表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/41

古の魔術師ギルバイン

 タルタロスを歩き続けて、今日でちょうど二百年が経過した。

 たまに自分がなんでこんなところにいるのか思い返そうとする。

 だけど遠い昔のことなんて、なかなか思い出せない。


 もう僕は何かの罪を犯してここに落とされたんじゃないかとさえ思う。

 だけど僕は死者じゃない。

 その事実があるからこそ、かろうじて僕が僕でいられる。


 当初はさっぱり魔力というものに理解がなかった僕だけど、今や様々な応用を利かせられる。

 まずは身体能力の強化。

 闇の瘴気のおかげで今も格段に上がっている魔力があるから、二百年も経てばさすがに理解が深まる。

 魔力で身体強化ができると知ったのは確か百三十年前だったかな。

 これを使うと肘や膝に黒い靄が纏う形になるから、最近はちょっと気に入っている。


 それと二百年もめげずにひたすら戦い続けたおかげで、剣だけで亡者を退けたこともある。

 ちなみに今使っているこの剣は亡者から奪い取ったものだ。

 首だけが異様に長い四足歩行の骸骨剣士が使っていたもので、これがなかなか気に入っている。


 身体強化の他に対象の運動能力などを大きく落とす【衰禍(ウィーク)】。

 その他には僕への攻撃が高確率で失敗する【祟禍(カース)】。


 ほぼこの二つで死や滅びという概念がない亡者を挫くことができる。

 属性の闇というものが今一わかっていなかった頃は、どう扱っていいものかと頭を悩ませた。

 闇というのは暗闇だとか、わかりやすい視覚的なものだけに限らない。


 闇という概念は広義な意味で捉えるべきだ。

 混沌、災い、腐敗。闇はこういった人間に歓迎されないものを含む。

 心の闇なんて言葉があるように、僕は闇を負と解釈した。


 だとすればわかりやすい。

 何せこっちは二百年もかけて魔力や魔法、闇を理解したんだ。

 それだけの時間があればゾンビでも魔法くらい使いこなせる。

 

