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底辺冒険者ルト、あだ名はゾンビ

「今日もゴブリン二匹か……」


 僕、ルトは底辺冒険者だ。

 ブリトゥス王国の王都から離れたところにあるこの町で生まれてから、僕はずっと冒険者をやっている。

 生まれついてから僕に備わっているユニークスキル【忍耐】のおかげで、人より少しだけ痛みや苦しみに耐えられることができた。

 普通の人なら叫び声をあげるような痛みでも、僕ならグッと堪えられる。

 

 それはどうやら精神面にも影響しているみたいだ。

 僕には戦いの才能がない。いくら訓練をしてもまったく上達せず、後輩の冒険者に抜かれる始末だ。

 未だに討伐できる魔物はゴブリン程度。

 一対一が条件で、二匹同時は無理だ。

 今日はたまたま一匹ずつ相手にできたからよかったものの、一匹も討伐できない日なんて珍しくない。

 それなのに僕は冒険者を続けている。これも忍耐の影響だと思っていた。


 武器や魔法の適性はすべてE。冒険者の等級も五級。

 一番下の六級は魔物討伐を一回もしたことがない等級だから、五級が実質一番下だ。


 ゴブリン二匹の討伐報酬なんてたったの1200ゼル。

 僕が住んでいるボロ屋の家賃が2000ゼルだから、手持ちの900ゼルと合わせてギリギリだ。

 廃屋同然の賃貸なのに2000ゼルって、いや。

 住まわせてもらっているだけありがたい。


 お金、家賃を払ったらほとんど残らないな。

 冒険者だけじゃ苦しいから、他の仕事をやるしかないこともある。

 でも前に他の仕事をやってみたけど、ほとんど給料をもらえない。

 いわゆるピンハネだ。

 特に僕みたいな万年五級の落ちこぼれはよく舐められる。


* * *


 重い足取りで町まで帰り、冒険者ギルドに入る。

 賑やかなギルド内が僕の登場によって静まり返った。


「来たぜ、ゾンビ君」

「ゴブリンキラーのご登場だ」

「今日もゴブリンの討伐証明を引っ提げてやってきたってか?」


 僕への陰口は日常茶飯事だ。

 言わせておけばいい。僕は僕にできることをやっているだけだ。

 受付嬢のマリンさんにゴブリン討伐証明の耳を差し出すと、スムーズに報酬を支払ってくれる。

 二匹だから合計900ゼル。え?

