その罪、断罪
「サ、サーランド様が……ありえない……」
サーランドが倒されて、クライブの手下達が動揺している。
まだご主人様が生きているというのに、ずいぶんと信用がないな。
まぁ無理もないか。
ここにいる男達総勢100人以上に対して、あっちはクライブを含めてせいぜい50人程度。
数だけでも不利な上に今の戦い、じゃなくて惨劇だ。
内心、寝返りたい奴もいるんじゃないかな?
「剣聖バルロイが現代に蘇ったなんて……」
「何を臆している! バルロイは400年前に死んだはずだ! あれも闇魔法の一種に決まっているだろう!」
「でも、お言葉ですが……仮にそうだとしても俺達じゃ、か、敵いません……」
「腰抜けどもめッ!」
クライブが剣を抜いてバルロイを睨む。
だけどその場から動こうとしない。
よく見るとかすかに震えているし、顔色もよくない。まるでゾンビみたいだ。
「ク、クライブ様……?」
「斬られる……あと一歩でも踏み込めば……こうして遠目から見ているだけでも、は、肌に痛みが……」
クライブがバルロイに対して一歩も近づけず、腕をさすった。
確かに今のバルロイに近づけば確実に斬られる。
腕、肩、足、腰。やりたい放題の数か所同時切断だ。
「臆しているのならば剣を納めろ。5秒くれてやる。5、4、3、2……」
「わ、わかった!」
バルロイの一言でクライブがギリギリのところで剣を鞘に納めた。
そんな情けないご主人様を見て、手下はどう思うかな?
でも僕は格好や度胸だけがすべてとは思わない。
勝てないとわかっている相手から逃げても何も悪くない。
むしろ下らないプライドを優先して一つしかない命を無駄にするほうがバカげている。
それはそれとして、こんな膠着状態にいつまでも付き合うわけにはいかない。
「さて……皆、後はあそこにいる貴族様と手下達をどうにかすれば自由が手に入る。あと少しだよ」
「お、おぉ……! あの悪徳領主を倒せッ!」
「外に出たらこの悪行を全部バラしてやる! 東聖騎士団が絡んでいることも含めてな!」
「にわかには聞いていたエデンの存在が実在するとわかったからな!」
「やるぞ! オオオォーーーーーー!」
男達が決起して重なり合った声が地下全体に響く。
今のこの人達の士気をもってすれば、クライブ達の全滅は免れない。
全員が走り出して手下達が応戦する。
乱戦状態になった時、クライブがどさくさに紛れて逃げ出すのを見逃さなかった。
* * *
「冗談ではないッ! ゲルニ! ゲルニはいないのか!」
屋敷に戻った私は大声で執事のゲルニを呼んだ。
しかしどこへ行ったのか、姿を現わさない。
なにをやっているのだ、あの老いぼれめ。とても父の代から仕えているとは思えん。
なんとも情けない事態だが、私は恐怖で震えが止まらない。
あの底辺冒険者だったはずの少年、あれはどういう存在だ?
闇魔法の件もそうだが、何より見ているだけで血の気が引く冷たさを感じる。
あのバルロイといい、とても人間のそれとは思えない。
本物とは思いたくないがあの鬼神のごとき強さを目の当たりにすれば、信じざるを得ない。
そのバルロイを現代に蘇らせたのはあのルトだ。
冒険者ルト。
年齢は14、両親はいない。町の隅にある廃屋同然の賃貸に住んでいて、等級は五級。
スキルは忍耐、詳細は不明だが情報によれば名前通りのものだろう。
ブルとカークに殺しの依頼をした時は確かに底辺冒険者だったはずだ。
あの二人が殺し損ねた後、何があった?
