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嫌悪と恐怖

 

 ***

 

 「漢数字の八に代表の代。襟首の襟に人って書くんだよ」

 フルネームを教えてくれた幸は、続けてどう書くのかについても説明してくれた。


 ただの同姓同名の可能性もあるのかもしれない。しかし――。

 “エリちゃん”は八代をそのまま若くしたような見た目だった。 

 加えて年齢も同じとあらば、やはり彼が現代で指名手配されている八代襟人で間違いないだろう。


 八代と幸が知り合いだったとは――。

 早く縁を切らせなくては。


 八代襟人は、犯人であると決まったわけではないが、八代の犯行で間違いないだろう、と世間も警察もメディアもみているのだ。

 他に疑わしい人物はいないし、八代は事件翌日から消息を絶っている。誰も八代以外の人がやったとは思っていない。

 人殺しの極悪人を、幸の人生から引き離さなければ。


 『すごく良い人』と幸は言っていたが、その心の内は残虐性に満ちているに違いない。

 そうでなければあんな事件は起こさない。


 川崎夫妻は、刃物で胸や腹だけでなく、顔や腕・足も滅多刺しにされていた。

 夫妻は、近所でも評判のおしどり夫婦だったらしい。テレビのインタビューで、「あんなに仲の良い二人だったのに、こんなことになるなんて……」と隣人が言葉を詰まらせていた。

 私もそれを見て、痛ましい気持ちになった。本当に仲睦まじい夫婦だったんだな、と羨ましくなった。

 そんな幸せな家庭を、八代は一晩で壊滅させた。しかもあんなに酷い殺し方まで……。


 八代襟人は人間とは呼べない。

 私は幸に向き直り、意を決して言う。

 「幸、あの人とはもう関わら――」

 「風呂と洗濯機貸してくれてありがとな」

 私が、もう八代とは関わらないで、と幸に伝えようとすると、風呂から出てきた八代が部屋に入ってきた。


 顔がひきつり、声が出なくなる。

 そんな私を一瞥した八代は、幸を気遣わしげに見やる。

 「怪我酷いのか」

 「あ、ううん大したことないよホントに」

 「けど病院は絶対行けよ」

 「うん。助けてくれてありがとう」


 幸の発言に、はっとする。

 そうだ。何があったか幸から話を聞くのだった。

 八代と一緒にいるのは、耐え難いけれども、仕方ない。


 「あ、エリちゃん。この子は若葉悠ちゃん。私の友達だよ。熱中症で家で休んでたんだけど……いやサボりだったのか。ずっとついててくれたんだ」

 「俺は八代襟人って言います。この家で家事代行で働いてます。よろしくお願いします」

 八代が私に向かって言う。

 「よ、よろしくお願いします……」

 少し裏返った声が出てしまった。喉がつっかえてスムーズに言葉が出てこない。


 「悠ちゃんは私と同い年なんだから、そこまでかしこまらなくてもいいんじゃない?」

 幸が、くふくふと笑う。

 「年下相手にそんなに丁寧な口調のエリちゃん初めて見た」

 「なんだよ。そこまで笑わなくてもいいだろ」

 八代は、ムッとしたように言ったが、顔は少しほころんでいて、安堵している様子だった。

 それを見た幸が申し訳なさそうに言った。


 「ごめんね。心配かけたよね。もう元気になってきたから」

 「気にすんな。あと若葉さん」

 「は、はい」

 「幸のそばにいてくれてありがとう。手当ても」

 「いえ……」

 「あと幸と話すときと同じような感じでもいいかな。嫌だったら全然いいけど」

 「大丈夫です。呼び方も好きなように……」

 「じゃあ若葉って呼ばせてもらう」


 ようやく言葉が滑り出すようになってきた。必死に平静を装う。おかしく見えないように。

 冷静にならなければ。

 「それで“あいつ”とは何があったんだ」

 八代が切り出す。

 「うん。悠ちゃんにも分かるように順を追って話すね」

 幸は、事の顛末を語り出した。

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