真剣なお願い
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
店から出て、そろそろお開きの時間になったところ――。
「あの……連絡先交換してください!」
マミが八代に向かって、頭を下げた。
予想はしていた。マミの態度からして、こういうことを言ってくるのは、自然だった。
しかし八代は何かしら理由をつけて、断るだろう。マミが何をしたのか、どういう女なのか知っているのだから。
案の定八代は、すまなそうに切り出す。
「悪いんだけど――」
「わ、わたし!」
マミが重要なことを打ち明けるかのように、声を張り上げる。
八代はその気迫に押されたのか、口を閉ざしてしまった。
「あんなことがあってから、男性が怖くて……前までは平気だったことが、無理になっちゃいました」
マミは、言葉を詰まらせながら、強く訴えかける。
「今日、襟人さんに会ってわかったんです。この人なら大丈夫だって……信頼できる人だって」
八代のことを、希望のこもった眼差しで見上げるマミ。
「わたしこのままじゃ嫌なんです。変わりたい――前までの自分に戻りたい。だからお願いします!」
再び頭を下げる。今度は先程より勢い良く。
「わたしが男性に慣れるためのお手伝いをしてください!」
私は、目をぱちくりさせる。マミの所業をわかっている私だが――。
この言葉は真実かもしれない、と思った。
彼女は本当に困っていて、八代に希望を見出だしているんじゃないか。だからあれほど瞳を輝かせていたのではないか。
マミは、これから先、男性と恋愛できないかもしれない、と怯えている時に、助けてくれた八代の存在を知らされ、恋に落ちた。その思いに、思いを与えてくれた彼に、すがり付きたくなったのでは――。
そう考えると彼女への哀れみが生まれた。
マミは確かに性根が悪いけど、だからといって苦悩している人を放っておくのは……。
「もちろん大したことは頼みません。ただ友達みたいな感じで――」
「わかった。俺にできることなら手伝う」
八代が、距離を取るための丁寧モードを解いた。
彼も、私と似たことを考えたのかもしれない。神妙な顔で頷く。
「ホントですか? ありがとうございます!」
八代の拳を、マミの両手が包み込む。マミの全身から、喜びが溢れ出していた。
――嫌だな。
私の中に、そんな気持ちが湧く。
けれど具体的に何がどう嫌なのかつかめない。ひどく直感的で説明のつかない負の感情。
この感情について、掘り下げるつもりはまったくなかった。不快なことについて考えたくはないからだ。
だから私は、ただ二人を見ないことに集中した。




