表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/41

無間地獄タルタロス

 暑い。またしても目が覚めた時に感じたことだ。

 辺りは暗闇どころかオレンジ色に輝く晴れ晴れとした平地。

 地面は干ばつ地帯みたいに所々亀裂が入っている。


 そんなのが地平線が見えるほど続いていて、大小の岩山がぽつんとある。

 暗闇の次は光か。ここも死者の国なのかな?

 それにまたすごい高さから落下したはずなのに生きている。


 痛みはあるにはあるけど、起き上がれないほどじゃない。

 手足は十分動いて歩ける。

 僕の体、どうなっちゃったんだろう?


 いくら忍耐とはいえ、こうも落下が続いたらさすがに死ぬと思う。

 いや、ゾンビが言っていたか。

 僕はすでに死んでいるのかもしれない。


 自分の両手を見ると、かすかに黒ずんでいた。

 なんだ、これ。

 人間、死ぬとこんな肌の色になるのか?

 僕もいずれあのゾンビ達みたいになるのか?


 死者の国か。あのゾンビ達、生前はどんな人達だったんだろう。

 生きていた頃はそれなりに希望を持っていたのかもしれない。

 それとも僕みたいにどうしようもない人生だったのか。


「喉が渇いた……」


 あの腐った肉以外、ほとんど飲まず食わずでここに来た。

 そろそろ限界がきてもおかしくない。

 生きているのが不思議なくらいだ。


 太陽があるわけでもない。ただオレンジ色の明るさが広がり、空は夕焼けみたいだ。

 のそのそと歩くと、小さい岩に誰かが腰かけている。

 またゾンビかな? さすがに僕も警戒する。


 今度は話しかけないようにしよう。

 そう思って迂回しようと思ったら、そいつが立ち上がった。


「……見ない奴だな。何をやらかした」

「ゲッ、話しかけてきた……。いや、それはこっちが聞きたいよ」

「お前、生きてるな。生きてる奴がどうやってここに?」

「知らない。地割れに落ちたと思ったらここにいたんだ」


 足早に僕は立ち去ろうとした。

 だけど男が回り込んできて、生気がない顔で僕を見る。

 垢で黒ずみ、骸骨みたいに痩せこけた男の目が見開いていた。


「ここに来て……10、いや……20年は経った気がする。太陽も昇らないここは無限地獄タルタロス……生前、許されない罪を犯した奴が落とされる。餓鬼、修羅、畜生……そんな生易しいもんじゃない。ここに落ちた奴は未来永劫、苦しみ続けるんだ……でもお前は、生きてる……」

「よ、よるな……」

「とある町でまだ百人ちょっとだったかな……。俺は狩りを楽しんだ……。抵抗されるほど興奮してな……楽しかったよ……。最後は……血を吐いて倒れて死んだ……病に蝕まれてね……」

「ひゃ、百人も殺して、まだって……」

「殺したくて殺したんじゃねぇ……普通の奴が美人の女とやりたくてしょうがないように……。俺はたまたま殺したくてしょうがないってだけだ……しょうがねぇだろ? なぁ? しょうがねぇだろ?」


 男がよたよたと近づいてきたと思ったら、腕から刃が出てきた。

 一つ、二つと増えてやがて足や頭、腹に至るまで全身が刃だらけになる。

 皮膚を突き破った刃に滴る血をポタポタと落としながら、目玉が上下左右に激しく回転した。


 無間地獄タルタロス。じゃあ、さっきまで僕がいた場所は?

 そんなところに落とされたってことは、僕はこんなクズと同類ってこと?


 ふざけるなよ。

 僕は人間を一人も殺してない。

 僕が悪人なら、人を平然と盾にしたり弱みを握って支配しようとする奴らはなんだ?

 そんな奴らに、婚約者と関わっていたというだけで殺人依頼をする奴はなんだ?


 あいつら死んだら、ちゃんとここに叩き落してくれるのか?

 この殺人鬼と同じように、こんな風に人としての原型すら保てずに苦しめてくれるのか?


