助けて!
「わたしが入ってた女子テニス部にはさ、部員同士のいざこざとか意地悪が頻繁にあったんだ。まあ女子しかいない部活では、ありがちな話だよね。
わたしが部内で浮いてた時期もあった。最初のうちは我慢できてたんだけど、時間が経っても治まらなかったから、ホントは嫌だったけど退部しようと思ったの。でも……退部届出そうとした時、樹里亜先輩に声かけられて」
『大丈夫? 私に出来ることがあったら言って。力になるから』
そう言ってきた樹里亜に、マミは全て話した。
樹里亜は部内でそんなことがあったとは気付かずに、話を聞いて大層驚き、憤慨したという。
「樹里亜先輩ってそういう鈍いところがあるんだよね。まさかまったく察知してない部員がいたなんてびっくりだよ」
樹里亜は相当に鈍感らしい。その鈍感さが八代には幸への無関心に見えたのだろう。
「でも部内の状況を理解した後の先輩の行動はすごかった」
当時のことを思い浮かべたのか、マミは恍惚としたため息を吐いた。
「嫌がらせとか積極的にやってた三年生たちに渇を入れていって――言って聞かせたところで逆効果だ、って思ったんだけどね」
「上級生たちに直接抗議したんだ。度胸あるね、樹里亜さん」
「うん、すごいでしょ。ただの一部員でしかないわたしのために本気で怒ってくれて……じーんと来ちゃった」
「樹里亜の行動で、先輩たちは態度を改めたのか?」
「はい。こんなに簡単に反省してくれるんだったら、もっと早くちゃんと向き合えば良かったのかな、って思ったんですけど、考えてみれば、樹里亜先輩だったから、部員たちも素直に聞き入れてくれたような気がします」
「樹里亜は人望があったのか?」
「はい。先輩は、寄ってくる人に対して優しくて、力になってくれるんです。人の悩みを聞くのが得意だって、いつだったか本人も言ってました」
樹里亜はこれから良い姉になっていくだろう、と私は確信に近い思いを抱く。
これは持論だが、後輩に慕われる人に悪い人はいない、と思う。
八代も同じ気持ちらしく、「樹里亜にそんな一面があったとはな」と感心している。
「今まであいつのこと誤解してたの悪かったな……」
後悔を滲ませた声音だった。
八代は樹里亜を冷たい人間だと思ってたからな。
私もちょっと前までは、そうだった。
「きっと不器用だっただけなんだよ。今日だって幸とピクニックなんだって。お姉から誘ってくれた、って言ってた」
「へぇ、そうなんだ。楽しそうだね!」
マミが、微笑ましそうに目を細めた。
「そうなのか。こんな騒動も悪いことばかりじゃなかったのかもな」
八代も感慨深そうに頷く。
「怪我の巧妙ってやつだね。ストーカーのおかげでって言っちゃうと変だけど、樹里亜さんがちゃんと幸を大切に思ってたことがわかったから」
私も安心した。幸が私のような家族を持たなくて。
あれは本当に苦しいものだから。親友が私とは違うとわかって、嬉しかった。
「ていうか樹里亜先輩と襟人さんは、仲が良いんですか? 呼び捨てで親しげな感じしますけど」
どことなく不安げにしながら、八代の方へ身を乗り出すマミ。
「まあ、幼馴染みだったけど……今じゃ樹里亜とは全然交流ないよ」
「樹里亜先輩とは、ってことは、幸とは今でも仲良しなんですか?」
「幸とはそうだな。若葉と俺が知り合ってからは、三人でいることが増えた気がする」
「へぇ」
マミが私へと視線を流す。
「うん。夏休みは特によく会ってたよ。夏祭りも三人でいったし」
自慢と牽制の意を込めて、にこやかに説明する。マミの眉間に皺が寄る。悔しそうな様子だった。
しかしすぐに天真爛漫な表情に切り替わって、甘えるような声を出した。
「じゃあ来年はわたしと行ってくださいよ! 襟人さん」
「今から来年の話か。鬼に笑われるぞ」
本心から出た言葉か、誤魔化したくて出したのかはわからなかったけれど、私は彼が頷かずにはぐらかしたことにホッとした。
「それよりも。山田遅くない? 部活ってこんなにかかるもんなの?」
時計はもうすぐ13時を示そうとしていた。午前中まで、という話にしては時間が経ちすぎではないか?
自身の携帯の画面を見ていたマミが、
「居残りさせられてたりして~」
とおどけて、携帯をカバンにしまう。
「早いとこ来てほしいな……」
「まあまあ。お喋りでもして気長に待とうよ。わたしちょっとお花摘みに行ってきま~す」
カバンを持って立ち去った彼女にひらひらと手を振る。
「人ってちょっと見ただけじゃわからないもんだな」
八代が独り言か私に向けたのか定かじゃない調子で呟く。
「そうだね。――本当に」
八代の第一印象が最悪だったことを思い出して、小さな笑みがこぼれた。
先入観や一部分だけで人を判断するのは、危険ということだ。
人生ありえないことも起こるんだから。
「ねぇ八代」
彼がこちらを向いて、目線でどうしたのか尋ねる。
「ストーカーの件が解決したら、八代に伝えたいことがあるの」
「深刻な話っぽいな」
「うん。すごく大事なこと。私が今まで八代に隠してたこと全部話そうと思う」
「そんなにたくさんあったのかよ。俺に言えなかったことが」
「うん。かくしごとばっかだった。でもこれからは八代に話して、一緒にどうするのか考えたい。そのために私はここにいるから」
「よくわからねーけど……若葉の力になれるんなら喜んで全部聞く」
彼がしかと目線を合わせてくる。心の中を見透かされるような気がして、顔に熱が集まった。
「まあとりあえず今は山田を待つことだよね! 私もトイレ行ってくるよ」
逃げるように席を立つ。
頬の熱を冷ましてこなければ。
しかし立ち上がった瞬間、ポケットに入れていた携帯の着信音が鳴った。
「ん? 幸から?」
一体何の用だろう、と思って、通話ボタンを押す。
「幸? どうし――」
「助けて!」
「えっ、ちょっ」
短く切羽詰まった叫びが、キーン……と響いたすぐ後、向こうで何かがぶつかったような大きな音がした。
「幸? ちょっとどうしたの!?」
呼びかけてみても、一向に気配を感じない。
携帯を手放したのだ、と気付く。たった一言のSOSを、私に託して――。
「おい、こっちにまで聞こえてきたぞ。『助けて』って、何かあったのか」
八代も緊迫した様子で、立ち上がる。
「今すぐ丘に行こう!」
返事も待たずに、駆け出す。
店を出ようとした時、トイレの出入口でマミと会った。
「え? 悠どうしたの?」
「帰る!」
「えっ……」
戸惑うマミを置いてけぼりにして、外へ出た。
数秒遅れて追い付いてきた八代が、走りながら尋ねてくる。
「丘って花火の名所のあそこか?」
私が首をわずかに縦に動かすと、それ以上何も言わずに、走り続けた。
胸騒ぎがする。
またあの少年が現れたんだ。
『助けて!』
あの叫び――。きっと過去最大のピンチなんだ。
間に合って。間に合え間に合え――。
ぐんぐんと馬のように足を動かした。
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