなくなった。
「ま、まだだ、私は、剣を……」
戦いが始まって数時間、バルロイのほうが動きを停止した。
体が腐って崩れ落ちて、もう戦える状態じゃない。
上半身を残した状態で、それでも剣を握っていた。
「剣の道の先は見えた?」
「君、は……死者では、ない……か……」
「自我を取り戻したんだね……」
「そう、か、私は……ずっとうなされていたのか……。剣にとりつかれて、悪夢を見て、いた……」
バルロイが頭と腕だけを残して、ずぶずぶと溶けていく。
僕は止めを刺すわけでもなく、黙って見届けた。
「幼少の、頃……父親の剣を、手に取って、みなければ……。また、違っていたのか……あの時、興味を、持たなければ……」
僕がバルロイにかける言葉なんてない。
何がどう間違っていたのか、どうすれば正解だったのか。
そんなものは考えるだけ無駄だ。
失敗したらやり直せばいいだけのこと。
数千回だろうが数万回だろうが、ずっとやり直せばいい。
「少年、礼を、言う……これから見る夢は……せめて、安らかなもので……いたい、も、の……だ……」
朽ちる寸前、僕は終の剣をバルロイの頭部に突き刺した。
闇がバルロイの頭部を覆って、静かにこの場から消し去る。
「安らかでいられるかはわからないけど、苦しむことがないようにしてあげるよ」
僕が偉大なる剣聖と称えられた男に対してできることなんて、この程度だ。
再びその剣が必要とされた時のために。
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