最強の果てに辿りついた男
タルタロスに落ちてから約800年が経過した。
遠い昔にギルバインを越えてからも、次々と現れる亡者相手に戦っていた。
口から無数の骸骨を吐き出す巨人相手に数ヵ月ほど戦い続けたこともあったな。
骸骨達がなかなかの強さで、つい夢中になってしまった。
一体当たり、干ばつ地帯の亡者以上の強さだったかな。
パワーもなかなかのもので、数分もあればギルバインの結界を破れると思う。
そんな相手だけど、戦い続けているうちにいくら群れようが相手にならなくなる。
終の剣で一刀両断して終わらせた。
弱いな。無限地獄タルタロスなんて言うから、もっと恐ろしい亡者が出てくるかと思ったのに。
HP:19843
MP:17330
攻撃:2355
防御:3001
速さ:1843
魔力:23720
スキル:【忍耐】【時間把握】【ステータス可視化】【冥体】【全状態異常吸収】【全属性吸収】
【ダメージ時ステータスアップ】【冥体変異】
【全状態異常吸収】は忍耐の果てに得たスキルだ。
毒なんかを受け続けるうちに、それ自体を活力にできる。
【全属性吸収】も受け続けているうちに発現した。
【冥体】は今の僕を表す状態だ。
生者でも死者でもなく、命尽きて魂となることもできない。
致命傷を受けても死ねず、ただ苦しみのみが続く。仮にHPが0になっても死ねない。
不死身といってしまえばわかりやすいけど、決定的に違うのはこれに伴う冥体変異だ。
つまり今の僕は自分の意思で今の姿をしているだけで、形くらいはいくらでも変えられる。
今まで出会ってきた亡者達がそれを体現していたから、僕にも同じようなことができるわけだ。
ただあまり好ましくない姿になるから、滅多に使わないけどね。
僕もそれなりに成長してるはずなんだけど、今一自信が持てないのはかすかにある記憶のせいだ。
いつか僕をゾンビと罵った奴らがいる。
そいつらによれば僕には何の適性もない落ちこぼれらしい。
当時は恨んでいたのかもしれないけど、それが世界の理だと理解すれば腹も立たない。
ルールや倫理なんて、強者が作ったものだ。
生きるためには逆らわないようにして踏みつけられて生きるか。
もしくは踏みつけて生きるかだ。
このタルタロスなんて顕著じゃないか。
死んでも尚、苦しみながらも殺意と暴走を止められない。
死んだところで苦しみからは解放されない。
だったら強くなるしかないんだ。
どんな苦しみにも耐えて乗り越える。
この800年間、ずっとそうしてきた。
気がつけば僕は更なる苦しみを求めていた。
そうすればもっと強くなれるとわかっているからだ。
だけどここ最近は本当にガッカリする相手しかいない。
あの最高の魔術師と言われたギルバインでさえ、当時の僕でさえものの数秒で倒せたんだ。
あれ以上の亡者となると、このタルタロスでさえいるのかどうか。
名前を憶えている亡者なんてあいつくらいだ。
口から骸骨を吐き出してきた巨人なんて名前すら憶えていない。
何か言っていた記憶はあるけど。
そんな風に考えながら戦うこと1800年。
辿りついたそこは闘技場みたいな場所で、大勢の人が戦っていた。
互いに斬り合って血しぶきが飛ぶけど、一向に決着がつく気配がない。
それ自体は今更、驚くことじゃない。
亡者同士が争っているなんて、この1800年の間でいくらでも見てきた。
おかしいのはこいつらの姿だ。
何せ戦っている人間、全員が同じ顔をしているんだから。
同じ剣、同じ服装、同じ動き。
同じ人間同士と解釈すれば、決着がつかないのは当然だ。
ちょっと面白そうだから声をかけてみよう。
「精が出るね」
僕が声をかけると、全員がピタリと動きを止めた。
一斉に同じ顔が僕のほうへ向く。
今まで色んな亡者を見てきたけど、そんな僕でさえちょっと異様に思える。
同時になんだかいい予感がした。
この人達と戦ってみたい。少なくともいつかの骸骨軍団とは比べ物にならないくらい強い。
僕は剣を構えた。
ん? この顔、どこかで見たような?
