大罪を背負う者
私は長い間、夢を見ている。
私は村で幸せに暮らしていた。お父さんとお母さん、村の皆に囲まれて幸せだ。
畑仕事のお手伝いは大変だったけど、夜は楽しく語り合う。
そして気持ちよく眠りにつく。
貧しい生活だけど不満はなかった。
でもそれは子どもの私だからそう思うだけで、大人達は常に貧困対策を考えている。
村の収入源は畑の作物のみ、名産品はない。
時々、お父さんとお母さんが村の集会場に行って夜遅く帰ってくることがあった。
子どもながらに何か起こっていると思ったけど、大して深く考えない。
「こ、こちらのお嬢さんのスキルは『聖女』です!」
十歳の頃、私は両親に連れられて隣町で神託の儀を受けた。
これはお金を払うと眠っているスキルが判明するというもので、私には聖女のスキルがあると判明する。
後で聞いた話だけど村の大人達はイチかバチか、私に神託の儀を受けさせたとわかった。
この話はなぜかすぐに王族に伝わったみたいだ。
両親は喜んで私を王族に引き渡すことを選択する。
両親とお別れするのは嫌だから、私は行きたくないと訴えた。
いつか必ず迎えにくる。それが最後に聞いた両親の言葉だ。
後になってわかったけど、両親は村中の皆が一生遊んで暮らせるほどのお金をもらって村に帰っていた。
不安に駆られた私を待っていたのは煌びやかな世界だった。
私を引き取った、いや。買い取った王族は私に徹底した教育を施す。
礼儀作法、舞踊、剣術、魔法。おおよそ思いつく限りの習い事をさせられた。
聖女として相応しい女になれ。その言葉ばかり聞かされて育つ。
頑張ればいつか両親が迎えにくる。
そんな希望を抱きながら私は与えられたことを頑張った。
勉強だけじゃなく、時には怖い魔物と戦わされて帰りたくなる。
恐ろしくて何度も泣いた。だけど教育係の大人は私を厳しく叱責するだけ。
そんなある日、魔法を覚え立ての私が十匹の魔物を数分で討伐したものだから大騒ぎだ。
「君は天才だ!」
「聖女のスキルはこの世のほぼすべての魔法を習得できるという! そなたの力が国を救うのだ!」
「ぜひこれからもよろしく頼む!」
羨望の眼差し、賞賛の言葉がたまらなく気持ちよかった。
思えば両親からもここまで褒められたことはない。
だからこそ私は喜んで魔法の訓練に打ち込んで、いつしか自分はこのために生まれてきたと錯覚するようになる。
褒められるのがこんなにも気持ちいいとは思わなかった。
魔法だけじゃなく、剣術の訓練も怠らなかった。
適性はあまりよくなかったみたいだけど、やればやるほど喜ばれるから。
さすが聖女、なんという向上心なんて言われるものだから。
だから何でもやった。
この力は私だけのものじゃない。
たくさんの人達が喜んでくれて、たくさんの人達を救える。
自分しかいない。
そう思うと、どんな危険なことでも率先して挑むようになる。
大陸統一を目論む巨大帝国、魔族の大群を率いる魔王。
国を脅かす脅威がいるとなれば、私の出番だった。
時にはいつの間にか連合軍を率いて帝国軍を打ち破ったこともあった。
経緯は覚えていない。
でも私が励ましの言葉をかければ劣勢の状況でも皆が元気になり、なぜか一つにまとまっていく。
不思議なもので、私が聖女というだけでまるで神を味方につけたかのように錯覚する。
私もその気になって先頭に立って戦った。
結果的に連合軍に勝利をもたらして、私は大陸中から賞賛された。
「長らく帝国の支配下にあった国々では毎日がお祭り騒ぎのようです!」
「聖女様、我らを導いてくださってありがとうございます!」
「これからも我らを導いてください!」
いつからかな。その言葉が耳障りになったのは。
でも笑顔で応えないといけない。
そうしないと私がいる意味がなくなるから。
次第に一人になるたびに吐き気がこみあげてきた。
特につらいのは王都を歩く人達を見た時だ。
あの人達は多くが裕福とは言えない暮らしをしているかもしれない。
だけど服装や仕事、友人、恋愛。
誰にも縛られることもなく自由に選択している。
私はそんな人達を見るたびに羨ましく思っていた。
私はというと一日中、監視下に置かれたような生活だ。
私が王族や貴族がいる場であくびでもしようものなら、怪訝な顔をされる。
最初は意味がわからなかったけど、それが皆の聖女像から離れているからだと理解した。
綺麗で神聖な聖女が人間らしい仕草をしてはいけない。
聖女はもうこの国の象徴であり、神に等しい扱いを受けている。
私は聖女アレイシア。もう人間でいる場合じゃない。
来る日も来る日も来る日も来る日も私は人のために生きた。
災害の被害を受けた人達を助けようと、私は笑顔で皆を安心させる。
犠牲になった人達の遺族がいれば一緒に悲しむ。
もちろん涙だって流せた。でも心は乾いている。
人々は私の涙を見て更に感動していた。
そんな日々の中、私は魔獣討伐を命じられた。
その魔獣は都市規模の破壊を可能にするという危険な存在だと聞かされる。
どうせやることは同じだから、耳にだけ入れておいた。
魔獣が潜む森で私はそれと対峙する。
黒く巨大な影のような魔獣、一匹だけで王国軍を脅かす脅威だと悟った。
いざ討伐にかかろうとした時だ。魔獣の後ろに小さな何かがいる。
それは魔獣の子どもだった。
小さい体で威嚇するその姿はまだかわいらしい面影を残している。
子ども。そう考えた時、私は我に返った。
かつて私もそうだったから?
