二人でいたい
マミと別れた後、私と八代はまた二人で帰っていた。
「付き合わせて悪いな」
「ううん。私が気になって着いてきてるだけだから」
「そうか」
「八代緊張してたの?」
横目で彼を伺う。マミと別れてから、八代の雰囲気が和らいだ気がしていた。
「緊張っていうか――居心地悪く感じた」
八代がポツリと言う。
「プラネタリウムもさ、せっかく綺麗だったのに、落ち着けなかった」
「マミがいたから?」
「そうだろうな」
「マミのこと……どう思ってるの?」
最近気になっていたことを尋ねる。
八代はマミからの好意をどう感じているんだろう。
もしかして、結構嬉しいんじゃ――。
「嫌な感じだよ。過去のこともあるし。良い感情は持てないな」
「……そう」
良かった。絆されてたらどうしようかと思った。
「けどマミの方は、絶対八代のことが好きだよね」
「ああ、まぁ。若葉もそう思ってたんだな。俺の自惚れじゃなかったんだ」
「そうだよ。モテてるんだよ」
「喜ばしいことのはずなんだがな……」
せっかく春が来たと思ったら、嫌いな人からの好意だったなんて、複雑な心境だろう。
「それにしても、プラネタリウムとか超久しぶりだったなー」
「前にも来たことあるのか?」
「小学生の時に、校外学習だか遠足だかでね。八代は今日が初めて?」
「初めてだ」
「そっかー。普段意識なんてしないけど行ってみると、何かまた来たいなぁって気持ちになるんだよね」
「また行かないか? 今度は二人で」
「うん。行きたい」
私も今日は、マミのおかげで落ち着けなかったし。
改めてあの景色を眺めたいと思った。今度は邪魔なんてされずに。
「ねぇ……マミにどんなメール送るつもりなの?」
帰り際に、「また連絡しますね。襟人さんからも何か送ってくれると嬉しいです」と可憐にはにかんでいたマミを思い出す。
「うーん何送ればいいんだろうな。若葉ならどうする?」
「私は……限りなく素っ気なくて、脈なんてゼロな感じにする。マミのことは嫌いだもの」
地面をじっと睨んで、八代の少し前を歩く。
「突き放すことも優しさだよ。余計な希望を持たせないために、温かい対応はしない方が良いと思う。……八代にその気が無いんなら、ね」
「ああ」
もうすぐ別れ道がくる頃だ。前を歩いていた私は、歩調を緩めて再び八代の隣に並ぶ。
「新学期入ったけど、学校楽しいか?」
「ふふっ、お父さんみたいな質問だね」
世間的には、父親はこういう質問をしてくるらしい。クラスの女子たちが、「あれマジうざいよね~」と盛り上がっているのを、何度か見たことがある。
「ははっ、確かにそれっぽかったかもな」
「学校か……うん楽しいよ。幸もいるし」
そういえば、夏休み中は八代とだいぶ会っていたな。
その時間の中で、だんだん八代に慣れていったんだ。
最初はガチガチだったんだもんなぁ……。
「……ふふっ」
「何だよ、急に」
「何でもなーい」
少し気分が良くなって、下手くそな鼻歌を奏でる。
もうちょっとこうしていたい。
そう思った矢先に、別れ道に差し掛かった。
「今日はありがとう。またな」
八代が片手を軽く上げて、身を翻す。私も、「またね」と手を振る。
また、はいつになるんだろうか。学校が始まったから、夏休みのように頻繁には会えなくなる。
次会うのは、マミと出かける時になるのかな。
遠ざかっていく広い背中をしばらく見つめ続け――。
「待って」
気付けば、八代の後ろ姿を追いかけていた。
彼の服の裾を掴んで、心のままに出てきた言葉を告げる。
「もうちょっと一緒にいたい……かも」
「え?」
私の顔は、きっと真っ赤になっているに違いない。
何も考えずに言ってしまったが、何だこの発言は。まるで恋人が別れ際にこぼす言葉みたいではないか。
八代は、面食らったような表情で、私が掴んでいる部分を見ている。
ハッとして、慌てて手を放す。
「ご、ごめん。その、久しぶりに会えたから、もっと話してたいなって」
「あ、ああ」
友達ともっと話したいって思うことは、普通だよね? 幸とだってまだバイバイしたくないって時あるし。
「確かに結構久しぶりだったな。じゃまだ駄弁るとするか」
「うん。ありがとう」
「どこか入るか?」
「うん。あのファミレスが近くて良いんじゃないかな」
「あそこか」
八代が小さく笑う。
私たちが話し込む時は、いつもあそこを使っている気がする。
私も同調するように、笑い返した。
それからファミレスで、特に中身のない会話を楽しんだ。
八代は普段あまり口数の多い人ではないので、こういう時間は退屈じゃないか、と訊いたら、
「全然退屈じゃねーよ。若葉との時間は楽しくて好きだから、引き留めてもらえた時は嬉しかった」
と言ってくれた。
体の内側が、陽光が差したようにポカポカと暖かくなる。最近彼といると、よくこういう感覚になる。
良い友達を持ったな、と思う。
八代は、私の人生で二人目の親友だ。
そう思えるほどに、今の私は八代に親しみを感じていた。
その日は、夕暮れ時まで話し続けた。




