コーディネート
ブルやカーク達から教えてもらった町にある衣服店に入ると、言葉を失った。
店内には服だけで何種類、いや。何十種類の服があるのかわからない。
男向け、女向けの分類の他には冒険者向けの布地の服が売られている。
通気性や耐久性を重視したもので、複数の色があるみたいだ。
手に取ってみると触り心地がよくて、こだわりを感じた。
着るということは生活に直結する。
身を守るためであったり、自分をよく見せるためであったり目的は様々だ。
僕もこれだけ服がある中、好みのものをいくつか見つけたから間違いない。
冒険者向けの服を見てピンときたのが上下が黒一色のものだ。
黒い半袖に短パンと、熱い場所を想定としたものという説明が書かれている。
これに加えて黒いマントとローブがいい。
それによく見たら耐性なんかが書かれていた。
ブラックベストセットは暗闇耐性があるみたいだ。
隣にある厚手の長袖の服は水耐性と、それぞれ特徴がある。
僕の場合、耐性はどうでもいいから好みで選ぼう。
「でも、あれもこれも迷うなぁ。でもあっちは値段が……アレイシア? どうしたの?」
「は、はい。こういうところに来るのは初めてで……ずっと憧れだったのですけど、いざとなると何を選んでいいのか……」
「わかる、わかるよ。女の子の服のことはわからないけど、一緒に見てみよう」
「そ、それはさすがに申し訳ないですわ」
戸惑うアレイシアの背中を押して、女の子服のブースにいってみた。
男と違って赤やピンクと、明るい色合いのものが多い。
アレイシアは色々と手に取ってみて、かなり迷っている。
「この丈が短いスカートなんか履かせて貰えませんでしたわ。聖女としてはしたない、なんて言われて……」
「アレイシアならこのスパッツとかいうのも似合いそうだよ」
「え? こ、これはちょっと……なんだか窮屈そうですし、え、えっちな感じが……」
「そ、そう?」
参った。そういうつもりじゃなかったんだけどな。
スカートよりも動きやすいし、いいかなと思ったんだけど。
アレイシアが顔を赤くするほど恥ずかしいなら勧めるのはよくないな。
色々と見て回ると一際、目立つドレスが飾られていた。
純白のドレスでスカートが長く、神秘的な雰囲気がある。
耐性を見ると強くはないものの、ほぼすべての弱属性耐性があって驚いた。
更に一部の状態異常を防ぐ効果がある。
「こちらのドレス……お姫様みたいで素敵ですわ」
「これも似合いそうだね。どれ、値段は……20万ゼルか。なかなかだね」
「さすがにお高いですわ。他のものにします」
アレイシアが後ろ髪を引かれるかのように、ドレスを一瞥してから別の服を確認し始めた。
20万ゼルか。五級の稼ぎじゃちょっときついな。
でもこのドレスは一着のみだし、たぶん一点ものだ。
売れてしまったら二度と手に入らないかもしれない。
アレイシアはたぶん欲しがっている。
仕方ない、ここは店員に声をかけよう。
「あの、すみません。あのドレスなんですけど、一着しかないんですよね?」
「ん? あぁ、そうだよ。でも見栄を張って仕入れてみたけど、こんな田舎じゃ売れなくてね」
「あれ、お金を用意しますから他の人には売らないでくれます?」
「用意できるってのかい? 約束できるなら構わないけど……。差し支えなければ教えてほしいんだが、誰が着るんだい?」
「あちらの子です」
アレイシアを指すと、店のおじさんが見つめたままだ。
アレイシアに近づいて顔を見てから、ほぉと感心したように声を出す。
「驚いた。こんなにも女神アレイシア様の像にそっくりな少女がいたとはね」
「え? またアレイシア様、ですの?」
「いやいや、すまない。私はこう見えて敬虔なるアレイシア教の信者なのだよ。いやぁ、見れば見るほどそっくりだ……そういえば名前もアレイシアと呼ばれていたような?」
「……そう」
アレイシアが面白くなさそうに俯く。
滅びの女神として君臨した自分を称えられる歪な状況と、聖女として崇められた頃のことが重なるのかな。
おじさんは祈りこそしないけど、アレイシアに見とれていた。
アレイシアが困るようなら、また止めなきゃいけない。
「あの、そういうのやめ……」
「今日もいいことがありそうだ」
「はい?」
「いや、なに。数年前、娘が病に冒された時にね。治療院でもなかなか難しいらしくて……毎日、教会にあるアレイシア様の像のお祈りをしたんだよ。そしたらついに病がウソのように治ったのさ」
「……そんなことが?」
「祈ればアレイシア様は聞き入れてくださる。アレイシア教を信じて本当によかったよ……」
そんなことがあるはずがない。
もっともそう思っているのがアレイシアだ。
だけどおじさんはアレイシア像の前でお祈りしたおかげだと完全に信じている。
おそらく完全に偶然だ。
どんな病か知らないけど、何か他の要因があって完治したに決まっている。
都合がいいことも悪いこともすべて神様のせい。
呆れた妄信だけど、それで救われた気持ちになる人もいる。
危険ではあるけど、あえて水を差そうとは思わなかった。
当のアレイシアはどう思っているかわからないけど。
「お嬢ちゃん、あのドレスがほしいんだってね。5万ゼルでよければ売ってあげるよ」
「そ、そんな! 悪いですわ! それに5万ゼルでもまだ……」
アレイシアが僕に何か求めるような視線を向けてきた。
迷う余地なんかどこにもない。
僕は5万ゼルの硬貨をおじさんに渡した。
「買うよ」
「おぉ、ありがとう! よかったな、お嬢ちゃん!」
ドレスを手渡されたアレイシアは頬を紅潮させて言葉にならない様子だ。
僕は何も言わずに背中をポンと叩いた。
「ル、ルト様……」
「気持ち、気持ち。アレイシアには後悔のないよう楽しんでほしいんだ」
「ルト様、わ、わたくし、もらいすぎですわ……。それにこれって、いわゆる……プ、プレゼントでは……」
「そうなるね」
アレイシアがドレスを抱き込むようにしながら、まだ戸惑っている。
僕が試着室へ促すと、小走りで向かっていった。
そして出てきたのは綺麗なドレスを着こなすアレイシアだ。
「ルト様、ど、どうですか……?」
「うん、似合ってるよ」
「ほ、ほほ、ほんとーですか!?」
「ウソなんか言わないって。すごく綺麗だよ」
アレイシアがスカートをなびかせながら、頬に両手を当てる。
そこまで喜んでもらえるなんて思わなかったな。
今まで誰かに与えてばかりだった分、喜びが大きいのかもしれない。
僕も目的の服を買わせてもらって着替えてみた。
鏡を見ると見事なまでの黒一色、冥王を象徴するかのような見た目だ。
うん、やっぱり好きな色だと落ち着くな。
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