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冥王

 トルソーさんによれば、冥王は人間獄の中心にある冥道宮にいるらしい。

 人間獄は比較的、穏やかなところだけどこの一角だけは別だ。

 人間獄全体を圧倒するかのような高くそびえ立つ宮殿が、谷に囲まれている。


 更に高い壁が囲んでいて、門の前には門番であるケルベロスが睨みを利かせていた。

 冥界の門番の異名をとるこのケルベロスのおかげで、性質が悪い悪神が迫ろうと冥道宮には一歩も入れない。

 文字通りの魔除けとして務めを果たしている。


 冥王と戦った時のアレイシアによれば、ケルベロスさえいなかったら楽な戦いができたという。

 その実力は神域に達していて、各階層を支配している獄主すら上回る。

 冥王の意にそぐわなければ、スサノオウクラスすら処刑できるほどの怪物だ。


 過去、何度も獄主が入れ替わっているらしい。

 過去、何度も獄主が畜生に成り果てたらしい。

 準神ですらケルベロスの前では神でいられなくなる。


 僕達が近づくと番犬が全身の毛を立てて臨戦態勢に入った。

 三つの口から牙を覗かせて、獰猛さを隠さず威嚇してくる。

 そんなケルベロスに僕は近づく。


「グルルルアァ……!」

「伏せ」


 僕が一言、そう言うとケルベロスの唸り声が弱くなる。

 次第にケルベロスは姿勢を低くして、僕の素通りを許した。


「冥王はなかなかのものを飼ってるんだね。あれなら枕を高くして眠れるだろうな」

「過去、わたくしですらケルベロスをあそこまで畏怖させられませんでした……。ルト様、あなたの力はもう……」


 アレイシアが二の腕をさするほど、今の僕は強い。

 ゾンビだの蔑まれてきたけど、過去は過去だ。

 卑下するということは、今まで僕が経験してきた過酷な環境すら否定することになる。


 隣にいてくれるアレイシアだってそうだ。

 アレイシアは僕についてくるという選択をしてくれた。

 自信を持たないわけがない。それに――


――あの時、ルトが立ち向かう勇気を見せてくれたおかげなんだよ


 僕の中でいつまでも残っているこの言葉があったからだ。

 僕が今日まで歩み続けてこられたのも、名前すら忘れてしまった女の子が僕を肯定してくれたから。


 僕ごときが越えられたタルタロスなんて、という考えはもうない。

 僕だからあの魔境を越えられたんだ。

 今、僕はケルベロスを越えて冥道宮に入る。


 中に入ると細い道が続く。

 下は煮えたぎる溶岩、空中には複眼の怪鳥達が僕達の様子をうかがっていた。

 バッサバッサと飛び交うけど、襲ってくる気配がない。


「あれは冥界の番鳥、現世では死を告げる鳥として恐れられてますわ。一羽の戦闘能力はタルタロス下層の亡者に匹敵します」

「賢い子達だね。教育が行き届いているよ」


 獄主達すら恐れるタルタロスの亡者と同等の力を持つ鳥か。

 こうして聞くと、あのタルタロスがどれだけ恐れられていたのかよくわかる。

 特にあのグラトニーが恐れるわけだ。

 冥王に逆らおうものなら準神といえど、冥王以前にあの鳥についばまれてしまう。


 冥道宮の中では階段や橋、椅子やベッドなんかが散らばって浮いている。

 朽ちた屋敷の人工物が漂っているような感じだ。

 その影から目だけ光らせている得体のしれない怪物が僕達を見ているけど、最後まで襲ってこなかった。


「亜空の冥獣デルキルすらも寄せ付けない……。最強種のドラゴンすら自前の空間に引きずり込んで玩具にするという異次元の怪物が……」

「いいなぁ。僕も何かペットでも飼おうかな?」

「わ、わたくしはかわいいにゃんがいいですわ!」

「かわいいにゃん?」

「あ、いえ……ね、ね、猫のことですの」


 ペットと口にした途端、アレイシアがはしゃいだと思ったら顔を赤くして俯く。

 やっぱり動物好きなんだな。

 そうそう、もっと自分を出していこう。


 現世に出たら、そういう暮らしでも考えてみようかな?