 僕は思わずマリンさんの顔を見た。


「あ、あの、二匹で1200ゼルじゃ?」

「ごめんね。ゴブリンの数もさすがに減ってきたから、今日から単価を下げたのよ。襲われる人もめっきり減ったみたいね」

「そう、ですか……」


 背後から遠慮のない笑いが起こった。

 テーブルをドンドンと叩き、苦しそうに笑っているような声まで聞こえる。

 僕は愕然とした。

 唯一の食い扶持といっていいゴブリンが一匹450ゼル、家賃の支払いをするには五匹討伐しないといけない。

 僕にとっては死活問題だ。頭の中がグルグルと回るような錯覚を覚える。


「そりゃ、ゴブリンなんて俺達だって討伐してるからな。ただでさえ脅威になりにくいザコの数が減ってんだから当然だ」

「ギルドもひでぇことしやがるぜ!」

「ねぇ、かわいそうよ。誰かゴブリンの耳を恵んであげなさいよ。クスクス……」


 言われたい放題なのはどうでもいい。

 人は自分より劣っているものを見つけて安心したがる。ずっとそうだった。

 三年前、両親に置いていかれた僕に本当の意味で同情する人なんかいない。


 一部の貴族を除いて誰もが生活が大変だからだ。

 大変な中、僕みたいなのが這いずり回っていたら笑いたくもなるだろう。

 あいつよりはマシだ、と。


 そんな僕にとって重要なのはどうやって生活していくか、それだけが重要だ。

 呆然として立っていると、誰かが僕の肩に手を置いた。


「おい、どけよ。ゾンビ野郎」

「あ、ブルとカーク……」


 後ろにいたのは冒険者のブルとカークだった。

 二人とも僕より三つ年上で、三級の冒険者だ。

 大柄なブルに付き従うようにカークが一歩引いて立っている。


 僕がどけようとするより先にブルに片手でどかされてしまう。

 怪力のブルに片手で倒された僕をカークがイヒヒと笑った。


「よう、マリンちゃん! バーストボアの角三本! それとオークの耳四つな! ゴブリンじゃないぜ?」

「フフフ、わかってるわ。はい、報酬ね」

「13000ゼルかぁ! マリンちゃん、たまには色つけてくれてもいいんだぜ?」

「ダメよ。規定なんだから」


 桁違いの報酬をもらった二人はこれみよがしに僕に見せつけてくる。

 こんな奴らに構ってる暇はない。

 僕が立ち上がってギルドを出ようとすると、ブルがまた肩を掴んできた。


「おい、待てよ。ゾンビ野郎、なにか言うことあるだろ?」

「別にないよ」

「お前に必要なのは『ブル様の言うことを聞きますから、お金を恵んでください!』と大声で叫ぶ勇気だ。一歩だけ踏み出してみ? ん?」

「遠慮するよ。じゃ……」


 その場を離れたかったけど、ブルの怪力で肩をしっかり押さえられている。

 相変わらずなんて力だ。

 これで背中に背負っている大斧を振り回すんだから、オークやバーストボアなんて真っ二つだろうな。


「だから、待てよ。そう言いたくなるエピソードを一つ持ってきた。聞いていけよ。お前のボロ屋の家賃だけどな、大家のアルバーに支払ってやったよ」

「……は? なんでそんなことを?」

「な? オレって案外いい奴だろ? だから明日から付き合えよ」

「か、勝手なことをッ! 断る!」


 僕が叫ぶと同時に今度はブルが肩に腕を回してきた。

 強引にギルドの外に歩かされて、進んだ先は路地裏だ。

 そこでブルの拳が僕の頬を打った。

 吹っ飛んで壁に背中を打ち付けた僕をブルとカークが見下ろす。


「お前って奴は他人の好意を素直に受け取れないんだな。オレ達がお前の家賃を払う。お前はオレ達の討伐に付き合う。いい関係だろうがよ」

「ブルさんはな、誰もパーティに誘ってくれないお前を心配してるんだぞ?」

「カークの言う通りだ。しっかしオレが全力で殴っても気絶しねぇんだから耐久力だけは一流だよ、お前」

「なんたってゾンビだからな! イヒヒヒヒッ!」


 僕は前にこの二人に付き合わされたことがある。

 僕がやらされることと言えば囮や盾しかない。

 盾役じゃない、文字通りの盾だ。

 ブルが言う通り、耐久力だけはあるものだから冒険者ギルド内での僕のあだ名はゾンビになってしまった。


 さすがにそんな非道なことをするのはこの二人のみだけど、だからといって誰も助けてくれない。

 むしろせせら笑いながら酒の肴にされる。

 だから僕は誰かに期待なんてしていない。

 世の中、そういうものだと割り切っている。弱い自分が悪い、と。


「とにかくオレ達はお前の家賃を払ったんだ。断るってんなら2000ゼル返せよ」

「わかった……」

「よし。人間、お利口さんだけが長生きできるんだ。お互い賢く生きないとな」


 再びギルドまで連れ戻されて、ブルはいかにも僕達が仲良さげなアピールをしていた。

 周囲はわざとらしく手を叩いて僕達を称える。


 その時、ギルドに大物が入ってきて今度は別の意味で静まり返った。

 何せそこにいたのは領主であるクライブ様だからだ。

 流れるような金髪に中性的な顔立ち、長身で着込んだ白銀の鎧。

 貴族がこんなところに現れるなんて、誰も予想できない。

 真っ先に揉み手で迎えたのは受付嬢のマリンさんだ。


「ク、クライブ様! ご機嫌うるわしゅう! 本日はこのようなところにどういったご用件で?」

「そう畏まらなくてもいい。今日はここにいる皆に聞きたいことがあってね」

「それは、ど、どーいったことでしょうか!?」

「あぁ、それはね……」


 イースタム家の当主であるクライブ様は死んだ父親に代わって領主の座についた。

 この人のユニークスキルは僕の忍耐とは比較にならない。


 クライブ様が持つ【剣王】はかつて女神アレイシアと共に戦かった英雄王と同じものだ。

 容姿、身分、才能。

 生まれながらにしてすべてを持つ貴族がやってきたんだから、跪く冒険者すらいた。


 クライブ様はギルド内を一通り見渡してから、爽やかに笑う。


「この中にはいないだろうし、心配ないと思うけどね。最近、僕の婚約者であるエーリィに近づく平民がいると聞いたんだ」

「そ、そんな不届きな奴がいるんですか!?」

「いや、あくまで小耳にはさんだ噂だけどね。それでも万が一ってこともあるから、さ。知っている者がいたら教えてほしい」

「それは……見つけ次第、ぜひご報告させていただきます!」

「ハハハッ、まぁさすがにこの中にはいなさそうだね」


 そう言ってクライブ様はギルドから去った。

 公爵令嬢が平民と関わっていると聞いて、ギルド内は騒然としている。

 どこのどいつだと憤る人。

 見つけたら絶対に突き出してやると張り切る人。

 僕は固唾を呑む。


「エーリィ様に平民が? おい、ゾンビ野郎。まさかお前じゃないだろうな?」

「ブルさん、そりゃないぜ。どうやったらこんなゾンビ野郎が公爵令嬢に近づけるのさ」

「そりゃそうか! ハハハハハッ!」


 僕はただ立ち尽くすしかなかった。

 エーリィに迷惑がかかるかもしれないなんて。

 だから言ったんだ。やめておけって。 

最初は暗いですが、そのうち無双が始まります!

面白そうと思っていただけたら

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