捜索
衛兵隊が調査した後、深夜のクライブ邸にて一つの影があった。
誰もいなくなった暗い屋敷内を一人歩くのは黒いローブに身を包んだ女性だ。
腰に細いレイピアを携えて地下へと向かう。
(ライト)
女性が光魔法で明かりを灯した。
暗い場所でも移動できる訓練を受けているものの、調べものとなれば別だ。
地下の牢獄を一つずつ調べて、女性は少しでもクライブの悪事に関する証拠がほしかった。
しかし血の痕跡はあるものの、死体一つない。
(あまりに不自然だ。まさかすでに奴らが手を回したとでも?)
地下道を歩きながら女性は考えた。
前からクライブが不穏な動きを見せているという情報はあった。
表では王国に忠誠を誓っているものの、裏では反王政派として活動している。
この町の人間が失踪することと関係があると睨んでいただけに、女性は失望していた。
なぜここまで何の痕跡もないのか?
反王政派の仕事にしても鮮やかすぎる上に、彼女はずっと監視していたのだ。
女性はクライブ邸に少年と少女が入っていくところを目撃していた。
さすがに侵入まではできなかったが、彼女はその二人から只ならぬ気配を感じている。
見た目は人間だが人間ではない。かといって魔物の類でもない。
その異様な存在を目の当たりにしながらも、女性はただ見ているしかなかった。
執事のゲルニは何かを感じたのではないか?
ゲルニが少年の顔を見た時、明らかに表情を変えたからだ。
ゲルニは少年が何者か知っていると思った。
そして間もなくクライブの失踪と地下に捕らわれていた者達の存在が明らかになる。
彼らが口々に叫んでいたことを思い出して、女性はここにいても意味がないとわかった。
ここに答えは存在せず、鍵を握るのは少年だと判断したからだ。
(クライブは間違いなく反王国組織エデンの構成員……奴の悪事は闇に葬られた)
女性が踵を返した時だ。
暗闇から迫る影の襲撃を寸前のところで後退して回避した。
「何者だ」
「ほっほっほっ……さすがは西聖騎士団きっての星騎士レニカ、楽には仕留めさせていただけませんな」
そこにいる老人の声でレニカは何者か理解した。
クライブの執事をやっていたゲルニだ。
遠目で見た時、老人もまた只者ではないと判断していただけにレニカは心の中で舌打ちをする。
レニカほどの実力者となれば老人がどの類か、仕草や足取りでわかるからだ。
気配や足音すら殺す老人は紛れもなく暗殺者であり、レニカが出会いたくないタイプの人間だった。
騎士は敵を打ち倒す、守る、もしくは屈服させるための力を磨いている。
対して暗殺者は手段を問わず殺人に重点を置いている。
暗殺者は騎士道精神を重んじるレニカがもっとも嫌悪する敵だ。
「こんなところで何をしている? ご主人様の遺品整理か?」
「まさか。あのような小物を我が主と思われるのはいささか心外でありますな」
「では貴様もエデンの構成員か」
「えぇ、その通りです。私が仕えるのはただ一人、あのお方のみです」
レニカがレイピアをゲルニに向ける。
ゲルニは暗闇の中でニタリと笑った。
「ここで張っていればあなたのような王国の犬がやってくると思いました。必ず我々の尻尾を掴みにくる、と……」
「調子がいいものだ。貴様はあの少年を通して資金源の一つを失ったのだがな」
「えぇ、それは認めましょうぞ。前からクライブが目の敵にしていた少年と気づいたもので、容易に手駒にできると思ったのです。しかしあの少年、尋常ではありませんでした」
ゲルニが体を揺らしてから駆けた。
袖の下から伸びた刃をかわしたと同時にレイピアでゲルニの頬をかすめる。
「いやはや、あれは普通ではない。長年、この仕事を生業としてきましたが……命の終わりが見えないのです」
「命の終わりだと?」
「私は暗殺対象には墓標が見えるのです。それは私が確実に殺せるというサインに他なりません。ところがあの少年には墓標どころか何も見えないのです」
「ほう……」
レニカはゲルニが元王国暗殺実行部隊の一人だと見抜く。
そこからもエデンに流れていると仮定すれば、ため息すら出そうになった。
(どれだけの人間がエデンに成り下がったというのだ?)
レニカはレイピアでゲルニに応戦する。
ゲルニは巧みにそれを回避して、今度はレニカの顔をめがけて吹き矢を放った。
首を振ってかわしたものの、その隙を突かれて今度はゲルニの袖の下から鎖が飛び出す。
「ちぃっ!」
「やるものですな。しかし私には少年の存在をあのお方に報告する義務があるのです」
鎖の間合いから外れてからレニカはレイピアを構え直す。
息を吐いてからレイピアの高速突きを放った。
「はぁッ!」
突きの速度を極めればそれは点となる。
レイピアの先端が光り、暗闇と相まって夜空に浮かぶ無数の星々のごとく放たれた。
レニカと戦ったものは口を揃えて同じことを言う。星を見た、と。
ゲルニの体が複数個所にわたって貫かれた。
「ぐ、うごっ……バ、バカな、は、速すぎる……」
「これは自慢だが、私の突きを見切ることができる者は国内において何人といないだろう」
ゲルニは見誤った。
間合いさえ取れば後は無数の暗器でいくらでも仕留められる、と。
型通りの戦いしかできない騎士などいくらでも翻弄できる、と。
服の下に鎖帷子を着ていれば斬撃など取るにたらない、と。
ゲルニが貫かれた箇所はすべて鎖帷子で覆われている。
魔獣の牙すら通さない鎖帷子が貫かれるなどゲルニは思ってなかった。
「私の暗殺術が、こんな……女に……」
「我々が磨き上げているのは武であり心であり力であり技だ。技だけでは片手落ちどころではない」
「ふ、不覚……」
ゲルニが倒れて床に血が流れる。
レニカが静かにレイピアを締まってから死体を見下ろす。
「奇襲ごときで騎士を挫けると思うな。だから暗殺者とは戦いたくないのだ」
レニカがしゃがんでゲルニの死体を調べ始めた。
エデンに関する手がかりを探したが何も見つからない。
それはわかっていたことで、レニカは特に落胆せずに屋敷の扉へと歩き出す。
レニカの次の目標はルトだ。
屋敷やゲルニに手がかりがない以上、他に選択肢がなかった。
ルトならばクライブから何か聞いているかもしれないという思いともう一つ。
(あの少年がクライブもろとも消し去ったのであれば、ぜひとも引き入れたい。早々に接触する必要があるな)
未だ実態が見えないエデンと戦うならば、戦力の増強は必要不可欠だ。
剣王のスキルを持つクライブすら葬ったルトの力を求めて、レニカは屋敷を出た。
第二章開始しました。
今更かよって思った人もいるかもしれませんが、細々とやっていきたいと思います。
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