終末の魔神ノアグレン
タルタロスに落とされてから14000年が経過した。
これだけ長い間、タルタロスを旅しているんだからいつか終わりがくる。
干ばつ地帯、奈落の谷、巨大な城。極寒地帯や砂漠地帯、湿地帯。
どれも劣悪極まりない環境だった。
でも僕が辿りついたここはどの場所とも違う。
どこからともなく伸びている大きくて太い鎖が無数にあり、それが一ヶ所に集中していた。
僕が今、立っているのもその鎖の一つだ。
綱渡りならぬ鎖渡り、下を見ると赤と黒が入り混じった縞模様の空間が広がっている。
仮に僕が真の意味で不滅だったとしても、落ちたらどうなるかわからない。
だとしたらここは呑気に鎖渡りしている場合じゃないな。
「冥体変異」
僕の背中から黒い影の翼が出現した。鎖から足を離して飛び立つ。
真っ直ぐ進む僕を迎え撃つのは人面の巨大蝙蝠だ。
舌をだらりと口から出して、目玉全体が赤い。
そんなのが無数に飛んできて、明らかに僕への敵意を剥き出しにしていた。
「まもっ、まもっ、まもっ!」
「とおさっ! とおさっ! とおさっ!」
「ころっ! ころっ! ころっ!」
意味不明な鳴き声ともつかない声を出しながら、口から熱線を吐き出した。
終の剣を水平に振ると、人面蝙蝠達が真っ二つになって黒ずんで熱線ごと消える。
こいつらも元人間だとすれば、似たような業を背負っているかもしれない。
「まもっ! マモッ!」
「いかせなっ! いかさなっ!」
「まじっ! まじん! まもっ!」
またしても次々と襲いかかってくる人面蝙蝠達を見ているとそう思う。
こいつらはたぶんこの奥にある何かを守っている。
その何かは人面蝙蝠達によって崇拝か何かされてるんだろう。
人面蝙蝠達は一つずつ顔が違うものの、目的は同じように見えるからね。
今までの亡者達はあまり共通の目的意識がなくて、時には亡者同士で争うこともあった。
それに比べてこいつらはあまりに統率がとれている。
適当に殲滅しつつ、僕はいつかの城の書庫で読んだ本を思い出す。
その中に一つだけ思い当たるものがあった。
古代帝国ディスペリアすら密かに警戒していた古の魔神。
魔神は幾度も世界を脅かした。幾度もその時代の英雄によって封印された。
魔神によって文明が滅ぼされるたびに、人々はやり直した。
魔神の封印が解かれる時代になると人々は英雄の出現を祈った。
幾度も魔神に滅ぼされなければ、人間の文明は今より遥かに発展していたと考える学者が多い。
馬と同等の速さで動く乗り物、遠い地にいる人と話せる道具、これらが開発されようとした痕跡が遺跡から出土しているからだ。
文明が発達していれば魔物の脅威に対して剣や槍で戦う必要はなかった。
子どもでも大人を殺せる遠距離武器が開発されていた。
唯一失われずにいる魔法というものは神が人間に与えた希望なのでは、と唱える学者もいる。
また神か。
いるかどうかもわからないものに対して、人間は恐れて崇拝している。
それだけ人間は絶対的な存在に惹かれてしまう。
この人面蝙蝠達もたぶんそうだ。
世界終末論を掲げて、魔神を主神として崇めるノアグレン教。
アレイシア教と違って、こちらはずいぶんと迫害されていると書かれていた。
徹底した信者狩りを行った国もあるという。
だとすればこの人面蝙蝠達の正体もなんとなく見えてくる。
「まもっ! まもっ!」
「ほろべっ! ほろべっ!」
「まじっ! まじんっ!」
何らかの理由で魔神を崇拝してしまった哀れな人間達の成れの果てだ。
せっかく人間として生まれてきたのに思考を放棄して、安易に終末論に流されてしまう蝙蝠みたいな人間達。
冥界の神である冥王がそれを罰としたわけだ。
だとすればこの先に待ち受ける存在は明らかだ。
異質な空間に浮かぶ鎖で繋がれた楕円形の岩。
人面蝙蝠達が尚も守ろうとしているもの。
「情けないなぁッ! 蝙蝠野郎ッ!」
僕は怒りに任せて終の剣を振った。
岩を守る人面蝙蝠達をすべて闇に飲み込む。
「ま、ジン、様、イナイ、ト、オレ、モウ……」
「コンナ、人生、モウ、イヤダ」
「誰モ、守ッテ、クレナイ世界……滅ベ……」
呪詛の言葉を吐き出しながら蝙蝠達が闇の中に消えていく。
頭ではわかっている。人面蝙蝠達だって被害者だ。
たぶん過去の僕も似たようなものだった。
本当に誰も手を差し伸べなかったのか?
