家にいる!
しかし八代がマミに連絡することは、叶わなかった。
「携帯壊れちゃって今修理に出してるから、少しの間、連絡とれないって襟人さんに伝えといてくんない」
学校にて、横柄な態度で頼まれた――というより命令された。
しかも幸がそばにいた時だったから、本当に最悪だ。
「三人で仲良くしてるの?」
幸が怯えた子犬のような目をして、おずおずと訊いてきた。
「お祭りの日のことでちょっとお礼されただけだよ。仲良くはない」
慌てて精一杯安心させるように、言い聞かせたけど、少し嘘をついてしまった。マミとは、一緒にプラネタリウムに行ったのに。
「そっか」
私の言葉に幸は、強張っていた表情筋を緩めた。
嘘をついたとしても、私も八代ももうマミとは会わないのだから、平気だろう。
マミにしばらく連絡ができないことを、さっそく八代にメッセージで伝えた。
「いや多すぎるって……」
大量のお菓子をげんなりした目で見る。どう考えても、うちだけでは食べ切れない量の焼き菓子を贈ってきたのは、従兄弟だった。
一日にけっこうな量の間食をする従兄弟とは違うのに、私の誕生日が近いからと大量の焼き菓子を贈ってきたのだ。
焼き菓子というのは、賞味期限が短いため、そういつまでも残しておくわけにはいかない。
そうだ、幸にお裾分けしよう。
舞い降りてきた妙案に、自然と唇の端が吊り上がった。
半分ほどの量を適当な袋に入れて、外に出ると、夕日が街を美しく彩っていた。袋を渡してすぐに帰れば、暗くなる前に家に着けるだろう。
ちょっと駆け足で、幸の家を目指した。
ピンポーン……………。
「出掛けてるのかな?」
インターホンを押してしばらく待ってみても、中からは何の反応もなかった。
「居るかどうか訊いてから来れば良かったな……」
しょうがない、帰るか。
そう思って踵を返した途端、足音が聞こえてきた。
なんだ居たんだ。
「寝てたのー? 幸。へへっ良いもの持ってきたんだよ!」
近付いてくる足音へもったいつけるように、語りかける。
「残念。幸じゃないよ」
しかし扉を開けて出てきたのは、知らない女性だった。
「幸の友達でしょ? 上がっていって」
「あっはい。お邪魔します……」
上がるつもりなどなかったのに、彼女に手招きされるまま、玄関で靴を脱ぐ。
そこでハッと気付く。この人は――。
「樹里亜……さんですよね? 幸のお姉さんの」
「そうだよ」
珍しく帰ってきていたらしい。
歩みを止めて、「あのっ」と前にいる彼女を呼び止める。
「これ渡しに来ただけなんです。だからもう帰ります。幸によろしく言っておいてください」
袋を差し出して、頭を下げる。
樹里亜が幸に渡すことで、二人の間には自然に会話が生まれるだろう。
私にも分けて、とか。美味しそうじゃん、とか。
樹里亜に渡されたら、幸はきっと喜ぶ。そう思ったのだが、樹里亜はニコリと笑って、言った。
「いや、お茶を出すから幸と一緒に食べよ」
「じゃあお言葉に甘えて……ご馳走になります」
「こっちが恵んでもらったんだけどね」
「あはは。そうでした」
頭を掻きながら、考える。一緒に菓子を食べる、という状況の方がたくさん話せて、幸にとって良いかもしれないと。
私が会話をアシストしてもいいし。
「幸、今部屋にいるんだ。呼んでくるから待ってて」
通されたリビングでそう告げられる。
樹里亜と幸は、どんな雰囲気で会話するんだろう――。
待っているつかの間に、そんな好奇心が頭をよぎる。
やがてリビングへ向かうふたつの足音がしてきた。
いや、なんか多いような気が?
「あれ、若葉さん? 遊びに来たの?」
「え?!」
私は度肝を抜かれた。だってそこにいたのはマミだった。しかも幸の腕に馴れ馴れしく絡み付いての登場だ。
「何で……」
「ああ。若葉さんは知らないの? わたしと幸は同じ中学出身でね。そっからズッ友なんだ」
「はぁ!?」
言葉も出ない。どの口がそんなことを言うのだ。どの面下げて会いに来てるんだ。
顔全体に困惑を浮かべて幸を見ると、瞬きを何回も繰り返して合図をしていた。幸が目だけで何か伝えたい時によくやる仕草だ。
今は黙っていて、ということか。その望み通りに一旦口をつぐんでおく。
「お姉とマミちゃんは先に食べてて。ちょっと悠ちゃんと話しておきたいことがあるから」
「早く来ないと先輩とわたしで全部食べちゃうからね~」
マミの腕から逃れ、幸は自室へと私を導く。
どうしてなの、幸。何でマミに纏わり付かれて心なしか嬉しそうだったの。ズッ友って何?
何を考えているのか全くわからない背中を、不安げに見つめながら、階段を上がっていった。
幸が部屋の扉をきちんと閉めたことを確認した後、私は我慢していた質問を吐き出す。
「何でマミがいるの? いやいるのは良いとしても、友達みたいにしてるのどうして?」
マミがここにいる理由は、樹里亜が連れてきたからかもしれないが、幸が嫌がったり怯えてる素振りを一切見せていなかったのは、不可解だ。
月曜日の放課後に、消えないトラウマ――今でも癒えていない心の傷として、マミとのことを話していたのに。
「実は中学の時のことは誤解だったの」
「……え?」
幸の言葉で、謎は解消されるどころか、より深まっていく。
「誤解?」
「うん。実は――」
困惑する私を前に、幸は語り出す――。
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