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クライブ邸へ

 情報通り、クライブ邸は町の中心地にあった。

 平たく面積が大きい二階建ての屋敷の前には門があり、見張りが退屈そうに立っている。

 昔の僕なら近づくことすらしなかっただろうな。


 これだけの大きな建物がなんで必要なんだろう?

 あれだけの部屋に誰が住んでいる?

 一つくらい昔の僕に譲ってくれても、なんてなぜかしょうもないことが思いつく。


 これだけの財力がありながら、僕が自分の婚約者と親しいという理由だけで殺そうとした。

 いくらお金があっても不満が尽きることなんてない。

 欲望は更なる欲望を呼んで、時にエスカレートする。


 餓鬼獄の亡者達の罪は欲に囚われたことそのものだ。

 欲は行き過ぎると他人を不幸にする。

 自分が偉大な何かであると思い込んでしまう。


 門の前に立っている門番に近づくと、あくびの途中で僕達に気づいた。

 思い出したかのように険しい顔をして立ちはだかる。


「その身なりは冒険者か? 何用だ」

「僕は冒険者のルトでこっちがアレイシア。クライブに会わせてほしい」

「クライブ、だと? 貴様、死にたいのか?」


 門番が槍を僕の顎下に突きつける。

 呼び捨てにしたことが気に入らないんだろうけど、僕は本来クライブとは何の関係もない。

 領主であることと僕が敬って敬語を使わなきゃいけないこととは無関係のはずだ。


 クライブが僕に何かしてくれたなら別だけど、あいにく殺されかかっている。

 人相が悪い門番は僕を威嚇したまま、槍を動かさない。

 死にたいのか、か。


「君は死んだことがあるの?」

「……なんだと?」

「僕に敵意を剥き出しにしてそんなことを聞いてくるってことは、懲らしめてやりたいわけだ。つまり死の先にある苦しみを知っている……そういう解釈ができる」

「代々イースタム家の門番を務める私の前でクライブ様を侮辱したばかりか、戯言でけむに巻く……なるほど。理解した。貴様はただの阿呆だ」


 門番が槍を動かす寸前、アレイシアが握った。

 槍をわずかにすら動かすことができなくなった門番はアレイシアに目を見張る。


「う、動か……!」

「ルト様への敵対行動はわたくしへの敵対とみなしますわ」

「は、離せ! なんて、なんて力だ!」


 アレイシアが門番に指先を向けた時だ。

 門が開いて、一人の老人が出てきた。

 紳士服を着こなす清潔そうな老人が門番と僕達を見定める。


「これはこれは……どういった騒ぎですかな?」

「ゲ、ゲルニ様! こいつらが私やクライブ様に対する侮辱を……」

「ニームス、その不埒な輩に対して槍一つ動かせていない事実をどう説明しますかな?」

「い、いや、あの、それがすごい力で……」

「たわけが」


 ニームスと呼ばれた門番に老人が掌底を当てた。

 ドン、とニームスが槍を離して突き飛ばされたと思ったら白目を向いて昏倒する。


「イースタム家の門番という肩書きの上であぐらをかき、鍛錬すら怠る能無しなど必要ありませんな。おっと、これは失礼……お見苦しいところを見せてしまいましたな」

「おじいさん、強いね。今のって手の平に何か仕掛けていたでしょ」

「ほぉ、初見で見抜くとは。その若さで驚かせてくれますな」

「それで結局、通してくれるの? どうなの?」

「それはもちろん……む?」


 おじいさんが僕達、というより僕を怪訝な顔で見た。


「なるほど、心中お察しします。中へお通ししましょう」

「いいの?」

「えぇ、クライブ様も望むところでしょう。さぁこちらへどうぞ」


 門を越えて広い中庭を歩くと、左右に涎を垂らした犬の魔物が唸っている。

 番犬かな。数十匹はいる魔物が、牙を剥き出しにして今にも飛びかからんばかりだ。


「ご安心くだされ。私が同行していれば客人とみなされて、襲ってはきません」

「あんな魔物まで飼ってるんだね」

「クライブ様の趣味の一環でしてな。ご両親が亡くなられてからというもの、身辺の守りのために飼われたのです」

「身辺の守りねぇ」


 あれじゃ群れたところでせいぜいブルとカークレベルの人間しか殺せない。

 ケルベロスに比べたら、あの魔物の群れなんていてもいなくても変わらない。

 その証拠にハンターウルフ達が次第におとなしくなって、離れていく。


「おや? 格上の魔物にもとびかかる獰猛なハンターウルフが……。珍しいこともあるものですな」


 番犬があの様なのにそんな言葉で済ましていいのかな?