僕は――
――さ! 次は訓練! 立って立って!
遠い昔、僕は誰かに励まされた。
誰か思い出せないけど今でもそのことはうっすらと覚えている。
このことに対する感謝だけは忘れたくない。
「魔神、いるんだろ? 出てこいよ」
――我を呼ぶ愚者がおるな
空間全体に響く重くて冷たい声。
これが魔神か。
それにしては違和感が拭えない。
「ちょっと力試しさせてよ。どうせ暇なんだろ?」
――我を相手に力試しだと? フハハハハハッ! 酔狂なものよ!
今度は空間全体が歪んだ。
まるで空間ごとねじ切られそうな勢いすらある。
これが魔神の力か。
やっぱり何かおかしい。
「そんな岩に封印されるようなタマじゃないでしょ。とっとと出てきていいよ」
――我を呼んだからには退屈させるなよ。もしそうであれば……
岩が破裂した。空間全体が消し飛んだ。
辺りは白一色となり、そこにいたのは僕の倍以上はあるだろう魔神だった。
曲がりくねった角、筋肉質の灰色の肌、強靭そうな悪魔の翼。
書庫の本に載っていた通りの見た目だ。
岩も鎖も一瞬で消し飛ばすほどの力か。
「今以上の破滅の力をもって魂ごと焼こう」
「うん。じゃあ、かかってきて」
「なに……? 無傷だと?」
なに、とか言われても。
まさか今のが全力だったわけじゃあるまいし、大袈裟じゃ?
「……貴様、まさか生ある者か? なぜここにいる?」
「その質問、数万回くらいされてるから答えるのも面倒だよ」
最初は律儀に答えていたけど、そのうち面倒になってきた。
答えようがないし、知ったところでどうするのって思ったから。
「まぁよい。久方ぶりに暴れさせてもらう……。ついでにこのタルタロスごと破壊して、まずは冥界の滅亡といこう」
「じゃあ、僕が勝ったら大人しく従ってほしい」
「……今、何か聞き間違えたようだな。だが我は寛大だ、訂正の機会を与えよう」
「僕が勝ったら大人しく従ってほしい」
そう言い終わると、魔神と僕の戦いが始まる。
魔神の攻撃は苛烈だった。空間全体を支配するかのような炎の竜巻。
すべてを斬り裂く暴風、途方もない水量で空間全体を満たしてからの大渦。
この威力だけであの巨大な城周辺が跡形もなく消えるほどだと思う。
攻撃のスケールがこれまでとは段違いだ。
あのギルバインでさえ、このレベルの魔法は無理だと思う。
更に両手から繰り出す超爆発は物理耐久がまるで意味を成さない。
僕の闇魔法も消してしまったのはちょっと驚いた。
魔神はとにかくすべての攻撃を最高の威力をもって浴びせてくる。
パワーや速さもすべてが高水準だ。
でも、やっぱりおかしい。
それらの攻撃をもってしても、僕にはまるで通用しない。
どれもほぼ無傷だ。
唯一、物理耐久を無視できるはずだった超爆発もたぶん魔法攻撃なんだろうな。
今、僕の忍耐で発現したスキルのおかげでまるで無意味なものとなっていた。
HP:452400
MP:380000
攻撃:375000
防御:365400
速さ:256100
魔力:1043000
スキル:【忍耐】【時間把握】【ステータス可視化】【冥体】【全状態異常吸収】【全属性吸収】
【ダメージ時ステータスアップ】【ダメージ時与ダメージアップ】【冥体変異】【超物理耐性】【超魔法耐性】
「も、もう終わりだ……我の負けだ……やめよう」
「うん、やめよう」
あまりにいろんな攻撃を受け続けたせいで、物理や魔法にものすごい耐性がついた。
これのせいでダメージ時ステータスアップがほぼ腐ってる気がするけど、しょうがない。
魔神はというと、数日ほど戦ってようやく思い知ったみたいだ。
ちなみに僕からは一切手を出していない。魔神の心が折れただけだ。
「貴様は神か……?」
「いや、違うよ。それも五千回くらい聞かれてるけどさ」
「わからん……数千年ほどの時を過ごしたこの我ですら、貴様が何なのか……」
「魔神、約束通り僕に従ってほしい」
魔神は観念したようにして俯いて、そして笑った。
「フ、フハハハハハッ! 面白い! これほどの異質な存在がこれから何を成すのか! 滅びか! 救済か! 見届けたくなった!」
「ありがとう。じゃあ、次は自己紹介させるね」
「なんだと?」
僕が片手をかざすと、闇の瘴気が広がった。
そこから出てきたのはギルバイン、バルロイ、そしてあの皇帝だ。
その他、これまで僕と戦った大勢の亡者達もいる。
改めて見るとすごい数だな。
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