強さの意味
クライブはまるで招待したかのような口ぶりで僕達を迎えた。
僕を殺したがっているなら望みが叶ったというわけか。
仮に僕が出向かなくても、クライブは僕を生かすつもりはない。
僕はクライブを観察した。
自分の婚約者が僕と会っていたというのが今一よくわからないけど、たったそれだけで殺人依頼をするような奴だ。
たぶん器のほうはお察しだろうな。
そんな人間でも生まれさえ恵まれていれば豪邸に住むことが許される。
住む場所や明日の食事の心配なんかない。
だけどそれは裏を返せば必死になる必要がないということだ。
生きるための必死さなんていらないから、しょうもないことに躍起になる。
自分の婚約者が取られた気にでもなっているに違いない。
そう考えると僕は笑いを堪えられなかった。
「プッ、アハハハッ!」
「な、何がおかしい!」
「そりゃ笑うでしょ。金も権力も有り余っているのに、僕みたいな平民に感情を動かすなんてさ。それで、なに? 僕が君の婚約者と会っていたから怒っているんだっけ?」
「貴様ァッ!」
クライブが歯茎を剥き出しにして、整った顔を崩している。
腰の鞘に収まっている剣を抜こうとしたところで、動作が止まった。
周囲にいる戦っていた人達を見渡して、何かを思いついたみたいだ。
クライブが笑みを浮かべて下がる。
「いいことを思いついた。貴様ら、あの無教養の平民を殺せ」
「はいッ! ただちに!」
男達が僕達に向けて、一斉に走った。
驚いたな。てっきり渋ると思っていたのに足取りといい、まったく迷いがない。
だけどこれは覚悟が決まっているなんてかっこいいものじゃないな。
どちらかというと何かに突き動かされている。
忠誠心? いや、ちょっと違う。
例えるなら常に背中に刃を突きつけられて、強引に走らされているような感じだ。
アレイシアには下がらせて、僕が男達の相手をすることにした。
それぞれ剣や斧、槍やナックルと武器の種類に富んでいる。
全員、ブルやカーク以上。山賊達以上の実力はあることに少し驚いた。
ブルやカークはあの冒険者ギルド内でもトップクラスだと思っていただけに、それ以上の実力者がこんなにもいる。
僕はある種の親近感を覚えた。
「やはり以前の情報とは違う! どうなっているのだ!」
「ハァ……ハァ……ク、クライブ様、こいつ何者なんですか……」
「奴の名前はルト。五級冒険者で討伐できる魔物はゴブリンのみ、ゾンビやゴブリンキラーなどと蔑まれてきた下等極まる屑……のはずだった。しかしつい先日、あのデメロ山賊団を捕らえてきた。やはりおかしい」
「五級の動きじゃないです……。攻撃する直前、すべてを見透かされて……『あ、これかわされるな』と気づくんですよ。でも気づいた時には攻撃は止められない……」
さすが領主、僕のことはあらかた衛兵か誰かから聞いているみたいだ。
そこまで把握しているなら、この程度の人達じゃどうにもならないってわかりそうなものだけど。
「貴様ら、よく聞け。中には剣すら握ったことがない奴もいたはずだ。だがここまで強くなれたのはなぜだ?」
「それはクライブ様の……いえ! ブリトゥス王国のためです!」
「そうだッ! その意思をもって貴様らはここにいる! それこそゴブリンすら倒せなかったギャンブル狂の中年すら、よくぞここまで成長したものだ! 貴様らはやれるのだよッ!」
「おおぉ! おおぉーーーーー!」
なんのことはない。
やっていることはディスペリア帝国の皇帝グライザーと同じだ。
圧倒的権力と恐怖で民衆を震え上がらせて、自らを崇拝することが正しいを刷り込む。
恐れさせて極限まで震えさせたところで褒め称えれば、恐怖が崇拝に変わるんだ。
傷つけてきた相手が実は自分のことをこんなにも思ってくれていた。
このお方は素晴らしい、なんてね。
それを大きな規模でやっているだけだ。
「やるぞぉーー!」
「どおおありゃぁああぁーーー!」
さっきまでの萎縮がウソみたいにまた元気よく襲いかかってきた。
崇拝といっても根底にあるのはやらなきゃ死ぬ、だ。
殺される。その恐怖は自分の後ろにいる。
後ろにいる奴に殺されるから殺す。
自分の意思とは裏腹に戦わざるを得ない状況に放り込まれたという点では僕と同じだ。
だけど僕はあくまで自分の意思で戦った。
誰かに脅されているわけじゃない。
戦わないと目の前の敵に殺されるから戦った。
自分が生きるために、自分のために。
この人達は生きるために戦っているけど、心の底から自分の意思で戦えていない。
だから必死すぎて僕が足で引っかけただけで大量に転ばされる。
「うあぁっ!」
「ぐっ!」
「いっづ……!」
複数の人達が絡み合うようにして転んだ。
自分のために磨いた強さじゃないから足元が疎かになる。
重心や間合いの取り方など、戦いには学ぶべきことが無数にある。
ただがむしゃらにやっているだけだと、まともに思考も廻らないだろう。
どう強くなるか。どうすれば倒せるか。
強さというのはそれを長い時間をかけて磨き上げていくものだ。
殺されたくないから、なんて理由じゃいつか限界がくる。
「まだ続ける?」
「い、いや、もう……」
そう一人が言いかけた時、ハッと気づいたように振り返った。
そこにいるのはクライブだ。爽やかな表情はどこへ消えたのか、汚物を見るような嫌悪感に満ちた表情だ。
「やるに決まってんだろッ! なぁ、皆!」
「おぉよ!」
「ブリトゥス王国万歳!」
「ブリトゥス王国の栄光のために! おおぉぉーーーー!」
男達が奮起して雄叫びを上げた。
後ろにいる権力者がそんなに怖いのか。でも、それだけじゃないな。
あのクライブはきっとこの人達よりだいぶ強い。
逆らえばクライブはこの人達を容赦なく斬る。
逃げれば背中から斬る。
結局こんなところでも強者が支配しているわけだ。
ブリトゥス王国万歳なんて心にもないことを刷り込まれて、かわいそうに。
だけどこれが現実だ。弱者は強者には逆らえない。
それが権力だろうと腕力だろうと、力という絶対的な概念が生み出した現実だ。
「終の剣」
闇の刃が迸って一振りで全員の肩や腹、腕を軽く斬った。
斬られた男達は痛みで悶えながら、やがて震え出す。
終の剣は外傷だけじゃなく、精神にも傷を負わせる。
刷り込まれた思想と背後にいる奴、目の前にいる僕。
嫌でも現実を理解すれば、どうなるか。
全員が一人、二人と武器を手放した。
「無理、だ……」
「勝てない……」
「俺達はここで死ぬんだ……」
いわゆる心が折れたというやつだ。
もう少し斬り込めば更にこの人達のトラウマをえぐることができたけど、その必要はない。
いくら後ろにいる奴が怖いといっても、今は戦う戦う気力すらないんだから。
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