「「「「私と相まみえるか。いいだろう、私はバルロイ、剣の神髄を追い求める剣士だ」」」」
「バルロイ……もしかして剣聖?」
全員が同じ声、同じタイミングで話す。
同じポーズで、同じ身振り手振りをするものだから大量の鏡が置いてあるのかと思える。
剣聖バルロイ。
剣の道を志すなら絶対に誰もが聞いたことがある名前だ。
元々は田舎の村で暮らしていた少年だけど、幼いながらも剣術が達者だった。
そんな少年を、たまたま村に立ち寄った騎士団長がスカウト。
わずか十二歳で王国騎士団入り、それから三年後には騎士団長にすら膝をつかせた。
当時の騎士団長が自棄になって引退した後はバルロイが騎士団を率いるようになる。
ところがわずか一年後にバルロイは騎士団長を引退。
それから各国を巡ってひたすら強い相手を追い求めて闘いの日々に明け暮れた。
十六歳の少年に名のある剣豪が歯が立たず、人々は彼を剣聖と呼んで称える。
教えを乞う者、慕う者、すり寄る者。
バルロイはそんな人間に興味がなかった。
あるのは自分と互角に戦える剣士のみ。
それからの行方はわからないらしい。
と、これも誰から聞いたんだったかな。
なんでこんなことを覚えているんだろう?
「「「「人は私をそう呼ぶ。しかし私は何も極めていない」」」」
「一番強くなったのに?」
「「「「たかが頂点に立ったくらいで、何を満足できようか? 私が知らない剣の道はどこにある? 剣の道とはそれほど短いものだったのか?」」」」
バルロイ、いや。バルロイ達が震えている。
そうか。バルロイは強すぎる余り、退屈していたんだ。
人から称えられようが、自分が満足していなければどんどん乾いていく。
強すぎたせいで歯止めが利かなくなって、こんなところに落とされるわけだ。
だとすれば剣聖や最強の剣士、それ自体が罪といっていいかもしれない。
「私には剣術しかなかった。来る日も来る日も戦い続けたが……誰も私に刃は届かなかった。斬っても、斬っても、斬っても」
「私の相手になるのは私自身……だけど満たされなイ……教えテクレ、オレハ、ドウズレバ……」
「私と戦エ」
「私と斬り結ベ!」
「死合え!」
最強の剣士の相手なんて最強の剣士しかいない。
バルロイはタルタロスに落とされてからもずっと自分と戦っていた。
自分という最強の剣士と戦っても尚、満たされない。
いくら最強の剣士が何人いようが、本質的な意味でバルロイはただ一人しかいない。
たくさんのバルロイがたくさんのバルロイと戦おうと、そこにいるのは常に一人だ。
そんなことにも気づかずに未だ戦い続けている。
ちょっと興味が沸いた。
無能の僕が戦って勝てる相手じゃないけど、剣聖と剣での勝負ができる機会なんてない。
「「「「少年、斬り合ってくれるか」」」」
僕の様子を見たバルロイが察した。
やがてバルロイ達は一人のバルロイになり、顔半分の髑髏が剥き出しになっている。
衣服も破れて、切り傷から大量の血が滴っていた。
これがバルロイの本当の姿か。
傷つき、限界がきているのにそれでも戦い続ける猛者の姿だ。
「じゃあ、いくよ」
こうして僕とバルロイの戦いが始まり、決着はわずか数秒だった。
目に見えない速さで全身の体が切り刻まれて、原形をとどめないくらい細切れにされてしまう。
いくら冥体とはいえ、そこまでやられたら逃げて元に戻るのに一苦労だ。
冥体変異で体をある程度まで修復させた後は気づかれないように全力で逃げた。
スキルも何もあったものじゃないな。
それから何回か挑戦したけどまったく同じ結果だ。
あまりに勝てなすぎて笑っちゃった。だけどそれがいい。
たぶんいつかのギルバインより遥かに強い。
極めた剣術は魔術に勝るなんて、剣士の間では有名な言葉だ。
と、これも誰から聞いたんだっけ。
ちょっと強敵登場?ですが問題ありません!
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