骸の皇帝
城の中は思ったより忠実に再現されているみたいだ。
城の書庫があり、そこには大量の本がある。
梯子を使わないと取れない高さの本棚がいくつもあり、僕はたまたま手にとって一冊を読んだ。
古代帝国ディスペリア建国史。
内容をすべて読むほど興味は惹かれないけど、何かの為になると思って読破した。
元は慎ましく繁栄していた小さな国だったけどある日、海の外からやってきた外国軍によって開国を要求される。
武力に屈したこの国には多くの技術がもたらされた。
それから実に600年以上もの間、繁栄した巨大国家だ。
最初の戦争に勝利したこの国は自信をつけて、次々と周辺国を侵略する。
瞬く間に多数の国を支配下に置いたこの国はディスペリア帝国と名を変えた。
その繁栄もやがて終わりがくる。
抵抗を続けた国々がラディーノ連合軍を結成して、最初の戦争に辛くも勝利。
躓いた帝国、進撃を続ける連合軍。
この戦争がきっかけで、密かに反感を抱いていたディスペリアの民が各地で反乱を起こした。
おかげで戦況は一変する。
反乱軍を加えたラディーノ連合軍が帝都に迫るまでそう時間はかからない。
当時、聖女と呼ばれて多くの人達から希望とされていたアレイシアが先頭に立った。
元は平民の生まれの女の子が巨大な連合の星になった経緯はこれだけじゃわからない。
アレイシアって女神じゃなかったっけ?
歴史の勉強なんてしたことがなかったから、ここで急に火がついた。
書庫の書物を読み漁ること半年。
その間もあの皇帝は滅ぼされ続けているんだろう。
当時の栄華を夢見ては、すぐにラディーノ連合軍によって討たれる。
それでも皇帝は夢を見ることをやめない。
無間地獄タルタロス。その本質は罪人の心にある。
一人の人間を罪人としてタルタロスに落としたのはたぶん冥王だ。
だけど罰を与えているのは他ならない本人なんじゃないか?
最高の魔術師ギルバインは魔術の研究ができないタルタロスで、永遠に悔やみ続ける。
闇の瘴気に取り込まれて自我を失う。
剣聖バルロイは強者を求めるも、自分と互角に戦えるのは自分しかいないとわかっていた。
だから自分と戦い続けたんだ。
大半の人間は化け物になるけど、中にはバルロイみたいなケースもある。
タルタロスと闇の瘴気はきっかけに過ぎない。
最終的には自分で自分を苦しめる方法を選択していただけと僕は仮説を立てていた。
書庫の本をすべて読み終えて、テーブル席から立ち上がった。
ここの本には現世のことがたくさん書かれている。
現世には美しい場所や演劇、おいしい料理なんかがあるらしい。
どれ一つとしてタルタロスにはないものだ。
そこではたくさんの人達が生を謳歌しているんだろうな。
現世か。僕もそこにいたはずなんだけど、ほとんど思い出せない。
そこで僕はどういう人間で、どういう暮らしをしていたんだ?
一つだけ覚えているのは無能やゾンビというレッテルのみ。
その記憶があるから、僕はまだまだ強さを追い求める。
無能だからこそ強くならないと。
ゾンビだからこそしぶとく戦わないと。
無能が罪かどうかは知らないけど、少なくとも現世ではあまりよくないみたいだ。
現世にいくなら、もっと強くなる必要がある。
「だから修行の相手になってよ、皇帝」
王の間に再び入ると、皇帝と女の人達が楽しそうにはしゃいでいる。
つかつかと歩いて近づき、終の剣で全員薙ぎ払った。
皇帝ごと裂かれた女は肉片を飛び散らせて、それがピクピクと動く。
一つずつ皇帝に向けて移動して、やがて一つになった。
ドクロに薄皮が張り付いたような巨大な骸骨の皇帝が、僕に憎悪を向けている。
骨だけの腕に所々肉がついて、下半身は無数の蛇が生えたかのように蠢いていた。
「オノレ、ヨクモ、コノ私ヲ! 無礼者ガッ!」
「なるほど。バルロイより余裕で強いかもね」
「我ガ名ハ、ノーライフキング! 永遠ノ命ヲホシイガママニニシ、世界ノ王トシテ未来永劫君臨スルッ!」
「だったらまずは僕を倒さないとね。お前と違ってこっちは死者じゃないんだから、頑張れば殺せるかもしれないよ」
もちろんウソだ。
冥体は生や死という概念に当てはまらない。
魂と肉体、これらが重なって生者なんだろうけど僕の場合は二つが一つになって別の何かになっていた。
ノーライフキングの攻撃はそれなりに苛烈だった。
蛇の口から吐き出される火球は一発で数百の亡者を消し飛ばすほどの威力があると見た。
だけどすべて目視で見切ることができる。
終の剣で斬るたびにその動きも鈍くなった。
死者だろうが、魂に従って罰を受けているなら終の剣で崩せる。
魂が秘めている記憶を終の剣は斬り裂くんだから。
「絶対タル支配者ニナレ、ナラナケレバ、オ前ニ、価値ハナイ、ソンナコト、イワナイデクレ……。偉大ナルディスペリアノ為ニ……」
ノーライフキングの体が終の剣の闇に飲み込まれていく。
何を思い出しているのか知らないけど、いわゆる痛いところを突かれているんだろうな。
終の剣の欠点があるとしたら、心がない相手には物理的な効果しか期待できない点だ。
城の書庫にあった本によれば、現世には鉱石だけで構成された魔物や植物の魔物がいるらしい。
そいつらはどういう意思で動いているのかな?
獣みたいに生存本能みたいなのがあると考えるのが自然か。
それとも単なる殺意? いずれにしてもますます現世に対する興味が湧いてきた。
「ラ、ラディーノ……我ガ、野望達成ガ、嫌ダ、ヤメロ……」
ノーライフキングがガクガクと揺れて、王の間の扉が破壊された。
雪崩れ込んできたのは大勢の兵士、の幻影だ。
その先頭に立つのは長い青髪をなびかせて大剣を持つ女の子、本に載っていたアレイシアだ。
アレイシアが皇帝に剣を突きつけて、更に兵士がノーライフキングを囲む。
同時にノーライフキングが闇に包まれて消失した。
アレイシア達の幻影もやがて少しずつ薄くなっていく。
「聖女アレイシア……。君はどれだけ素晴らしい人間なんだ?」
見た目の年齢だけなら僕とそこまで変わらないはずだ。
それなのに連合軍の先頭に立つほどの実力と統率力、とても僕じゃ及ばない。
少なくとも彼女はゾンビだの無能なんて呼ばれる人生とは無縁だったんだろうな。
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