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炎の騎士

 時は少し遡る。


 執務室で私、クライブは小休止していた。

 再教育に領主としての務め、どちらも大変なものだ。

 無数にあると思える書類に目を通しては領地内の状況把握に努める。


 災害の被害にあった町や村の被害状況。

 魔物の群れに襲われた隊商など、問題は尽きない。

 どの問題を解決するにしても予算が足りないのだ。


 私が領主となってからは毎年、税収を上げている。

 最初こそ民から不満の声が聞こえたが、片っ端から再教育をしてやることで落ち着く。

 民から税収を巻き上げては別の問題を解決するというのが次第に馬鹿らしく思えてきた。


 自分の身を守れない人間達のためになぜ私が尽力せねばいけないのだ。

 そんな奴らは国にとって害でしかない。

 国家繁栄の足を引っ張る。そんな弱者を私は切り捨てることにした。


 だからといって上げた税収を元に戻す気はない。

 私は貴族だ。高貴な血が流れた美しき一族の子孫であり、何の名誉もない平民とは違う。

 だから相応の暮らしをする権利がある。


 鉱山事業が廃れてからのイースタム家に財産などほとんど残されていなかった。

 だからこそ平民は我々一族の糧とならなければいけない。

 彼らが恨むとしたら、己の生まれだろう。


 この世は不平等だ。

 生まれた時から衣食住に恵まれ過ぎた者もいれば、親に見放される者もいる。

 神は平等ではない。神は選別している。


 そうでなければ我々貴族と平民、なぜこれほどの差がつこうか?

 肉体は平等に与えられるが、魂は平等ではない。

 平民として生まれてしまった者の魂は下等なのだ。


 高貴な魂をもった者は神に選ばれている。

 それが我々貴族というのは言うまでもない。


「神よ。この身に感じる運命、しかと受け取った」


 この静かな執務室にいる時はいつもそう実感する。

 脈打つ胸の鼓動を感じながら、一息ついてホットハーブティーを嗜むのだ。

 肉体は平等でも、この魂は選ばれている。生きている。

 なんとも恵まれたことか。


「クライブ様。東聖騎士団のサーランド様がいらっしゃいました」

「……わかった。通せ」


 この至福のひと時を邪魔する者が来たようだ。

 いつも事前連絡もなくやってきやがって。何様のつもりだ。

 しかし相手は東聖騎士団の五剣将の一人、あのお方直属の下で動いている奴だ。

 執務室のドアが開くと、赤髪の短髪が目立つ騎士が入ってきた。


「久しぶりですね。熱く励んでいらっしゃいますか?」

「順調だ。わざわざ調査に来たのか?」

「そりゃあのお方は常に全体に目を光らせてますからね。もし不備があれば熱くお怒りになるかもしれませんよ?」

「ではついてこい」


 たかが騎士風情がこの私にここまで軽口を叩けるのが癪でしょうがない。

 だが我ら反王国組織エデンを動かしている最高司令直属とあっては、身分など関係なかった。

 エデン内においてはあのお方の意思こそが絶対であり、逆らえば私とて消されかねない。


 このサーランドは調査などと抜かして私を監視するつもりか。

 だが私とて、実直に働いているつもりだ。

 地下にやってきて私はこれまで勝ち残った者達をサーラントに見せつけた。

 地下で戦わせて勝ち残った精鋭達だ。

 

