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暗闇の国

 うっすらと目を開けたところで全身に痛みが走った。

 おかげですぐに生きていることを実感できたんだけど、なかなか立ち上がれない。

 地面に手をつけて、なんとか立ち上がろうとする。


 頭が本格的にハッキリしてきたところで、ようやく自分が置かれている状況を分析した。

 辺りは真っ暗で何の音も聞こえない。

 背後は岩の壁で、見上げても暗闇が続いているだけだ。

 僕が持たされた荷物はどこかにいってしまった。


 地割れの裂け目の底に落ちたのか。

 どれだけの高さかわからないけど、よく助かったな。

 本来はこんな痛みどころじゃない。死んでいてもおかしくない。


 まさかこれも忍耐のおかげで耐えられたのかな?

 だとしても、状況は何も変わらない。

 遥か地の底に落とされて、出られる見込みもなし。


(はぁ……文字通り、僕はどこまでも落ちるんだな)


 なんて自虐したところで今まで通り、誰も手を差し伸べてはくれない。

 こんなところが僕の人生の終着点か。

 エーリィはどうしてるかな?


 クライブのことも思い出してきた。

 貴族様がずいぶんひどいことをする。

 金と身分があれば何をやってもいいのか?


 エーリィはあいつのことをあまり好きじゃないのかもしれない。

 こんなことをするような人間だと見抜いていたのかな。

 今となっては確かめる術がない。


(もっと話しておくんだったよ、エーリィ)


 暗闇が無限に続いているかのように錯覚する。

 あまりに静かすぎる。コウモリの一匹すらいない?

 それにこの臭いはなんだろう?


 すえた臭いというか、どこかで嗅いだことがある。

 ここにいても何も始まらないから、ひとまず歩くしかないか。


「あーーーーーーっ!」


 大声を出しても、不思議と反響すらしない。

 なんだ、ここ? とてもハルテアの町の近くとは思えない。

 まるで別の世界に来てしまったかのようだ。


 歩けど歩けど暗闇が続くばかりだ。

 本当に何がどうなっているんだろう。

 いっそ魔物でもいれば、まだ現実感がある。


「あれ……?」


 かすかに灯りが見える。

 ぼんやりとしたそれは点々と灯っていて、突如現れたように思えた。

 もしかしたら人がいるのかな?

 魔物の住処?


 ええい! その時はその時だ!

 灯りを目指して走ると、やがて見えてきたのは木製の平屋だ。

 長屋とでもいうのかな。

 建物全体が煤けていて、壁の板なんかも剥がれかかっている。

 やけに古めかしいな。


 中からはずいぶんと賑やかな声が聞こえてきた。

 人がいるのかな? こんなところに?

 落ち着け。迂闊に入っていいものか?


 耳を澄ますと、やっぱり人の話し声だ。

 何かの話題で盛り上がっている。まるで酒場だ。


 僕は意を決して扉を開けた。

 するとそこには大勢の人で溢れかえっていた。

 テーブル席に着いて談笑している人達はどう見ても人間だ。

 グラスや数々の料理がテーブルの上に置かれている。


 僕はふらふらと中に入ると、空いている席に着いた。

 すると若い女性が僕の顔を覗き込んでいることに気づく。


「わっ! す、すみません! 勝手に入ってきちゃって……」

「ご注文はぁ? なんでしょおぉ?」

「えっと、いいんですか? じゃあ、なんでもいいので、お勧めとか……」

「はぁい」


 女性がふらりといなくなる。

 ビックリした。なんだかすごく痩せているな。

 あんな体で働いていて大丈夫なの?


 落ち着いてくると、お腹の音が鳴った。

 昨日の夜から何も食べてなかったっけ。

 そういえばお金はどうしよう?