 あまり根詰めてあれこれやってもしょうがないからね。


 辿りついた最上階にて、門が勝手に開いた。

 奥にいたのは紫髪の小さな女の子だ。

 漆黒のローブを着込んで、手元にある髑髏をさすりながら玉座でくつろいでいる。

 イメージと見た目の乖離があるけど、こいつが紛れもなく冥王だ。


 そこらの亡者とは比べ物にならない圧を放っている。

 この場にすべての亡者がいたら、全員が迷いなく平伏しているだろう。

 その光景が容易に想像できるほど、少女の姿をした冥王の格を感じた。


「許可なく無断で上がりこむとはな。教育がなっていないようだ」


 冥王は薄ら笑いを浮かべている。

 どこか挑戦的な眼差しだ。


「ご存じの通り、タルタロスに落ちたような人間だからね」

「口が減らんことだ。我が世界でこうまで勝手をされたのは何百年ぶりか……。そこのアレイシア以来か」

「冥王、事前に話していた通りだよ。冥王の座をもらいにきた」

「フッ、フフフ……」


 さも面白おかしそうに冥王が笑う。

 未だ玉座から立ち上がらないところからして、かなりの余裕を感じる。

 僕ごときの相手なんて座ったままで十分ということか。


「その言葉の意味を理解しているのか?」

「僕なりにね」

「生命の罪と罰を考えるにはそなたはあまりに若すぎる。退け。今ならタルタロスでの狼藉は不問としよう」

「これでも二万年は生きたんだけどなぁ。いや、冥体だから生きてるって言い方はおかしいか」


 偉そうなことを言ってるけど、まったく理解不能だ。

 罪と罰? 少なくともこんなところでふんぞり返ってる奴よりは見てきた。

 これ以上の言い合いは無意味だ。やるならとっととかかってくればいいのに。

 

「タルタロスでの狼藉っていうけどさ。じゃあ、事故であんなところに落ちたとしてどうすればいいのさ。大人しく殺されてろってこと?」

「そのほうが人間獄で慎ましく暮らせただろうな」

「冥界の支配者なら、僕みたいなのが迷い込んだ時点で手を打てよ。なにしてたの?」

「余とて暇ではない。石ころが転がり落ちてきたことを気にかけるはずもなかろう」

「へぇ……石ころね」


 終の剣(ダークセイバー)を出して冥王に突きつけた。

 元々言いくるめて冥王の座につこうなんて考えていない。

 あっちだって易々とその座を渡そうなんて考えてないはずだ。

 だったらこうするほうが手っ取り早い。


 こうまでされても冥王の表情は動かない。

 さすが死の世界の支配者、お手並み拝見といこうか。


「転がってきた石ころが何かの間違いで脳天を貫通する……。そんな事態にならないといいね」

「余と戦おうというのか?」

「そのつもりだよ。持てる力を尽くしてお前を討つ」

「……本気だと言うのだな?」

「くどい」


 冥王がいよいよ立ち上がって一歩、前へ出て棒立ちする。

 いよいよくるか。冥界最強の王、僕の力がどこまで通用するか。

 いざ!


「こ、降参なのじゃ」

「……は?」


 冥王が床に頭をつけて土下座してきた。

 こいつは何を言ってるんだ? 何かの予兆か?

 まさか小細工で騙そうなんてわけはない。


「下らないことはやめろ。いくぞ」

「こーさんなのじゃ! 無理なのじゃ! イキってみたけど限界なのじゃ! 勝てる気がしないのじゃー!」

「はぁ?」

「冥王の座でも何でもくれてやるのじゃ! だから矛を収めるのじゃー!」


 僕は何を見せられているんだ?

 冥王が降参宣言をしたばかりか、冥王の座をよこすと言っている。

 幻術の類かと警戒して、僕はしばらく構えを崩さなかった。

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