勉強会
「悠ちゃんテスト勉強進んでる?」
「え?」
今日も今日とて幸と二人で下校していたら、ふいに放たれた一言に、間抜けな声が出る。
「テスト?」
「あ~現実から目を反らしちゃだめだよ。定期考査は残酷に来るんだからね」
そうだ、この時期は定期考査があるんだ。私はあまり成績が芳しくないので、憂鬱な気分になっていたものだった。
「ヤバい! すっかり忘れてた!」
赤点を取ったら、夏休みに学校に来て暑い教室で補修だ。そんなの絶対やだ。
「どうしよう。もう時間がないじゃん」
頭を抱える私に幸が、
「勉強会でもする?」
と提案してくる。
「悠ちゃんってやればできるのに、なんやかんやで勉強サボっちゃうよね? 一人じゃなければ大丈夫じゃない?」
「それいいかも。やろう勉強会」
幸の案に飛び付く。
テストに向けて友達と勉強会。これは大人になればできなくなることだ。
青春ぽいことしてみたい。
「じゃあ私の家に直行で良い?」
「オッケ―」
「ただいま~」
「お邪魔します」
ローファーを脱いでリビングに向かう。
幸の家にはいつも人がいないので、わざわざ部屋に行くよりも、リビングの方が広々として良いだろう、というわけで遊びにきたときはリビングにいることが多かった。
「どうせ帰って来ないんだから」
幸はいつも、口癖のようにそう言っていた。
「じゃあさっそく始めようか」
私の分のジュースも用意してくれた後で、幸が言う。
そうして問題集を開いたのだが――。
数学から手を付けたのは、きっと失敗だった。2問やってから全然進まない。
「ねぇここわかる?」
観念して幸に訊ねる。
どれどれ、と私の手元を幸が覗き込んだ時、インターホンが鳴った。
「俺だ」
八代の声だ。どうして。
「私が呼んだの。エリちゃん頭いいから教えてもらえればいいじゃんって思って」
幸が得意げな顔でウィンクしてくる。
まあ八代と交流したいと思っていたから、都合がいいけど――。
幸が、入ってきていいよ―と玄関に首を向けて応答する。
「進んでんの?」
リビングにきた八代が問う。
「私はぼちぼちって感じかな―。悠ちゃんは全然進んでないみたいだけど。よりによって苦手な数学から始めるから~」
幸が意地悪な笑みを浮かべながら、肘で小突いてくる。
「幸は問題とかじゃなくて、教科書暗記してるみたいだし躓きようがないだろ」
八代が手元の歴史の教科書を覗いて、呆れ顔をする。
「そうだよ。幸だって数学が一番嫌いなクセに」
「嫌いなだけで、苦手ではないよ」
「そんなことあるの?」
「あるよ。できるから好きってわけではないからね」
「そうなんだ……」
私には、いまいちぴんとこない話だ。何でもすらすら解けるなら、さぞ楽しいと思っていたのに。
「八代はどの教科が嫌いなの?」
向かいに座ってきた彼に尋ねる。
「どれが特別嫌いとかはないな。点数の偏りとかもないし」
えっ、この中で馬鹿なのって私だけ? 幸だって赤点とは無縁なのに……。
「あ~あ悠ちゃんがしおれてきちゃった。エリちゃんが無自覚学力アピールするから~」
「すぐ茶化すな」
幸のからかいに、八代は呆れた風に、肩をすくめてみせた。