上には上がいる
「ここで僕と戦うか、クライブに従うか。選ばせてあげるよ」
震える男達は答えない。
武器を手放して完全に戦意を失っていたからだ。
男達は僕にかすらせることすらできず、足を引っかけられて転ばされた事実で思い知った。
自分達ではどうやっても僕には勝てない。
かといってクライブに逆らえば殺される。
「僕に攻撃するなら次は首が飛ぶ。ただし……自分の手で自分の人生を切り開くというのなら、僕が手助けする」
「ど、どういうことだ?」
「自由になりたいんでしょ? 僕がそこで偉そうにしている貴族様を殺して解放してあげる。そのかわり、今すぐ抵抗するのをやめろ」
「そんなことできるわけがない!」
その言葉を受けて、僕は終の剣を構え直した。
この瞬間、男達はようやく何が正しい選択なのか理解したみたいだ。
震える手で武器を拾って立つ。
刃の先はクライブ、それも何十人もいる人間が一斉に向けている。
「ど、どうせ死ぬんだ……だったら!」
「貴様ら、血迷ったか!」
「死にたくねぇ! 死にたくねぇんだよ! クライブ様! あんたがこのガキより強いなら、とっとと証明してくれよ! 楽になりてぇんだよ!」
うん、確かに血迷っていると言える。
どちらかを選ぶとしたら、という状態でこの人達はクライブに逆らうことにしたんだ。
この状況で尚、クライブが怖いというのなら僕と戦うしかない。
だったらより怖いほうに従うのは当然の感情だ。
つまりクライブは気づいてないだろうけど、もうあいつにこの人達の支配権なんかなくなっている。
終の剣は並みの人間なら、当てただけでここまで心を挫くことができる。
終の剣のおかげとはいえ、力による支配なんてこんなものだ。
クライブはたまたま自分より力を持つ存在に出会わなかっただけのこと。
見た目からしてクライブは二十年と少し生きているくらいか。
たかが二十年しか生きていないなら、そういうこともあるだろうな。
強い相手と出会ってしまったが最後、軽く数百年の付き合いは覚悟しなきゃいけない。
なんて、ここは現世だっけ。
「ルトといったな……貴様、何者だ! それは明らかに闇魔法だろう! それは魔族側の力……人間が扱えるはずがないのだからな!」
「現世でも似たような質問する奴が絶えないな。君に答えても意味ないよ」
「訳のわからないことを!」
クライブが剣を抜こうとした時、何かに気づいてくるりと後ろを振り向いた。
歩いてきたのはもう一人の見慣れない男だ。
赤い短髪に紅の鎧、全身が燃えるような色合いの騎士がクライブの肩に手を置いた。
「騒がしいと思ったら面白そうなのがいるじゃん。クライブ様も人が悪いぜ」
「貴様、まだいたのか!」
おどけたようなその態度は自分の優位性を信じている証拠だ。
よほどの自信があるみたいだな。
確かに所作一つとっても、この中で圧倒的に強いとわかる。
あのクライブが怖気づくのも無理はない。
「勝手にやってきて勝手に帰るわけにはいかないだろう。礼儀作法は騎士団で嫌と言うほど叩き込まれているんでね」
「だったら、その口の利き方をなんとかしろ!」
「それよりあの僕ちゃん、俺がなんとかしてやろうか?」
「あのガキは私一人で十分だ! 引っ込んでいろ!」
「そうしちゃうとだなぁ。クライブ様がたかが冒険者の子どもにここまで荒されたことを上に報告しなくちゃいけないんだよ」
短髪の男がわかるだろと言わんばかりにクライブにウインクした。
クライブは了承したのか、一歩下がって短髪の男にこの場を任せる意思を示す。
「さすがはクライブ様、育ちも物分かりもいい。さぁて僕ちゃん、闇魔法だなんてびびらせてくれたけど、剣の腕のほうはどうかな? まさかそこのろくでなしをヘコまして終わりじゃないよな?」
「君、根っからの戦いたがりだね。適性が高いと自信がつきやすいのはわかるよ」
「東聖騎士団の入団条件は剣か槍のいずれかの適性がC以上だ。俺達五剣将は当然A、自信なんて嫌でもつくさ」
「いいと思うよ。ただ自信がありすぎるといざ負けた時にショックを受けるから程々にね」
短髪の男がニヤついたまま、真紅の剣を抜いた。
炎がまとわりついていて、短髪の男が一振り二振りすると火の粉が散る。
「お前、剣適性は?」
「Eだよ」
「からかうなよ。俺達に言わせれば適性Eなんて、武器を持っちゃいけないレベルだ。正直に答えろ。俺がいつまでもヘラヘラしていると思うなよ」
「じゃあ信じなくていいよ。君に信じてもらうメリットなんてないからね」
「オーケーオーケー、例え話をしよう」
短髪の男が剣を持ったまま、両腕を広げる。
面白い話でもしてくれるのかな?
「剣適性Eが例えば……まぁ大体途中で心が折れるんだが十年、真面目に訓練したとしよう。さすがにEとはいえ、少しは上達する。が、適性Aの初心者A君が剣を持ったとしよう。長くても一週間以内にA君はE君の十年と同じくらいの成果を出せてしまうとさ。AとEってのはそのくらいの差があるんだ」
「ふーん、そんなものなんだ」
「だから軽々しくウソをついて俺をイラつかせるなよ。ちなみに今の話は騎士養成学校の座学で習う。実際に過去にあったことなんだとよ。E君涙目だよな?」
「学校か。僕には縁のないものだな」
そんなものに通えるお金や環境があるなんて、こいつもそれなりに恵まれた生まれだ。
そりゃこんな風にもなるか。
僕の適性がAなら、確かに今よりもっと強くなっていただろうな。
「剣適性Aでだいぶ強がってるけどさ。それだって剣適性Sの前じゃ赤子同然なんだよ。知ってた?」
「なに? Sだと?」
「Aの上にはSがある。知らないの?」
「あー……それも座学で習った。過去、歴史に名を残した達人達の適性はSと言われている。平民のくせによく知ってるな」
また学校のお勉強の成果か。さすが優等生。
だけどこいつは世の中、上には上がいるという事実を知らない。
「剣適性Aの人が十年間、訓練をしたとする。剣適性Sの人が剣を初めて握ったら一日で追い越すみたいだよ」
「……咄嗟の作り話をしてまで俺をイラつかせたいのか?」
「君が剣適性Eを見下すなら、上を見せてあげようと思ってね」
「なんだって?」
過去、ただの一度もかすらせる者すら存在しなかった剣士。
相対して戦いを成立させられた者はわずかで、そうなればいずれも歴史にそこそこ名を残している。
その剣捌きは神域とまで呼ばれていて、剣聖である男を人々は剣神とすら称えた。
「冥王の名のもとに顕現せよ……剣聖バルロイ」
闇の瘴気が立ち昇り、闘技場の砂埃をまき散らす。
クライブと短髪の男が片手で目を覆い、そこに立っていたのはバルロイだ。
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