修羅獄
修羅獄の上空を飛んで地上を見渡す。
ここではどこかしらで常に誰かが戦っていて、血しぶきで辺りの岩盤が染まっている。
生首が転がってくるわ手足が飛ぶわで、ここもなかなか不毛な層だ。
生前、他を顧みずに戦いに明け暮れた者が落とされるのが修羅獄らしい。
ここではすべてが戦いによって成り立っていて、亡者としての縄張りや地位が戦いによって決められる。
複数人の生首を持ち歩いている大男が、声を張り上げてこの辺りの支配権を主張していた。
「人間、死んでもああいうことをやめられないのか。まぁ僕も似たようなものだけどさ」
「最後にものを言うのは力による支配、まるで現世の縮図のようですわ」
「ここの亡者達は腹の足しにならないものを食べさせられたり、動物にされるわけじゃない。自分達の意思で戦っているように見えるよ」
「修羅獄の獄主がそのように支配しているからですわ。ここで何かを得たいなら戦え。それだけでここに落とされる人達には十分ですもの」
よく見るとここには人間以外の種族が目立つ。特に獣人族の割合が多い。
今まで気づかなかったけど、冥界には人間以外の種族がいるのか。
種族の性質なんかもあるだろうし、僕としてはここの亡者がある意味でもっとも純粋だと思ってる。
誰かを騙したり、無差別に殺しているようなのはたぶんいない。
互いの利害が一致して初めて行われる、いわゆる決闘こそが修羅獄の亡者の本質を表している。
その証拠にしばらく眺めても、不意打ちや奇襲といった手段を使う亡者はいない。
罠を仕掛ければいいものを、誰もその手段を選択しない。
お互いが戦いたいから戦っているんだ。
「なーんで、戦いが好きなだけで人間獄へ行けないんだろう?」
「すべては冥王が取り決めたことですわ。ルト様、あなたが冥王となれば何かが変わると予感しておりますの」
「……アレイシアさ。ずっと疑問だったんだけど、聞いていい?」
「な、なんでしょう?」
「アレイシアを蔑んだり処刑した人達はどこにいるの? 僕にしてみれば、そいつらこそ大罪を犯していると思うんだけどさ」
「それはたぶん、ですけど……」
アレイシアが悔しそうに口をつぐむ。
少なくともタルタロスにそれらしいのはいなかったように思える。
だとしたら餓鬼獄か畜生獄が妥当だ。
「きっとすでに転生してますわ」
「は? タルタロスにも落ちずに?」
「一度目に冥界に落ちた時……冥王とやり合った時に問いただしたことがありますの。彼らの行先はせいぜい畜生獄が妥当だと話しており、罪にもよりますが転生までの期間は長くても数百年がいいところですの」
「ちょ、ちょっとちょっと! 冥王がそう言ってたの?」
アレイシアが無言で頷く。どこか遠くを見るような目だった。
手のひらを返してアレイシアを罵り、処刑した奴らが数百年で転生か。
ということは今は現世でのうのうと暮らしているかもしれない。
魔神を初めとして、僕は皆からアレイシアの過去を聞いた。
善行を含めてアレイシアという人間を尊重したし、ゾンビと呼ばれた僕じゃ到底及ばない人生だ。
たった一度の過ちで多くの人達から非難されて殺されたアレイシア。
散々守ってもらっておきながら無間地獄で苦しまずに転生を果たした罪人達。
僕の中で何かが熱くなった。
「現世でそいつらを見つけ出して、僕がタルタロスに落とす」
「え……? ルト様、それは……」
「わかってる。アレイシアの時代から何度も転生しているかもしれない。だけど必ず見つけ出す」
「なぜそこまで?」
僕は一瞬だけ口をつぐんだ。
正義や秩序のため? 世界を正すため?
下らない。どれも詭弁だ。
もっとシンプルな理由があるじゃないか。
少しでも口を閉じてしまった自分が恥ずかしい。
「そいつらがむかつくからだよ」
「む、むかつくって、それでいいんですの?」
「いいんだよ。突き詰めれば冥王だってそんなノリで決めてるよ。だって僕達は強者が作りだした倫理観に沿って死後の運命まで決められているんだからね」
だから僕が冥王になる。
アレイシアが率いたラディーノ連合軍だって、帝国軍を上回ったから自由を勝ち取れた。
それまでは帝国が強かったから、帝国の正義がまかり通っていただけの話だ。
これは未来永劫、永遠に繰り返される。
冥王という絶対的な存在が作り出した支配が今は正義なら、強くなって反逆すればいい。
「あれが修羅獄の獄主の城かな。ちょっと挨拶していこう」
「気をつけてください、ルト様。戦神スサノオウは獄主の中でもおそらく最強ですわ」
アレイシアの忠告をありがたくいただきつつ、僕はテラスから城に侵入した。
入るとそこにいたのは、正面に加えて左右に顔がある悪魔だ。
偉そうに玉座で肘をついて、僕達の登場にもまったく動じない。
「なるほど、実に奇怪である。バンデーヌとグラトニー程度では話にならんわけだ」
「初見でそこまで見抜くんだ」
「小僧、立ち会え」
スサノオウが玉座から立つ。
合計六本の腕それぞれに剣を持って構えた。
話が早い。どのみち冥王となるなら、このスサノオウもどうにかしないといけない。
「ハァァァァッ!」
スサノオウの剣によって真空破が放たれた。
速さや威力、範囲ともにいつか戦ったバルロイのそれ以上だ。
自分の城が破壊されることに何の躊躇もなく、スサノオウは存分に暴れた。
今の僕ならすべて見切るのは容易い。
六本の剣を見切って丁寧に弾きつつ、縦に一閃。
が、僕の終の剣はスサノオウの剣によって受けられていた。
凄まじい反射速度だな。さすがは戦神と呼ばれるだけある。
「強い! あまりに強すぎるッ!」
「あら、受けられちゃったな」
「なぜ手を抜いた! この私が気づかわれているッ! これほどの屈辱など冥王様以来だッ!」
バレたか。確かに殺すつもりならもう決めている。
確かに今のはほんの挨拶程度だ。
僕の実力を知ってもらえればそれでよかったからね。
屈辱を受けたと認識しているし、これ以上の戦いは無意味だ。
スサノオウを殺すつもりなんてないから、僕は終の剣を消した。
「言えッ! なぜ手を抜いた!」
「僕が冥王になった時、優秀な手下がいないと困る。ただそれだけだよ」
「冥王になる、だと……?」
スサノオウは固まった後、すべての腕を下ろした。
そして床に腰を落とした後、六本の剣を捨てる。
「ならばよい」
「いいの? ていうか突っ込まないの?」
「私以上の力がある者の野望など、どう笑えようか?」
スサノオウが正座してから頭を下げた。
冥王に対する侮辱でもある発言なのに、ここまで冷静でいられるとは思わなかった。
強さこそがすべて、そんな極端な考えをしているからこそ培える潔さがある。
戦神の名に恥じない品格だ。
こんな相手に僕は手を抜いて戦っていたのか。
僕がやったことは戦神の名に対する冒涜だ。
そう思わせるほど、スサノオウという存在に惹かれている僕がいた。
「手を抜いてごめん」
「なに! 見下げた理由で手加減されておらぬとわかって良し! グハハハハッ!」
大声で笑った後、スサノオウは大の字になって仰向けになった。
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