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エーリィとのひととき

 常に隙間風と軋みが絶えないボロ屋に帰るとエーリィがお座りしていた。

 鍵もなにもない家だからしょうがないけど、当然のように入ってきている。

 水色のロングヘアーで目がぱっちりとしたこの女の子は紛れもなく公爵令嬢だ。


 僕が帰ってくると、ずいっと袋を差し出してくる。

 僕は毎回、これをすぐに受け取れない。

 こういう施しはやめてほしいと言っている手前もある。

 でも最終的に受け取るんだけど。


「ほいっ! ほいほいほいっ! パンとフルーツとチキン!」

「エーリィ、それどこから調達したのさ」

「食堂に決まってるじゃん。糞詰まりみたいな顔したコックの目を盗むのがどれだけ大変だったか……」

「そこまでしてくれなくてもいいって。エーリィが怒られるどころじゃないだろ……。でも、ありがとう」


 上品そうな見た目に反して、言葉選びは遠慮がない。

 そんな公爵令嬢エーリィとの奇妙な関わりは一年前からずっと続いている。

 ことの発端は僕が十三歳の時、今と変わらない弱さで森を歩いていた時のことだ。


 その日もゴブリン狙いだったんだけど、森の中でエーリィの悲鳴が聞こえた。

 思わず駆け付けると、ゴブリンなんか比じゃないほど強い魔物がエーリィを襲っている。

 心臓がバクバク鳴りながらも、きっと僕は恐れというやつを知らないんだろう。

 スキルである忍耐のおかげで恐怖に押しつぶされることがなかった。


 それでも震える僕は魔物の前から動かない。

 大きな熊の魔物がその腕を振るえば、僕なんか軽く殺せる。

 どう考えても勝ち目なんかないのに、あの時の僕は何を考えていたのやら。

 エーリィの前から動かなかったんだ。


 結果的に僕達は助かった。

 なんと怯えて動けなかったはずのエーリィが魔物を倒してしまったんだから。

 剣を抜いて颯爽と走り、魔物に斬り込んだ。

 

 僕が一生かかっても討伐できない魔物にエーリィが勝ってしまった。

 何が起こっているのかわからずにいると、よく見ればエーリィは剣を持っている。

 つまり武器を持って戦えるのに怯えて悲鳴を上げていた。


「大丈夫だって。あのコック、よく調理場から出てさぼっているもん」

「あの時の恩を返そうとしているなら、もう返してもらったからいいよ」

「いや、恩というか……。私に立ち向かう勇気をくれたからっていうか……」

「恩じゃん」


 後で知ったんだけど、エーリィは剣聖のユニークスキルを持っていた。

 剣の適性はもちろんS、土壇場で潜在的な力が発揮されたんだと思う。

 だけど剣を持って戦う勇気が出ず、期待に応えられない自分が嫌になって家を飛び出したらしい。

 元々戦いに向いている性格じゃなかったと彼女は自己分析している。

 そこで魔物に襲われたところで登場したのが僕だ。

 

 まったくとんだ恥かいたよ。

 剣王と並ぶユニークスキル持ちを助けようとしたんだからね。

 さすが貴族の血筋というべきか、生まれながらに備わるスキルからして違う。


「あれ以来、私ね。訓練から逃げずに取り組んだんだよ。あの時、ルトが立ち向かう勇気を見せてくれたおかげなんだよ」

「君に元々才能があったからだよ」

「違うって! ホントにルトがいなかったら無理だった。師匠すらそんなの教えてくれなかったし……」

「これでも食べて、自信つけなって」

「もぐ、おいし……って、これ私がルトに持ってきた果物じゃん!」


 頬を膨らましながらもエーリィがモグモグと果物を食べている。

 決して許されないことだと理解しつつも、僕にはこの時間が安らぎだった。

 どこへ行ってもバカにされる僕に唯一、まともに接してくれるのがエーリィだ。


 単なる同情だとわかっていても心地いい。

 不釣り合いどころじゃないとわかっていても。

 それでもほんの少しだけ何かを期待してしまう。


 そしてすぐにこれはよくないことだと思い直す。

 エーリィが持ってきてくれたパンや果物を食べながら、僕は毎回のように泣きそうになる。

 忍耐のスキルをもってしても、これはなかなか堪えられないみたいだ。


「おいしい?」

「うん……ちょっとしょっぱいけど……」

「おかしいなぁ。塩パンは持ってきてないはずだけどなぁ」


 僕はエーリィから顔を逸らしてパンをかじった。

 こんなにも情けない状況なのに、僕はこれが永遠に続いたらいいのにとさえ思っている。

 強くなりたい。この時はいつもそう強く願う。


「さ! 次は訓練! 立って立って!」

「うん、やろう……」


 この狭いボロ屋の中で、エーリィはできる限り僕に戦闘指南をしてくれる。

 外に出て見つかったら厄介だからだ。


 立ち回りや構え、基本の型。

 あらゆる知識や技術を教えてもらっているのに僕は一向に強くなれなかった。

 今日も大した成果を出せずに時間だけが過ぎていく。


 それなのにエーリィは嫌な顔一つせず根気よく教えてくれた。

 僕に戦いのセンスがないのは明らかだ。

 それでも忍耐のせいなのか、やめようとは思わない。


 当たり前か。

 冒険者以外に僕が生きる道なんてない。

 他の仕事をしたところで報酬をピンハネされてろくな稼ぎにならない。

 王都みたいな大きな都市ならそういう不正はないのかもしれないけど、移動するにもお金がいる。

 だから、何がなんでもやるしかない。


「今日はこのくらいにしておこう。早く帰らないとエーリィが怒られる」

「そういうのは気にしなくていいの。私の部屋抜け出しスキルを甘く見ないで?」

「そんなスキルは聞いたことないけど……。本当に早く帰ったほうがいいよ。実は今日、冒険者ギルドにクライブ様が来たんだ」

「え……」


 エーリィの表情にほんの一瞬だけど、暗い絶望の影が差した気がした。

 何か違和感がある。

 僕も聞いた時は血の気が引いたけど、エーリィのこの様子はそんなものじゃない。


「そう、なんだ。じゃあ気をつけないとね」

「うん。だからそろそろ帰ったほうがいいよ」


 エーリィがふらつきながら立ち上がって、ボロ屋のドアを開けた。


「じゃあ、またね」


 振り返って笑顔で挨拶をしてくれたけど、いつもよりぎこちない。

 夜の闇に消えていったエーリィの後ろ姿がいつも以上に寂しく感じた。

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