 火だの水だのわかりやすい魔法の適正がないなんて些末なことだ。

 魔術学だの魔道書理論だの、小難しい理屈を並び立てたところで要するに敵を屈服させればいい。

 二度と戦えないようにすればいいだけなら、闇魔法一つで事足りる。


 干ばつ地帯を歩き続けた果てにいたのは人面蛇のヒドラだ。

 これも百年前の僕なら手も足もでなかっただろう亡者だろう。

 火、水、氷。あらゆるブレスを吐き散らしてきたけど祟禍(カース)一つで十分だった。

 人面ヒドラが僕に攻撃を成功させることはない。

 首と首が絡まって窒息する様子は思わず大笑いしてしまうほどだった。


 それから五百年。

 今更ながらに気づいたのは、このタルタロスに落とされた亡者の大半は自我を失っている。

 元がどんな人間だったのかさえわからないような化け物が襲いかかってきた。


 昔の僕なら余計なことを考えていたけど、今は相手が何であったかなんて興味すらわかない。

 タルタロスに落ちて久しぶりに僕の感情を動かした出来事といえば、干ばつ地帯に終わりが見えたことだ。

 大きな谷になっているそこは、らせん状の道で谷底に下りられるようになっている。


 その途中に入り口が無数にあり、一つずつ調べていたら何百年かかるかわからないほどだ。

 一つずつ覗くけど大半がどうでもいい亡者が潜んでいるだけ。

 だけどこんな個室みたいなものを与えられるような亡者だから、それなりに強かった。


 こいつらを十としたら、いつか戦った人面ヒドラは三か四。

 つまり二、三倍は強い。

 そんな感じだけど、驚いたことに闇魔法を使わずとも剣術だけでどうにかなってしまった。

 無数に刻んでやると身動きが取れず、抵抗する気力すら失っている。


 剣の適正Eの僕でも五百年も使い続ければ、それなりにマシになるものだとちょっと感心した。

 気分はウキウキで洞穴の一つを覗いた時だ。


「……驚いた。客が来るとはな」


 人の声を聞いたのはいつ以来かな。

 そこにいたのは腰が曲がった老人だ。

 岩に腰かけて、皮膚には細かい皺が無数に走っている。


「ワシは偉大なる魔術師ギルバイン。生涯かけて魔術を極めた史上最高の魔術師じゃ。驚いたぞ、まさか生きている者がここに辿りつくとはな」

「ギルバイン……歴史上、最強とまで称えられた魔術師。だけどある日、研究所として使っていた孤島が津波に飲まれて死亡した……」

「よう知っておるの。だが一つだけ間違いがある。ワシは殺されたのじゃ」

「誰に?」


 昔のことはあまり覚えてないのに、こういうことだけは覚えている。

 大昔、とある二大王国間で起きた魔術戦争をたった一人で終結させたと聞いている。

 その方法が国家間に結界を張って、二度と干渉できないようにするといったものだ。


 魔術戦争から数百年経った今もその結界は破られていないらしい。

 現代においてもギルバインを超える魔術師は未だいないと、誰から聞いたんだっけな。

 そんな偉大な人物が許されない罪を犯してこんなところにいるのか。


「……神に、じゃよ」

「神?」


 ギルバインは座ったまま、宙の一点を見つめている。

 妙なことを言うな。

 と、言いたいところだけど死者の世界や冥王が存在するという現実に直面しているんだ。

 神くらい存在したところで、あまり感情は動かないな。


「ワシが生涯かけて追い求めて研究した不老不死の魔術……。人が冒してはならない領域……そんなものはわかっとる。しかし魔術とは即ち可能性……のう、少年……。ワシは間違っておるか?」

「知らないよ。何が罪かなんて、結局は何かの都合で決められる。神様にとっては良くないことだったんだよ」

「ク、ククッ……小僧がッ! 貴様までワシを、ワシを愚弄するかッ! 許さん! 許さン、ゾ、オォォ!」


 ギルバインから複数の腕が飛び出して青色に変色した。

 目玉はぎょろりと飛び出していて、その見た目は巨大人面グモ。

 老人の顔が歪んで、舌が大きく垂れ下がっていた。


 納得できなくても、世の中がそうなんだからしょうがない。

 大体この死者の世界だって冥王の裁量一つで罪とされてしまうんだ。

 ギルバインは禁忌の術に手を出して、冥王がそれを許されない罪とした。


 しょうがないじゃないか。

 仮に神様が不老不死だったとしても、人間に不老不死になられたら癪なんじゃないかな?

 人間だって身分が高ければ、やりたい放題だ。強ければ何をしても許される。

 と、なんだか遠い昔の記憶がかすかに残っていたのかな。


「ググ、グバァーーーーーーッ!」


 巨大人面グモが口から糸を吐き出して結界のようなものを作った。

 魔術大戦を終結させたという結界だとしたら、ちょっと厄介かもしれない。

 更にその糸は僕にまで絡みつく。


「ゲゲゲゲ、グギギィーーーーー!」

「しょうがないよ。偉大なる魔術師よりも強い奴がいた。ただそれだけなんだ」


 巨大人面グモが奇声を発している。

 さっきまで理性をもって流暢に喋っていたように見えるけど、最初からそんなものはない。

 こいつらは生きていた頃の朧気な記憶の中にあった自分の言葉を音として発しているだけだ。


 受け答えもその時の記憶をベースにして喋っているだけ。

 熱病にうなされているかのように、本人の意識なんてほぼない。

 仮に僕がこの場から何とか逃げ切れば、またこいつは何事もなかったかのように人の姿としてここに居座る。


 姿形が違うだけで、根本的には何も変わらないというわけだ。

 最初こそ同情したことはあったけど、そんなものがここで何の意味も成さないと知ってからは感情を捨てた。

 ここにいるのは人間の成れの果てだ。

 

衰禍(ウィーク)


 僕にまとわりつく蜘蛛の糸のような結界は紛れもなくギルバインのそれだ。

 何百年も効力を失わない結界なんだろうな。

 僕から放たれた闇の瘴気が結界に張り付いて、間もなくして色あせていく。


 結果、ギルバインの結界はわずか数秒で効力を失った。

 僕はそのまま巨大人面グモに向かって歩く。

 衰禍(ウィーク)となった闇の瘴気はそのまま巨大人面グモを覆う結界すらも消した。


「ア、ギギ、アアァギギギィァアアァ!?」

「生前、自分の魔術が破られるとそんな風に混乱したのかな? どうでもいいか……終の剣(ダークセイバー)


 闇の瘴気が剣を覆って、漆黒の刃と化す。

 迸る闇の瘴気と共に巨大人面クモを一刀両断した。

 断面にじわりと闇の瘴気が侵食して、最後は巨体ごと黒く包み込む。


 巨大人面グモは跡形もなく消えた。

 その魂は永遠に闇の中に葬り去られた。

 もうタルタロスのどこにも姿を現わすことはない。


 死の概念がない以上、滅ぼすのは不可能だ。

 だったら闇に葬る。

 これが僕が考えた彼らに対するせめてもの救済だ。

 もう惨めにこんな世界で苦しまなくていい。

 暗い闇の中で静かに眠ったほうがまだマシだろう。

ブックマーク、応援ありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら

ブックマーク登録と広告下にある☆☆☆☆☆による応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