「こいつらが今のところ駒として仕上がっている」

「ほぉー、なるほど。そっちのでかい奴は?」

「山賊団の頭をやっていたようだな。手下は勝ち残れなかったが、ボスのこいつはなかなか筋がいい」


 名前は確かデメロとかいったな。

 体格に恵まれているようで、スキルは腕力強化と少し地味だが悪くない。

 平民の始末に失敗したあの二人よりはマシだろう。


「だったら試させてくださいよ」

「試すだと?」

「エデンに生半可な奴はいらないんです。こいつらで本当に問題ないか、不安なんですよ」

「それは……」

「もしかして自信ないんですか?」

「……わかった」


 本当に腹の立つ奴だ。仕方がないので、地下の闘技場へと場所を移した。

 ちょうど今日、勝ち残った者達がいる。思想も整えてあるので実力ともに問題はないはずだ。

 が、あのサーランド相手では荷が重いだろうな。


 サーラントが鞘から抜いた剣は真紅に染まっており、熱を帯びている。

 その様子を見たデメロが自信たっぷりに笑う。


「クライブ様、こいつは殺してしまっても構いませんか?」

「好きにしろ。サーラントが望んだ勝負だ」

「へっ! というわけだ! 兄ちゃん、悪く思うなよ」


 戦士達はサーランドの剣を見て怖気づいている。

 しかしデメロだけはあの真紅の剣を見ても、好戦意欲を保っていた。


「さぁ、来いよ。少しは熱くさせてくれよ?」

「いくぜぇ! ずりゃあぁぁーーーー!」


 デメロが大斧で斬りかかった直後、胴体が真っ二つになる。

 断面から炎に包まれて、上半身と下半身が燃え盛った。

 断末魔の叫びすらなく、デメロは焼かれてしまった。


「おっそいんだよ。俺の部下だったら、基礎からやり直しだな」


 チッ、やはりダメか。

 五剣将の一人であるサーラントはユニークスキル【炎騎士】に炎の上位精霊サラマンダーを宿したサラマンドソードを持つ。

 スキルと武器の相乗効果で熱で斬ることをより確実に実現しており、どんなに重装甲だろうが意味を成さない。


「クライブ様、まさかこんなのをエデンに送り込もうとしていたんですか?」

「仕方ないだろう。こんな田舎の領地に早々強者などいるものか」

「はぁー……そうっすか。言い訳ですか」

「貴様、いかにあのお方の息がかかっていようと、無礼にも程があるぞ」


 サーランドが真紅の剣を私に突きつける。

 熱のせいで一瞬で汗ばむほどだ。

 こいつ、私に対して何をしている?


「エデンはいわば新生ブリトゥス王国、現ブリトゥス王国の地位は何も関係がない。それに俺はあのお方の意思でここにいる。つまり俺に背くってことはあのお方の意思に反するってことだ」

「くっ……」

「とっくに没落してもおかしくなかったイースタム家に出資して延命させているのは誰だ?」

「わ、わかった。もういい……」


 その時、遠くからルウゴの唸り声が聞こえてきた。

 私はよからぬことを思いついてしまう。が、さすがにそれは――


「なんかすごそうなのがいますね? そういうのがいるなら早く言ってくださいよ。少しは熱くなれそうだ、戦わせてもらえます?」

「本気か?」

「えぇ、このところ張り合いがなさ過ぎて退屈してましたんで」


 私はルウゴの牢の扉を開ける手配をした。

 それから数分後、扉が開くと同時にルウゴが腕を出す。

 ファデール・ロストの犯人とされるこいつなら、さすがのサーランドも勝てまい。


 これは事故だ。証拠隠滅など、どうとでもなる。

 私をコケにしたことを後悔するがいい。


「ウウルルガァァァーーーー!」

「おぉ、すげぇ。こいよ、毛むくじゃら」


 ルウゴが駆けて剛腕をサーランドに叩き込もうとした。

 が、サーランドは紙一重で回避してからルウゴに指を立てて挑発する。


「パワーはすげぇが、今の調子ならガッカリだな」


 ルウゴの様子がおかしい。

 いつもなら鎧や剣を欲しがって、捕まえようとするはずだ。

 しかし牙を剥き出しにして、明らかに攻撃行動に出ている。


 間違いない。ルウゴはサーランドを敵とみなしている。

 それも殺さなければ危険と感じ取り、焦っているようにも見えた。

 バカな。まさかこれほどとは。


「ウルルルガァッ!」

「熱くなるのはいい。だが熱くなりすぎるのはダメだ。だから野生はダメなんだよ」


 サーランドが造作もなくルウゴの拳をひらりと回避、追撃すらもかすらない。


「ルガアァァ!」

「んー、さっきのでくの坊よりは遥かにマシだけど……」


 サーランドがルウゴの懐に潜り込む。

 片足を軸にして、サラマンドソートを振って自身が回転。


「炎転火」


 炎の竜巻が斬撃となってルウゴを包む。

 一瞬の熱風で呼吸すら苦しくなるほどの威力だ。

 収まると焼け焦げて輪切りになったルウゴがプスプスと音を立てていた。


「昔は大層な脅威だったかもしれんがな。人間様は知恵を絞って技を磨いて切磋琢磨してるんだわ」


 ファーデル・ロストの怪物がこうも簡単に殺されるとは。

 五剣将、別名百人騎士。百人分の騎士と同等の実力を有すると聞くが、これは百人どころではない。

 今の技だけでも騎士が少なくとも十人以上、死傷するだろう。


 サラマンドソードと炎騎士の相乗効果を考えれば、スキルが剣王の私とて油断ならん相手だ。

 エデンにこれほどの戦力が集まっていようとは。


「野生じゃお山の大将でいられたかもしれないけどよ。こっちはこう見えて熱く切磋琢磨してるんだよ」


 サーランドは飽きたのか、片手を振って地下の出口へと向かっていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 冒頭から胸糞悪くなる傲慢ぷりだったけど、意外にも上には上がいた??王国簒奪はクライブ卿一人の思想ではなかった模様。ラスボスの風格ではないわなww 領主様がこんなのだから…
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