「おおお、おしえろぉ、俺は、現世に行くんだぁ、お前、現世からきた、な、らオシエろ……」

「クズが……」


 僕の中についさっきまであった不安や恐れはなかった。

 剣を握りしめて、目の前の異形をどうにかしようとしている。

 すべての適正がEのくせに。何の才能もないくせに。


 生意気にも戦おうとしている。

 自分でもよくわからないけど、僕は刃まみれの異形に立ち向かった。

 僕の剣が異形に届く前に、あいつの刃が僕の肩を貫く。


「ううぎぎッ……!」

「ようぇ、よえぇ、普通、逃げるだロ……。でも、そういう奴が、大好きだ……。人はナ、欲求ヲ、抑えられない……」

「う、うるさい……」

「怖くて、逃げ出す、仕事を、さぼる……過食をやめられなイ……結婚してるのに違う男や女とやりたがル……人は、普通そうなンダ」


 肩の痛みに耐えながらも僕は刃を異形に突き入れる。

 ぶしゅりと血が噴き出てあますところなく浴びた。

 死者でも血は赤いし、しっかり出るんだな。


 攻撃を避けるセンスもない。当てるセンスもない。

 だから僕にはこうするしかないんだ。

 刺されようが何されようが、ひたすら剣を押し込む。


 異形が更に刃を僕に突き刺した。

 かろうじて頭を避けたものの、ほぼ全身に深く刺さっている。

 激痛というほどじゃない。


 こんな痛み、とっくに経験している。

 僕が今まで受けた痛みに比べたら、なんのことはない。


「ところが、普通じゃない奴、がいる……。真面目に生きている奴、ソウイウ奴ヲ、殺すのが、楽しイ……」

「おあああぁぁーーーーーーーーーーーーッ!」


 突き刺した剣を振り上げた。

 異形の頭を斬り裂いて剣が自由になったところで、また刺した。

 刺して、斬って。刺して、斬って。


 何度も何度も何度も。

 異形が細切れになるまで続けた。

 僕の足元に大量の血が広がって、もはや誰のものかすらわからない。


 僕の血だとしたら、とっくに死んでいるな。

 それでもいいんだけどさ。


「オ、ア、ァ……な、ゼ、生者ガ、コン、ナ……」

「うるさいって言ってるだろ」

「うぎごォッ!」


 細切れになった一部の口に剣を刺した。

 血しぶきが顔にかかり、僕はそれをぺろりと舐める。

 思ったより悪くないな。

 ちょうど喉が渇いていたところだ。


 僕は異形の肉片の一つにかぶりついた。

 血をすすり、ごくごくと飲む。ついでに肉も齧った。


「まずいけどそこまで悪くないな……ん?」


 僕の体に黒い靄みたいなのが集まっていた。

 なんだ、これ?

 靄は僕の刺された箇所に集まり、傷口が塞がっていく。

 特に心地よさとか不快感はない。

 靄は僕の体に吸い込まれるようにして消えていった。


 まぁいいや。それより久しぶりの食事だ。

 肉片を拾っては食べて、刃の部分は上手にちぎって捨てた。

 まずいはずなんだけど、食べ続けているうちにこれも悪くないと思えてくる。


 そういえばここは死者の国だっけ。

 こいつらが元々死んでいるなら、僕が食べた後はどうなるんだ?

 僕が食い散らかした後に残ったのは、異形の全身から出ていた刃のみだ。


 なんとなく刃を拾おうとした時、何かが落ちているのに気づいた。

 これは僕の冒険者カードだ。

 気づかないうちに道具袋から落ちていたんだな。


 改めて見るとひどい適性だ。

 噂によると、すべての適正がEになる確率はすべての適正がAになる確率と同じらしい。

 つまり僕は逆天才ってことだ。わかりやすく言えば無能か。

 

 そんな風に思いながら冒険者カードを見ていると、おかしな点があることに気づく。


「あれ……? 属性が増えてる?」


名前:ルト

性別:男

年齢:14

等級:五級

スキル:【忍耐】 あらゆる苦痛に耐えられる。


武器適正

剣:E

大剣:E

短剣:E

小剣:E

槍:E

斧:E

鞭:E

弓:E

鈍器:E

素手:E


魔法適正

火:E

水:E

地:E

雷:E

光:E

闇:S

神聖:E


 闇? そんなバカな。

 こんな属性項目はなかったはずだ。

 しかも、S?

 

 ありえない。

 だって闇は人間の属性じゃないから。

 だから冒険者カードにも書かれていない。

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら

ブックマーク登録と広告下にある☆☆☆☆☆による応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