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タルタロスの瘴気

「また来たの?」

 

 タルタロスに落ちてから50年が経過した。

 何度目かわからない刃の異形の襲撃だ。

 解体してしっかり食べたのに、しばらく経つとまたどこからともなく現れて復讐にやってくる。

 ここは冥界の最下層、相手は死者だから死の概念がない。


 だからいくら殺したところで無駄だ。

 この刃の異形、訓練相手としてはちょうどよかった。

 初めてタルタロスに来てからもうかれこれ数十回以上、撃退している。

 最初は無傷での勝利は難しかったけど、今は数秒以内に決着できた。

 今回も難なく解体してから食べ尽くす。

 三十八回目の襲撃で、刃の異形の襲撃が一切なくなる。

 さすがに懲りたかな?


 すべての武器適性がEの僕がここまでやれるようになったのは、すでに五十年以上の年月が経っているからだ。

 僕は時間経過を常に体内で刻めるようになっていた。

 体内時計とはちょっと違うんだろうけど、常に時間を意識して記憶できる。


 僕の忍耐、こうやって普通の人は心が折れてやらなくなることを継続できるのが強みだと気づいた。

 普通の人が常に時間を意識して数えたりなんかできない。

 剣術にしても、さすがに50年以上も続けていればマシになる。

 しかもそれだけじゃなくて、僕は苦痛に耐えれば耐えるほど耐性がつく。


 思えばあの二人からの暴力も最初は痛かったけど、そのうち少し痛い程度になっていたな。

 ゴブリンとばかり戦っていたあの頃だって、気づかないうちに少しずつ忍耐のおかげで耐性ができていた。

 僕がここまで成長できたのは、この劣悪な環境に身を置き続けたせいだ。

 

 ゴブリンやあの二人程度の攻撃じゃ大した耐性はつかない。

 それがこのタルタロスに来てからは急激に成長した気がする。

 つまり僕はダメージを受ければ受けるほどしぶとくなるわけだ。


 これが僕のユニークスキル、忍耐の真価だ。

 こんなひどい場所に五十年もいて平気なのは、精神面も同じく鍛えられているからだと思う。

 打たれるほど鍛えられるなら、現世にいたあの二人には感謝だ。


 でもあの二人の名前ってなんだっけ?

 いつの間にか思い出せなくなっていた。まぁどうでもいいか。

 そんなことより、今は武器の問題だ。


「うーん、そろそろ新しい武器がほしいなぁ」


 途中で今まで使っていた剣が折れたから、刃の異形から拝借して使っている。

 持ち手の部分が痛いけど、怪我なんて相変わらず闇の靄が治してくれた。


 未だにこれが何なのかはわからないけど、あまりいいものではないのかな。

 僕の体が黒に近い色になっているし時々ものすごく苦しくなる。

 頭痛、めまい、吐き気。あらゆる苦痛が襲ってきて動けなくなるのはきつい。


 でも悪いことばかりじゃない。

 この闇の靄が体に浸透するたびに、色々と変化が起こった。

 まず怪我が治ること。

 闇属性の適正がSであることと、この闇の靄が僕に与える影響が無関係とは思えない。

 たまに取り込みすぎてひどく苦しくなるけど、その後は不思議と気分爽快だ。

 

 そしてこれはつい最近になってできるようになったことだ。

 闇の靄が僕の体内に取り込まれたことで、より自分の状態を客観視できるようになる。

 自分の状態が頭の中により意識できるというか。


HP:7332

MP:4330

攻撃:543

防御:302

速さ:204

魔力:8755

スキル:【忍耐】【時間把握】【ステータス可視化】


 HPは僕がどれだけのダメージを受け止められるか。

 MPはどれだけ魔法が使えるか。

 防御はどれだけ攻撃を防ぐ力があるか。

 速さはどれだけ速く動けるか。

 

 僕の理屈でいえば、速さが上がれば必然的に防御も上がるはず。

 でもそうとも限らないのは、僕の防御に関するセンスが関わっている。

 つまりいくら早く動けるようになっても、防御できる手段がなかったり反応できなければ意味がない。


 魔力は魔力、これがよくわからない。

 魔法が使えないのになぜか魔力が増えている。

 僕の仮説が正しければ、原因があるとすれば黒い靄だ。

 これが僕の体に取り込まれるたび――


「う、うっ、ああぁ、うぁぁッ! 痛い! あ、頭が、は、吐き気が、ア、アアァァ……!」


 黒い靄が僕に集まってくる。

 まるで僕の体が帰るべき場所だと言わんばかりに凄まじい勢いで取り込まれていく。

 苦痛に加えて、意識が薄れていきそうになる。


 今までの人生での記憶がまるで虫食いのように消えていく感覚を覚えた。

 その度に僕が僕じゃなくなる気がしてくる。

 ふと片腕を見ると、それは完全な漆黒に染まっていた。


「あ、そ、そう、か……ハハハ……」


 あの刃の異形がどうやって誕生したかを考えれば簡単にわかる。

 元人間だったあいつがあんな化け物になったのも、このタルタロスの黒い靄を吸い続けたからだ。

 吸い続けているうちに記憶が抜け落ちて、化け物になってしまう。


 僕は忍耐があるから長い間、耐え続けていられた。

 普通ならもっと早い段階であんな風になるんだろう。


 これが無間地獄タルタロス。

 人の姿ですらいられなくなり、未来永劫哀れな姿でさ迷い続ける。

 まるで熱病にうなされるかのように、かすかな意識を保ったまま動き続ける。


 何もないこの場所を。永遠に。

 何一つ目的もなく、意味もなく永遠に。

 なんて罰だ。

 こんなところに来てようやく悪いことはするもんじゃないなと反省しても遅い。

 僕は今、意識が奪われつつある。


「う、ク、クァ、アアァ……!」


 闇の靄、いや。タルタロスの瘴気が僕を汚染していく。

 頭の中にあるのは惨めな思い出だ。

 いつもバカにされて、時には殴られる。

 騙されて報酬を奪われたこともあった。

 どこかで働けば、わずかなお金しか貰えない。


 こんな記憶なら忘れてしまったほうが――


――じゃあ、またね


 また、ね? この声は、確か。


 また、か。またの機会、あればいいな。


 そうだ。なんで僕がこんなところで化け物にならなきゃいけないんだ。

 

――あの時、ルトが立ち向かう勇気を見せてくれたおかげなんだよ


 立ち向かう勇気、そうさ。

 僕にはそれしか取り柄がない。

 だったらこんなところで負けちゃダメだろ。


「うおぉぉぉーーーーーーーーッ!」


 雄叫びを上げて全身に力を入れる。

 瘴気は僕を蝕もうとしてくるけど、必死に抵抗した。

 今にして思えばこの瘴気で怪我が治ったのも、僕の体を作り変えようとしていただけかもしれない。

 50年も耐えられていたのは忍耐のおかげだ。


 体の中が虫を這いまわるような不快感に耐えながら、僕は三日ほど堪えていた。

 それから四日目のことだ。僕の体内から瘴気が少しずつ消えていく感覚がある。


 いや、違う。

 正確には瘴気が僕と一体化したんだ。

 大きく息を吸うと、たまらなく心地いい。

 

 おそらく僕の体が瘴気に最適化したんだろう。

 体の色が肌色に戻り、僕は拳を作った。

 体が軽い。というか心地いい。


「あぁ、わかった。そういうことか」


 僕はようやく自分の適性について理解した。

 タルタロスの瘴気は闇そのものだ。

 だってここにきてようやく自分が持つ魔力の意味を理解できたんだから。

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