同情のようなものかもしれない。
両親はついに私を迎えにこなかったけど、魔獣の子どもにはちゃんと守ってくれる親がいる。
私は撤退した。
国王には魔獣を討伐したと報告すると、疑いもせずに賞賛する。
瞬く間に国中に広まり、私はいつものように称えられた。
魔獣によって町がいくつか滅んだのは、その数ヵ月後のことだ。
私が討伐しなかった魔獣はあれから町を襲ったみたいだった。
それからは本当に早かったように思える。
私は魔獣を討伐しなかった責任を問われて、大衆の前で断頭台に立っていた。
聖女が魔獣から逃げた。魔獣に魂を売った。数えきれない非難を浴びる。
あれだけ私を称えた王族や貴族の表情が憤怒に満ちていた。
もちろん民衆からも罵倒される。
「聖女の皮を被った悪魔め!」
「とっとと処刑しろ!」
「そいつのせいで俺の家族が殺されたんだ!」
ギロチンの刃が私の首を落とす。こうして私の魂は冥界に落ちた。
肉体を失って魂だけとなった私は次第に憎しみに駆られる。
なんで私が。どうして。あんなに戦ったのに。
そう考えるほど、現世への憎悪が加速した。
憎悪の力が私に何かをもたらしたのかもしれない。
黒い靄が私の体を包み込み、冥王を凌駕して別の何かに生まれ変わる。
現世へと飛び出した私は人間を滅ぼすことにした。
それからも覚えていない。
ただひたすら憎い。今も憎い。
どれほどの勇者や英雄と呼ばれる人間が挑んできたことか。
絶望に瀕した人間達が魔神の封印をあえて解いて、私にぶつけてきた。
そんなもので止められる私ではないことは人間どもが理解しているはずだ。
魔神など造作もなく滅ぼして、私は滅びの女神と畏怖された。
やがて大陸からほぼすべての命が消えかけた時、私は心が急速に冷えていった。
虚しさだ。復讐を果たしたところで何も残らない。
これからどうすればいい?
どうしようもない。耐えがたい虚無感と罪悪感が入り混じり、私は冥界に惹かれた。
冥王は冥界に戻った私をタルタロスに落とした。
生前、許されない罪を犯した人間が永遠に苦しむ無間地獄。
私は生まれて初めて安堵した。
自分を含めて、誰も傷つかなくていい。
私のような怪物は未来永劫、苦しみ続ければいい。
異形の姿に成り果てて、タルタロスをさ迷えばいい。
あれから私はずっと涙を流している。
長い時を経てタルタロスの最下層に辿りつき、膝を抱えている。
そんな私にどの亡者も近づかない。
それほどまでに私の罪は重いのか。
どんな咎人よりも、私は許されてはいけない。
どうか誰も私を許さないで。
この暗闇の中で苦しませてほしい。
この涙が止まらないよう、悲しませてほしい。
私は滅びの女神アレイシア。
何人たりとも触れることは許さない。
「アレイシア」
私の名前を呼ぶな。汚らわしい。
どれほどの罪を背負おうと寄るな。
己の罪と向き合え。
「僕と戦ってくれない?」
幾年ぶりだろうか?
その声がひどくなつかしく感じられた。なぜか?
それはもう聞くこともないと思っていた生者のものだと気づいたからだ。
その瞬間、私は頭を上げた。
そこにいたのは――
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