こんなことになるならもう少しあいつらから話を聞いておくべきだった。
そしてもっともわからないのがあの女だ。
どこかで見た顔だが思い出せない。
クソッ、わからないことだらけだ。
ここへ引くしかない。私とて死ぬわけにはいかん。
いざという時に役立つのが隠し通路だ。
我々貴族は有事に備えてこういったものを用意している。
ここを抜ければ――
「なるほど。さすがお金持ちだ、こんなものも用意しているのか」
背筋が痺れる感覚を覚える。
心臓の音が聞こえるほど高鳴っており、振り向けずにいた。
奴がきた。きてしまった。追いつかれた。
このまま走るか? 逃げ切れるか?
どうすべきか考えていると、頭を掴まれて引き戻される。
背中を床に打ち付けて呻いていると、奴の顔が見下ろしていた。
「な、なにをする気だ!」
「わかってるくせに、いちいち聞いてどうなるの?」
仰向けに寝かされたまま、私はそいつから目を逸らせなかった。
目を逸らすことすら命取りになる、逸らすことすら不敬に当たる。
貴族の私を誰が不敬に問おうか?
少し前ならそう思っていただろう。
だが、しかし。こいつはあまりに深い。暗い。恐ろしい。
瞳の奥に無限の深淵が広がっているように見えて、吸い込まれる感覚すら覚えた。
「ルト様。終わりましたの?」
「まだこれからだよ」
あの女が入ってきた。
白に近く滑らかそうな肌に魅入ってしまいそうな美貌は一種の神々しささえ感じる。
ルトといいあの女といい、得体が知れないどころではない。
その女が私を覗き込んできた。
「あなた、英雄王のスキルをお持ちなんですか?」
「ど、どこでそれを……」
「あなたに英雄王のスキルが芽生えているなど考えたくありませんわ。あのお方と同じスキルだなんて……」
「何を、意味が……」
私は言葉が見つからなかった。
* * *
英雄王。帝国戦争の時にアレイシアと共に戦った人物のスキルだ。
詳しくは知らないけど、アレイシアにとっては大切な人だったらしい。
それがまさかクライブと同じスキルだなんてね。
「あのお方は素晴らしいお方でしたわ。誰もがわたくしを羨望の目で見る中、あのお方だけは違いました。わたくしが挫けそうになった時はいつも隣に座っていただきました。わたくしの話を否定することなく聞いて……あのお方がいなければ、帝国戦争の勝利はありえませんでした」
「何を言っているのだ……」
「私が知っているあのお方はあなたのような軽薄で薄汚い人間とは程遠いですわ。不愉快です」
「ひっ!」
逃げる動きを見せたところで終の剣を腕に突き刺した。
汚い悲鳴が響き渡って、クライブが涙を流し始める。
「うぐあぁぁ! た、頼む! 何でもするから、見逃してくれッ!」
「聞きたいことがあるんだよね。僕が君の婚約者と仲良くしていたらしいんだけど、詳しく教えてもらえる?」
「そ、そうだ! エーリィは私の婚約者だった! それなのに私には笑顔一つ見せない……何をしていたかと思えば、平民とコソコソと会っていたなんて! あれだけ、あれだけ教育したのに!」
「教育……?」
決壊したようにクライブが喚き続ける。
興奮して命乞いしていたことすら忘れているな。
終の剣を深々と別の箇所に刺そうかと思うほど、僕の感情は高ぶっていた。
まだだ。まだ早い。こいつにすべてを吐かせる。
僕はエーリィについて思い出さなきゃいけないんだから。
「イースタム家に相応しい女であるように……食事作法から言葉の使い方まで叩き込んでやったのに、反抗的な顔をしやがって! 何度ぶっ叩いてやったか! あぁクソ! 舐めやがってぇ!」
「ぶっ叩いて、やった……?」
「私の何が気に入らないのだ! イースタム公爵家の息子であるこの私だぞ! それなのにあいつの親が婚約破棄を言い渡してきた! あの女が平民と会っていたのはお前が繋ぎとめておかなかったから、だとぉ!」
「エー、リィ……」
僕の頭の中で一人の女の子の姿がフラッシュバックした。
青髪でいつも笑顔、常に食べ物が入った袋を持ってきてくれる。
しょうもない話から真面目な話、ためになる話をしてくれた。
手取り足取り剣術指導をしてもらって、それでも僕は上達しなくて。
「せっかくあのお方の支援でイースタム家は潤ったのに! 全部台無しだよ! 私はこれからどうすればいいんだ!」
「エーリィ……」
「それもこれもお前のせいだ! 貴様のような底辺平民がこともあろうか公爵令嬢を汚した! もうあの女はこの町にいないがな! そうだ、思い出した! お前は終わりだ! 何せあの女が次に結婚する相手は三大名家の一つ、ウィンザム家! この私ですら恐れ多くて近寄れん! バルダー公は徹底した教育を施すことで有名だからなぁ!」
「エーリィ、そう、だ……」
――ほいっ! ほいほいほいっ! パンとフルーツとチキン!