 それともそんな僕すら中に入れることでどうにもできてしまうという自信の表れかな?

 屋敷の中に入ると広々としたエントランスを抜けて、廊下を歩く。


 足元が磨かれた石で作られていて、僕達の姿が映るほどだ。

 至る所にある調度品の数々が身分の高さを主張しているかのように見えた。

 これが貴族という身分が成せる技、いわば力だ。

 

 クライブ一族は生まれもった権力を容赦なく振るってきた。

 その猛威はとても平民が太刀打ちできるものじゃない。

 財力、権力。これも力だ。


 以前の僕がまったく敵わなかったほどの力、いや。

 立ち向かうことすら諦めさせたほどの力だ。


「どこへ向かっているの?」

「着きました。あちらの扉をくぐって階段を降りてください。クライブ様はその先にいらっしゃいます」


 ゲルニがどうぞとポーズをとって、僕達を奥へ行くよう促した。

 そんなゲルニを横目で見ながら通過すると、扉が閉じられてしまう。

 そしてカシャリと鍵をかける音が聞こえた。


「それではごゆっくりと……」


 なるほど、そういうことするんだ。

 あんな扉なんてどうとでも出来るけど、この地下にクライブがいるならどうでもいい。

 薄暗い階段を降りていくと、通路の左右の燭台に明かりが灯っている。


 左右は牢になっていて、顔色が悪い人達が座りながら項垂れていた。

 地下の隅に溜まった水を必死に舐めている人や、諦めずに鉄格子をガタガタと揺らしている人もいる。


「おい! 見慣れない顔だが、ここに閉じ込められたのか!?」

「どうやって入った!」

「ここから出してくれ! 家族が待っているんだ!」


 まさか領主の家でこんな光景を見ることになるとは思わなかった。

 この人達は何かの罰を受けているのか?

 罰なら衛兵に預ければ十分のはずだ。

 だとしたらここは?


「ルト様。クライブというのはどうやらあまり趣味のいい方ではないようです」

「それよりアレイシア、そのドレスいいの? 汚れるかもしれないよ?」

「ルト様にいただいたドレスを一瞬でも着ないなんて考えられませんわ。それに汚れても洗浄魔法でどうにでもなりますの」

「ひえぇ、さすが聖……アレイシアだ」


 危うく聖女と言うところだった。

 どうやらあのドレスをよっぽど気に入ってるみたいだ。

 僕も他人に何かをプレゼントする喜びというのが少しわかった。


 こうやって喜びを共有できるのがプレゼントというものだ。

 だからこそ喜んでもらうために、何かを与えたくなる。

 次は何をプレゼントしようかな、なんて楽しい考え事が増えたのは嬉しい。


「あちらが騒がしいようですわ」


 歩き続けると明かりが見えてきた。

 辿りついた先は円形の闘技場ともいうべき場所だ。

 大勢の人達が戦っていて、血や武器の破片が飛ぶ。


 まるで修羅獄だ。

 だけど違うのはどの人達も苦い顔をしているという点だった。

 心の底から戦っているわけじゃない。


「一度、止めッ!」


 大声で止めに入ったのは長身の男だ。

 その顔を見た途端、僕の中で記憶がよみがえる。


――この中にはいないだろうし、心配ないと思うけどね。最近、僕の婚約者であるエーリィに近づく平民がいると聞いたんだ


 整えた金髪、面長の顔、翻すマント。

 あの時と同じ服装と表情で立っていた。

 満足そうに戦っている人達を見渡した後、僕達のほうへ歩いてくる。


「ようこそ。確かルト君だったかな? 君がここにいるということは、ゲルニがいい仕事をしてくれたということだな」


 そう、冒険者ギルドに来た時と同じように爽やかな笑顔だ。

 クライブ・イースタムはあの時と同じく自らの地位を疑っていないように見えた。

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