 お勧めとか言っちゃったけど、足りなかったら――


「こちらどうぞぉ」

「わっ! あ、ありがとうございます……」


 どこからともなくふらりと現れた女性が、料理を置いていく。

 肉料理みたいだ。

 何の肉かわからないけど、たまらなくいい匂いがする。


 今更だし、食べちゃおうか。

 もしお金が足りなかったら、頭を下げて働かせてもらおう。

 僕は肉料理にかぶりついた。


 味はおいしい。おいしいんだけど、なんか違和感がある。

 おいしいんだけど、どこか味気ないというか。

 うまく説明できないんだけど、食べても食べてもお腹が空く。


 あっという間に平らげてしまった。

 うーん、もう一品ほしい。全然足りないぞ。

 この際、お金のことはいい。

 もう一つ――


「えっ……?」


 気がつくと周りのお客さんが僕を見ていた。

 その瞳は陥没、あるいは空洞。

 全員がミイラみたいにやせ細っていて、涎を垂らしていた。


「ヒッ……!」


 僕はようやく冷静になった。

 さっきまで暗闇だった謎の空間なのに、こんなところがあるのがおかしい。

 そうなるとここにいるのは人間じゃない。


「おんやぁ? ありゃ生者でねぇか?」

「そうだ、生きとる」

「生きてるわ」

「なんでだ」

「なんでいる」


 一人ずつテーブル席から立ち始める。

 細い足で体を支えて、左右にかくんかくんと揺らしていた。

 僕の膝が震え始める。いくら僕でもこの人達がなんなのか、わかった。

 

 死者だ。ここは死者の世界。

 そう考えるしかない。

 なんで僕は呑気にこんなところで食事なんかしていたんだ。

 しかもこんなところの食事なんて――


 皿を見ると、肉が腐っていた。

 黒ずんだ肉には大量の蛆がまとわりついていて、一つずつ蠢いている。

 蠅が楽しそうに飛んで、蛆の一匹がぽとりと皿から落ちた。


「う、お、おえぇぇーーー……!」


 よろけながらも僕はすぐにここを立ち去ろうとした。

 同時に死者達がにじり寄って来る。

 臭いがより濃くなった。そうだ。

 ここに来た時に漂っていたのは腐臭だ。


「生きとる奴どうする?」

「獄主様につきだせ」

「そうじゃ」

「褒めてもらう」

「獄主様に生き返らせてもらうんじゃ」


 僕は全力で走って外に逃げ出した。

 後ろから死者達が追いかけてくるのがわかる。


 たくさんの呻き声が聞こえてきて、とてもさっきまで賑やかだった人達とは思えない。

 ゾンビ野郎と蔑まれていた僕が今は本物のゾンビに追われている。どんな皮肉だよ!


「た、助けて!」

「おまえぇ、食った」

「え……?」

「冥界のメシ食った、もうお前は出られない」


 後ろからくぐもった声が聞こえてきた。 

 さっきの肉を思い出してまた吐きそうになる。

 だけど止まるわけにはいかない。


 これだけ走っているのにゾンビ達を振り切れないなんて。

 才能どころか体力もない。

 嫌だ。死にたくない。


「メシ、くった」

「お前は死んダ」

「獄主様に、獄主様、あ、あー」

「獄主様」


 地面が揺れた。また地震?

 と思ったら、何かとてつもなく大きなものがいる。

 暗闇の中、不思議とそれだけは何かわかった。


 太った巨人だ。

 腫れぼったい目に腰布一つ、でっぷりとした大男が横目に見えた。

 なんだよ、あいつ!?

 あんな魔物がいるなんて知らない!


「獄主様、生者を」

「捧げます」

「生き返りを」

「転生を」

「冥王様に、どうか」


 ゾンビ達が途端におとなしくなった。

 あの巨人が獄主様? だとしたら親玉ってことか。

 

 それでも僕は走った。

 あんな化け物に捕まったら今度こそ終わりだ。

 横目で化け物がのっそりと動くのが見えて、僕は走った。

 走った。走った。走った。


「んだぁ、おんめぇら、生きてるんが、なしておる」

「獄主様、転生を」

「捕まえれ、あれ、逃がすな」

「捧げます、ささゲまス、ささゲマス、ササゲマス」


 もう嫌だ、訳がわからない。

 なんで、なんでボクがこんな目に!

 地割れに落ちた先が死者の国でゾンビに追われて、でかい化け物まで登場して!


 死にたくない。生きてここを出たい。

 お願いだ。頼む。

 なんでもするから。


「あっ……」


 ふと体ががくんと下がった。

 走った先に足場がないんだ。こんな暗闇じゃ崖になっていても気づくわけない。

 僕の体を支える地面なんてないから、当然また落ちていく。


「んげぇ、こ、この下は……」

「獄主様、この下は」

「お、おで、しーらねぇ。なーんにも見なかった」

「獄主様、なして止める」


 落ちる直前に聞いたのは大男の慌てたようなセリフだった。

 あんな化け物が、僕が崖に落ちたくらいで取り乱すのか。

 だとしたらこの下は――


「タルタロスはやーべぇぞ、やーべぇぞ。冥王様には秘密になぁ」


 それが最後に聞いた言葉だった。

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