――エーリィ、それどこから調達したのさ
「そうだ」
――食堂に決まってるじゃん。糞詰まりみたいな顔したコックの目を盗むのがどれだけ大変だったか……
「エーリィ、思い出した」
――そこまでしてくれなくてもいいって。エーリィが怒られるどころじゃないだろ……。でも、ありがとう
「いつも僕を……」
――あれ以来、私ね。訓練から逃げずに取り組んだんだよ。あの時、ルトが立ち向かう勇気を見せてくれたおかげなんだよ
「僕は多くをもらっていた」
――じゃあ、またね
「また、会おう……」
「フハハッ! 隙だらけだッ!」
クライブが剣を手に取って、僕をめがけて突き刺そうとする。
だけど腕に力が入らないようで、へなへなと剣を落とした。
「う、腕が、あがら……」
「衰禍、もう君は立ち上がることすらできない。ところでエーリィに何をしたって?」
「い、いや、何も……ぎいぃやぁぁああぁあぁーーーー!」
クライブのもう片方の腕に終の剣を深々と刺した。
泣き叫び、心も破壊されることでこいつの中には様々な記憶が蘇っているはずだ。
――クライブ様か。父親に比べると今一なぁ
――イースタム家って昔はすごかったらしいけど今は大したことないんだろ?
――王家から爵位と領地を剥奪されなきゃいいけどな
――バカ! 聞かれたら大変だぞ!
――もし顔を合わせたら適当に機嫌とっていればいいんだろ?
「やめろ、私の話をするなぁ……。逆らうな、逆らうなら牢獄行きだぁ……」
痙攣してうなされるように恨み言を呟いている。
こいつは多くを持っていた。同時に多くを奪いすぎた。
地下の件、そして何よりエーリィを傷つけた。
「クライブ・イースタム。冥王の名のもとに裁きを下す。汝は堕ちる。無間地獄タルタロス」
クライブの周囲が闇の空間となり、奥から骸の手が無数に伸びる。
クライブの首や腕、足や腰。あらゆる箇所を掴んだ。
「なんだぁこれぇぇ! やめろよぉ! だずけでくれぇ! 金、金ならいくらでもやるからぁぁーー!」
「抵抗しても無駄だよ。死という概念にはすべての生物が逆らえない」
「金、金、金あげます! 地獄なんか行きたくないぃ! なんでもしまず! 改心じまずぅ! 清く誠実に生ぎまずぅ!」
「決意の遅さが罪を重くした。手遅れだよ」
「うあああぁーーーーーーーいやだぁーーーーーーーーーーーーーー!」
骸の手がクライブを闇の奥へと引きずり込んだ。
そしてぽっかりと開いていた闇が閉じて元に戻る。
クライブは冥王の力で無間地獄に落とした。
その瞬間、あいつは死んだんだ。
何せ僕は冥王だからね。全生物の生殺与奪を握っているようなものだ。
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