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無間の中で

 タルタロスに落ちてから10000年が経過した。

 バルロイと戦ってからの僕はより近接戦にのめり込んでいく。

 接近した上でやるかやられるか、特に剣での戦いは割と楽しい。


 バルロイほどの才能はないけど、あれから戦いを重ねてかなり成長した。

 今の僕ならバルロイを近接戦で圧倒できる。

 タルタロスに落ちてから自分とばかり戦っていたバルロイ、幾多の亡者相手に鍛えた今の僕。


 いくら剣聖といっても、落ちこぼれの僕が数千年をかけて鍛えれば追い越すのも当然だ。

 それにあの人とは違って僕には闇魔法がある。

 特にお気に入りなのが終の剣(ダークセイバー)、闇魔法で具現化した僕の武器だ。


 闇の瘴気で剣の形を作っているから、今ではある程度の遠距離にも対応できる。

 形を変えた闇の刃となって斬り裂くから、バルロイとほとんど似たようなことができた。

 攻防一体となったこの終の剣(ダークセイバー)のせいで、戦いに歯ごたえがなくなるほどだ。

 特に今回の相手はあまりに呆気なかった。


 非道の古代大帝国ディスペリアの精鋭部隊を率いていた暗黒将軍というから期待していたのに、その戦いはお粗末なものだった。

 千の武器を操るとのことだったけど、大した修練を積んでいないのがよくわかる。

 僕程度に手も足も出ずに終の剣(ダークセイバー)によって闇へと消えていった。


 鍛えれば絶対に強くなる。僕自身がそれを体現している。

 百回やって勝てないなら千回挑めばいい。

 百年鍛えて勝てないなら二百年鍛えればいい。


 僕が思うに、何かを成す際に人はどこかで諦めてしまう。

 自分には才能がないから、忙しくなったから。儲けられないから。年をとったから。

 遠い昔の現世の人達や自分の言い訳が頭の中に浮かんだ。


 小さなことから大きなことまで、人は言い訳できることを見つけてしまう。

 諦める理由を探して現状に甘えてしまう。

 そう考えると、僕の胸が少しだけ痛んだ。

 まるで自分を刺しているかのような感覚に陥る。 

 

 ここにいる亡者も似たようなものだ。

 タルタロスの亡者はほぼ全員が人間だった。動物や魔物はいない。

 気づいたのはしばらく前だけど、なぜだろうとずっと疑問だった。


 答えに辿りついたのが確か600年前かな。

 とある亡者に終の剣(ダークセイバー)で攻撃した時のことだ。

 そいつ自体は取るに足らないザコだったんだけど、終の剣(ダークセイバー)で斬ると大袈裟に怯え出す。


「ゴメンナサイ、お父サン、オ母サン、モウシマセン……」


 亡者がガタガタと震えてそれ以上の抵抗をやめたんだ。

 今の終の剣(ダークセイバー)で斬れば相手の精神にもダメージを与える。

 わかりやすい極悪人から複雑な事情の末にタルタロスに落ちた亡者、全員にいわゆる痛いところが存在した。


 ダメージに応じて、亡者は過去のトラウマを思い出していた。

 あの亡者は過去に虐待されていたらしく、わずかに同情の余地を見せてくれる。

 その背景は様々で、とても一言で語れるものじゃない。


 そこで僕は思った。

 なんでタルタロスにはほぼ人間の亡者しかいないのか。

 それは理性の差だ。人は魔物と違って知能と理性がある。


 だからこそ色々な背景が生まれてしまう。

 それにも関わらず、一線を越えてしまうのは許されないこと。

 恵まれた知能を持ちながら、畜生にも劣る所業に手を染めてしまったこと。

 たぶんこれが冥王が考える罪なんだろう。


 いかにも頂点に立ったつもりの神様らしい。

 だとしたら神様の罪と罰は誰が決めるんだ?

 冥王が神様という定義に当てはまるか知らないけど、やってることは完全に神気取りだ。


 すべての亡者が救われるべきとは思わないし、中には同情の余地がない奴らが多くいる。

 だけど両親に痛めつけらて歪んで罪を犯したあの亡者がそこまでの罰を受けなきゃいけないなら、神様。

 あなたは誰かに許されているのか?


 こんな救いのない世界を作って、自分の判断で罪人達を永遠に苦しめる。

 僕に言わせれば神だってこの世に存在する万物の一つだ。

 神という頂点に立ったつもりでいるなら、僕がその席に座る。


 この世を支配するのが強者というなら、喜んでその理に従うよ。

 だから神様、いや。冥王、待ってろよ。

 僕は必ずタルタロスを出てお前の喉元に迫る。

 そこをどけ。神の席に座るのは僕だ。


「……城か。まさかここに冥王がいないよね」


 そこにあるのは巨大な人工物だった。

 タルタロスはとてつもなく広くて環境も様々だ。

 極寒地帯や砂漠地帯、山岳地帯。多岐にわたる死の世界だけど、こんな人工物が出てきたのは初めてだった。


 城の門をくぐると中は広い割に静かだ。

 小部屋、食堂、厨房、中庭。よく出来た作りで、新鮮さを感じる。

 久しく触れていなかった人工物というものに魅入ってしまった。


 タルタロスにも城を建築して住んでいる亡者がいるのかな?

 なんて思うわけがない。ここは冥界でも最低の場所だ。

 この城はたぶん――


「やっぱり何かいるな」


 城の中を進むと、遠くから賑やかな声が聞こえる。

 最初は複数人の声かと思ったけど、どうやら騒いでいるのは一人だ。


 扉を開けるとそこは王の間。

 玉座には楽しそうに笑っている壮年の男、周囲には男の機嫌を取る女達がいる。

 一人が男のグラスに酒を注ぎ、一人が男にもたれかかっていた。

 男は女の肩を抱いて、顔を赤くしながら下品な言葉を浴びせて喜んでいる。


 わかりやすい亡者だな。

 昔の僕なら狼狽えて呆然としていたところだ。

 男と女達は僕に気づかず、大量の料理と酒を楽しんでいる。


 この光景だけ見れば、ここが最低な世界だと忘れさせてくれた。

 僕が近づいた時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえる。

 他の亡者かと思って振り向くと、そこには汗だくになった兵士がいた。


「皇帝! ランディーノ連合軍が帝都まで迫っています!」

「な、なんだと! グランツェ砦が突破されたとでも言うのか! マドゥーラ将軍の軍が配備されていたはずだ!」

「そ、それが、ランディーノ連合軍の勢いは凄まじく……あの聖女アレイシア率いる部隊はこちらの予想を遥かに上回っていて……」

「あの暗黒将軍が敗れたと言うのか! 小娘ごときに後れをとりおって!」


 暗黒将軍、前に僕が倒した亡者がそんな名前だった気がする。

 亡者化した上であの強さなら、生前はそれ以下の可能性が高い。

 そんなのを国防の要にしたのは迂闊だったんじゃ?


 そして皇帝と兵士に僕は認識されていないみたいだ。

 これはきっと過去に起こったことで、幻のように再現されているわけだ。


 やがて大きな地鳴りと共に轟音が響く。

 城門を突破されたのかもしれない。

 更に王の間の扉が破られたところで僕は城の前にいた。


「……あれ? さっきまで王の間にいたのに?」


 城は何事もなかったかのようにそこにある。

 とても激しい争いがあった後とは思えない。

 静かすぎる扉の前で僕は少しだけ考えた。


「なるほど。無間地獄タルタロスってそういう意味もあるのか」


 一人でそう納得したところで、僕はまた城門を開けた。

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