無気力な彼
翌日になり、八代に『話したいことがあるの』とメッセージしようとしたら、部屋のドアをノックする音がした。
「襟人だ。入っていいか?」
ちょうど良かった。
理人君のことで、てんやわんやになるだろうから、メッセージで妥協しようとしたけれど、本当は直接会って伝えたかったので、こうして来てくれたことは、願ったり叶ったりだ。
入ってきたのは、八代だけではなかった。
「一人にしない方が良さそうだったから、連れてきた」
「……こんにちは」
理人君は、小さな声と共に、頭をわずかに下げた。
どう接すれば良いのかわからない、といった風だった。
私は、気まずそうな理人君を、安心させるように口角を上げる。
「こんにちは。もう聞いてるかもしれないけど、私は若葉悠。八代とは仲良くしてもらってるの。あっ、ごめん。どっちも八代だったね」
おかしそうに笑ってみたが、「はぁ……」と、ため息だか返答だかわからない反応がきただけだった。
「検査はいつ頃なんだ?」
八代が尋ねてくる。
「11時。もうすぐだね」
時計を見つめながら言う。現在の時刻は10時20分だ。あともう少ししたら、医師がこの部屋にくる。
「たぶん大丈夫だと思うんだけど……頭が痛いとか、記憶が困惑してるとかもないし。検査が終わったら、すぐに退院できるんじゃないかな」
「一人で帰るのか?」
「うん。両親も『一人で帰ってきなさい』って言ってるし」
「そうか……。なら、家まで送らせてもらえないか?」
「うん。私も誰かと帰る方が嬉しいし。じゃあ検査が終わるまで、少し待ってて」
「おう」
会話が途切れたところで、理人君を見遣る。
彼は、挨拶を終えてすぐ、すべきことは終えた、とばかりに、私たちから離れた病室の隅で、目を合わせないようにと、壁を見続けていた。
理人君にも話すべきだろうか。
昨夜たどり着いた結論を。
「八代」
ちょいちょい、と手招きして、耳を貸すように指示する。
「理人君に、幸がネット上で励ましてくれた子じゃない、ってこと話したの?」
八代も、幸はSNSをやっていない、という認識なので、理人君の話を聞いて、思わず口を挟みそうになっていた。私と同じタイミングで、同じ表情をしていた。
「言ってない。昨日俺の家に連れ帰ったら、泥のように眠っちまってな。朝まで一度も目を覚めなかった」
言いづらかったというのもあるのだろう。八代は、ばつが悪そうにしていた。
「そっか……。じゃあひとまず、出ていってもらった方が良いかな」
「何か重要なことがわかったのか?」
「うん。本当に大事な話」
私が神妙に頷くと、彼からも緊張が伝わってきた。
「悪い、理人。ちょっと席を外してくれ。終わったら呼ぶから、病院の敷地からは出るんじゃねーぞ」
理人君は、返事はせずに、大人しく病室を出ていった。
何年か離れていた兄との距離感を、掴めていないのか、はたまた親しくする気がないのか。彼は八代と一緒にいることを、嫌がっているようだった。
八代が、思わずといった様子で、深いため息をつく。
「なかなか難しそうな感じだね、彼」
「そうだな。そりゃあ、あいつからしたら、気まずいことこの上ないだろうけど――俺はもう少し理人と会話したいよ」
「ずっと会いたかったんだもんね」
「まあ、言うことは聞いてくれる。『見舞いに行くから、ついてこい』って言ったら、こうして来てくれたしな。でもそれは――自暴自棄な状態だからなのかもな」
もう何もかもどうでもいい気がする――。
昨日、とてつもない脱力感と共に、理人君はそう口にした。
私は、犯人に対して、改めて怒りが湧いてきた。
人の弱さにつけこんで、目的を達成するための道具にするなんて、なんて酷い奴なんだ。
人の皮を被った鬼、そう表すのがぴったりだ。
「それで大事な話ってのは?」
「実は――」




